第334話・美濃へ行こう
Side:久遠一馬
信長さんの結婚式から数週間。今日はいよいよ美濃へ出発だ。
メンバーは代表の信長さん以下、交渉役の政秀さんとオレとエル、医療担当のケティだ。あと護衛としてジュリアとセレスに一益さんに来てもらうことにした。ただ、すずとチェリーが行きたいと騒いだ結果、ふたりの護衛として慶次なんかも行くことになった。検地のやり方を教える文官なども含め、結局は百人ほどの人数になってしまった。
道中は舟で川を上り美濃まで入って、向こうで斎藤家側の護衛と合流することになる。
「のどかだねぇ」
川の流れに逆らい、遡上するんだから、当然ながらそんなに速くは進まない。それに陸路で行っても徒歩の護衛を連れていく事になるので時間が掛かるんだ。
ただ、整備されてない道を歩くよりは楽だろう。
護衛の人数に関しては極力減らしたし、鎧兜のような重装備も着けておらず鉄砲も短筒以外は持ってきてない。清洲の重臣からは少し危ういのではとも言われたけど。
道三や義龍が変な気を起こしたら、もっと言えばこれが罠だったらという警戒感は織田家中には多い。道三はやっぱり信用がないし、義龍も反織田の動きをしていたのは清洲では知られているからなぁ。
でもまあどのみち罠だったら百の兵が千に変わったところで、危ういのは変わらないというのがエルの答えだった。
この人数は結婚式の時に義龍が残した護衛の数を意識しているし、中途半端な数を連れて行くよりは少数のほうが対処しやすいというエルの考えでもある。
最終的には信秀さんの決断があったが、この美濃訪問自体が今後の織田家と斎藤家の関係のみならず美濃の今後も左右する外交としての意味が大きい。
この時代の常識だとそれ相応の大軍を連れていくことが、圧力として有効であるとの考えが一般的である。
相手が道三でないならば、大軍を連れていったかもしれないとエルも言ってたけどね。こちらの意図を見抜く洞察力と頭のよさが道三の強みでもあり、逆にそこから『最大限の利を』と、
「一馬殿。今回の訪問で斎藤家を従えるおつもりか?」
のんびりと景色を楽しんでいると、今回志願して護衛として来た柴田勝家さんに声を掛けられた。護衛をするような身分でもないんだけどね。
「さすがにそこまですんなりとはいきませんよ。今回はお互いの疑心を少しでも解消するくらいでしょうか」
どうも尾張にいるだけでは時勢に置いていかれると考えての志願らしい。勘はいいけど考え方が今ひとつ古いね。でも、織田家の変革についていく意思があり、多くを学ぼうとしているから、今後は大きく変わるかもしれないな。
「されど尾張と美濃は長年争っておりましたぞ」
「そうですね。でも先に折れたのは斎藤家です。織田家はそれに報いねばなりませんから。それに敵対するよりは従ったほうがいいと思わせればいいんですよ」
勝家さんの考えが普通なんだろう。道三のイメージは去年の武芸大会と結婚関連のやりとりでだいぶ変わったが、長年争っていた尾張と美濃には道三以外にも根深い相互不信がある。
よく考えてみると元の世界でさえ、隣国とは多かれ少なかれ問題を抱えている国が多い。ただ元の世界よりこの時代が楽なのは、面倒なイデオロギーなんてないし敵対的な者は滅ぼしても問題ないところか。
今回の使節団には若い人が多い。信秀さんはこの美濃行きで、若い人たちにいろいろと学んでほしいらしいんだよね。以前の北条行きは確実に効果があったから。
「そういえばお二方は以前、美濃に行ったことがありましたな」
「そうなのです。迫りくる敵を叩きのめして旅をしたのです!」
「人を騙そうとした悪人がたくさんいたでござる」
のんびりとした舟の中では、ほかでも話に花が咲いてるみたいだ。
中でもみんなの興味を集めてるのは、すずとチェリーの旅の話のようだ。美濃に最近行ったのは斎藤家との交渉をした政秀さんと、勝手に大冒険をしたふたりだけだからね。
この時代は若い娘がふたりだけで旅なんてしたら、なにが起きてもおかしくないからなぁ。
まあ、すずとチェリーも例の偽造をしていた職人たちを連れ出たあとは忍び衆と合流したらしく、忍び衆の機転で川並衆を頼って川を下り帰ってきたらしいが。
黒目黒髪のすずは日本人でも通用するが、チェリーは薄いグリーン系の目と髪だからちょっと目立つ。一応、髪は隠して旅をしたらしいが、見たこともない髪色のチェリーが目立っていたのは言うまでもないだろう。
ただ川並衆はそんなチェリーの容姿で、久遠家の関係者だと信じたようで全面的に協力してくれたらしいが。
Side:帰蝶
殿が久遠殿と共に美濃に行かれました。
なんと私にも同行するかと聞いてくださいましたが、織田家に嫁いできて、ひと月もしないうちに帰るのは良くありません。
エル殿たちも行くようで、私も同行してもよいということでしたが。今回はご遠慮させて頂きました。
父上の言っていたことは正しかった。織田家の力は想像以上でした。
戦のことは女の私にはわかりません。ですが清洲も那古野も至るところで普請をしておりますし、那古野の尾張たたらでは日々多くの鉄が出来ております。
私の暮らしも変わりました。日々の食膳には魚や肉や野菜など、色とりどりの食材が
高価で祝いの席などでしか食べられぬはずの菓子でさえも、織田家では
贅沢にも思えますが、織田は銭を使い、民に還元しなくてはならないのだとおっしゃいます。正直私には理解出来ぬことでありますが、領民が富めば武家はさらに富む。
堺や大湊のような町の名が知られて、大きな顔をしているのは銭があるからだと。織田は尾張を堺や大湊のようにすると教えられた時は、にわかには信じられませんでした。
「お上手ですよ。お方様」
今日、私は久遠家に来て『絵師の方』メルティ殿に絵描きを教わっております。
日ノ本の絵とはまったく違う綺麗で鮮やかな絵に私は虜になり、久遠家に来ては、
「絵というものは、思うままに描いていいと存じます。見たものをそのまま描くのもひとつの方法ですが、必ずしもそうでなくては、駄目なわけではありませんから」
稲葉山と井ノ口しか知らなかった私には、メルティ殿の絵は見知らぬ世の中を見ているようで楽しかった。
ただ絵というのは非常に奥が深いものだと、教われば教わるほど感じます。
「では、海を描いてみたいです」
「海でございますか。まだ行かれたことはなかったのでしたね。明日にでも参りましょう。間近で見たことがないものを想像で描くのは難しいことですから」
まるで姉のように、私に接してくれるメルティ殿にはつい本音を言ってしまいました。稲葉山からも伊勢の海を見ることはできますが、実際に海に行ったことは無かったので。
『行ったことがない海が描きたい』と言う本音。間近で海を見たことなどない私に、メルティ殿は海へ行き絵を描くことを勧めてくれます。しかし織田家の嫁として、軽々しく出歩くのは好ましくありません。残念ですがお断りしなくては。
「大丈夫でございますよ。名目を熱田神社の参拝に致しましょう」
ただそんな私の懸念にメルティ殿は柔らかい笑みを浮かべて解決策を提示してくれました。
メルティ殿の言動の力は織田家では大きいのです。大殿にさえ、いつでも目通りが叶ううえ、殿や久遠殿がいない時には、大殿自らが知恵を借りたいとお越しになることもあるのだとか。
殿は『大智の方』エル殿と『絵師の方』メルティ殿は、今すぐにでも一国の領主が
父上が旗印としている波と一面に広がるという海を間近で見ることが出来るようです。
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