第330話・戦の後始末と久遠家の朝
Side:滝川益氏
戦は終わったが、それで即座に領地が手に入るわけではない。
追放される者たちも身一つでたたき出すわけにはいかぬ。連中を身一つで叩き出せば、途中の村でも襲うだろう。
一言で追放と言っても、誰を追放するかは場合による。土岐家のような家ならば後顧の憂いを絶つためにも相応に多くの者たちを追放せねばならぬが、今回のように旧臣が意地で対立した場合はそうでもない。
特に土岐家旧臣は斎藤家や美濃の国人衆に血縁が多く、中には隠居して残りたい者や家族を残したい者もおる。
連中の領地をいかにするかということもあり、要は戦が終わったのですぐに追放とはいかぬのだ。
動員した五千の兵のうち、敵将の監視や後始末にも兵は必要だから二千は残さねばならぬ。三千の兵は先に帰すようだ。
まあ、常ならば早々に追放してしまい、統治は統治者に任せるのだが。されど、織田は体制を固めるためにも、当地の領内を織田の仕切りに従わせるべく、織田本家が主導することになった。
怪我人の治療はもとより、人質になっておった領民の把握が必要で、たわけどもが焼いた村の問題もなんとかせねばならぬだろう。
これも常は放置か再建を命じるかくらいで、武家が再建を主導することは滅多にない。
だが織田では領地の復興に力を入れておるし、それに殿ならば必ず焼かれた村の再建を何より大事とされるだろう。正式には大殿の裁定を待たねばならぬが、拙者で出来る範囲で再建のための資材の調達くらいはしておきたい。
ああ、検地と人の数を調べることも今のうちにしておこう。
「滝川殿、この件だが……」
「それは大殿の裁定待ちなのだが、時がないな。よかろう。拙者から大殿に書状を出しておこう。進めてくれ」
というか戦が終わった後のほうが忙しいのは何故だ?
それに拙者は久遠家家臣。織田家では陪臣の身分なのに、並みいる直臣を拙者が仕切っておるのは何故だ?
言い訳するつもりはないが、誰も己から動かんので拙者が久遠家の者と警備兵を使い、森殿を助けておったら、皆が拙者にいかにすればいいかと聞きに来るのだ。
まあ、働いてくれるなら構わんのだが……。
実の所、直臣というても、大殿にお声掛け頂いたことがない者すらおる。直臣の嫡男ならばともかく、次男や三男などは大殿に目通りすらかなわぬ者もおるのだ。
本来は戦が終われば、下命もなく自領になるでもない地の為に、
下手をすれば戦で兜首を挙げるよりも、評価が高いかもしれぬが、誰も気づいておらぬようだがな。
ここ揖斐北方城は尾張から遠く、大垣からも
Side:久遠一馬
うん。今朝は海苔の佃煮……じゃなかった海苔の大野煮がある。
昨年から佐治さんが試していた海苔の養殖が成功して、板海苔と海苔の大野煮として販売してるが、人気になって高値で売れている。
味もいい。大野煮はそもそも史実では佃煮として有名だし、作り方もさほど難しくないので伊勢の一部で真似するところが出ている。
もっとも余所の偽ブランド?パチモン?の大野煮は砂糖が高価で使えず、醤油に関しても畿内の一部で製造している物が利用されている。しかも、醤油は生産量が少ないので、そう簡単には使えない。そのため、お世辞にも美味しいとは言えないものだ。
結果的に史実で醤油の普及前に作られていた製法と伝わる塩煮、塩味の大野煮として作って売られている。
ただ、保存がある程度でも出来れば内陸部にも売れるからね。塩味の大野煮でも十分売れるんだろう。
そういえば、玄米ご飯にも慣れたなぁ。元の世界だと数えるほどしか食べたことがなかったからな。
慣れるためもあって朝は玄米を食べてるけど、なんでも慣れるもんだね。玄米は玄米で健康によいところがあるしね。史実でこの国の
今日のおかずは玉子焼きと焼き魚と大野煮に、もやしと山菜の酢味噌和えと二十日大根のサラダ。季節にもよるが栄養を考えると自然とこんな感じになるらしい。
ああ、もやしは農業試験村で冬の栄養源として重宝した。二十日大根ともども収穫が早く、この時代でも育てられるので順次織田領に広げたいところだ。
「ごちそうさま」
朝食がおわると、しばし食後の休憩だ。
ウチはみんな同じ時間に食事を食べるのが決まりだ。信長さんや信秀さんがくると対応するのに侍女さんが働くが、ウチの人間だけだと同じ時間に食べるようにしている。
まあ、みんなが同じ食事を同じ時間に食べるのは、オレが決めたんだけどね。身分とか立場とか不要な形式はウチの中だけでもなくしたいんだ。ただ、警備兵などの例外はあるけどね。さすがに仕事がある人や寝ずの番をしていた人にまで強制はできないから。
食後の休憩はオレが休まないと、誰も休めないから取るようにしている。暇なわけではなくロボとブランカと遊んでやる時間になってるけど。
「予防接種は順調。でも武家が意外と少ない」
ロボにブラッシングをしつつ、同じくブランカにブラッシングしているケティと何気ない日常のことを話していると、昨年から始めた予防接種の件に話が及ぶ。
天然痘、この時代だと
ただこの時代は予防接種なんてものは一般には存在しないし、そもそもウイルスというものすら知られていない。
ウチも予防接種が疱瘡を防ぐとまでは教えておらず、病にかかりにくくなる治療としか言ってないから今一つ必要性を感じないんだろう。
「うーん、まあ仕方ないんじゃないかな。強制すると反発しそうだし」
ケティとしては予防接種を普及させたいらしいが、医師のライバルがお坊さんとか祈祷師という時点でお察しという感じだ。
この時代、上は典薬寮の典医から
実は病院に来ても治療費が払えないような貧しい人は素直に予防接種を勧めると受けてくれるが、武家となるとタダでとはいかないのが問題なんだよね。
無論、ウチで治療費は要求しないが、プライドもある武家がタダで治療をしてもらうのはあり得ないらしく、慎重というか銭を出して受ける予防接種の必要性を今ひとつ感じないんだろう。
こればっかりはしかたないね。価値観の違いは、話し合いでは解決できないから。
「殿、揖斐北方城が落ちたようでございます」
そろそろ動こうかなという時に、美濃から知らせが入った。今回の戦では試しに伝書鳩も使っているから報告が早い。
しかし、城が落ちるのが早かったね。籠城すれば三か月はかかるかと思ったんだけど。益氏さんからの文だと敵が降伏して城を明け渡したらしい。
「うわぁ……」
「やはり問題が出ましたか」
ただ城が早く落ちたという知らせだけではない。味方の問題が本当にたくさん出たらしいね。
思わず面倒くさそうな顔をしたら、エルにクスッと笑われてしまった。
「うん。道中の村で乱暴を働いたり襲ったりした人が結構出たらしい」
「この段階で問題が出てくれてよかったですよ」
後始末とか処分を考えるとため息が出てくるが、確かにエルの語る通り今のうちに出た問題でよかった。
織田家がもっと大きくなってからだと、改善するのも大変だからね。史実ではたしか戦国時代では最後まで兵のモラルは変わらなかったらしいし。
まあ軍による略奪とかは、元の世界でも完全になくなってなかったとも聞くから今更だけどね。
「おやめください。守護様! 拙者には夫が……」
「はっはっはっ、よいではないか、よいではないか、なのです」
とりあえず信秀さんに報告に行くために着替えようと自分の部屋に行くが、どこからともなくおかしな会話が聞こえる。
もちろん犯人はわかっている。
「すず、チェリー。守護様というのは駄目だよ」
「えー! 悪守護が出ないと盛り上がらないでござる!」
「そうなのです! 代官では面白くないのです!」
そこにいたのは台本片手に台詞の練習をする、すずとチェリーと慶次だった。
あれ、慶次も加わったのか。いたなら止めてくれたらよかったのに。
実はすずとチェリーが人形劇を子供たちに見せたいっていうから許可したんだよね。だけど守護を出すのは駄目だ。誰の事かは織田領なら子供でもわかるが、一応は幕府の正式な役職だしね。守護って。それに尾張で守護様と言ったら義統さんだよ。
「駄目だって。絶対厄介なことになるから。慶次も止めてよ」
「『よいではないか』で
駄目だ。慶次はギリギリ怒られるだけで終わるラインで攻めたいらしい。確かに土岐頼芸のことは手形偽造を紙芝居で尾張と美濃の領民に知らせてるけどさ。
なんというか、すずとチェリーと慶次って混ぜるな危険って感じが。
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