第318話・後始末と小悪党

Side:久遠一馬


 三日間に渡る婚礼の儀も終って翌日には織田一族と重臣の奥方さんたちへの帰蝶さんお披露目の宴が開かれた。


 こちらはお酒も出されたが、お菓子とかケーキが多く出された。いわゆる女子会のような感じか。オレはもちろん行ってないが、エルたちは尾張に滞在していた二十数名全員参加して賑やかな宴だったらしい。


 女性の繋がりとか活躍を期待して、今後も女子会はしてほしいところだ。オレが信長さんの直臣だから、必然的にエルたちは帰蝶さんを支える立場になるし。


 尾張は春になっている。湿田や畑など早植えの田畑は早くも準備や種まきが始まっている。


「こいつはクロだなぁ」


 ただ婚礼が終わると後始末が忙しくなった。オレとエルは資清さんとかを連れて、清洲の文官衆と一緒に、清洲城にて領民に配った菓子や酒の横領に対する情報の整理と対処に乗り出しているんだ。


「坊主も多いですな」


 取り上げた者は武士から僧侶に村のまとめ役など様々だ。一部には虫型偵察機の情報を紛れ込ませたが、数が多いので問題はないだろう。


 文官衆の一人は僧侶の横領の多さに呆れている。中には借金の利息代わりだと名目を付けた者もいるが、寄進しろと半ば強制的に取り上げた奴もいる。


 一方では領民が地元の寺に自ら寄進を申し出たり、寺の側もそれを受けたり受けなかったりと対応がバラバラだった。


 武士に関しては、いわゆる織田の重臣クラスはそうおかしなことはしてない。ただ信秀さんと直接顔を合わせない小臣とか小身と呼ばれるクラスや、土豪とかは基本的に深く考えてない者が多い。


 下級武士や土豪なんかは、自分たちに寄越さないで領民に与えたことに不満を口にする者もいると聞く。名前を聞いても知らんから特別考慮する気はないけど。




 とりあえず悪質な者とそうでない者を選別して、簡単明瞭に取り締まれる者から処分していくことになった。


「かじゅまー! えるー!」


 積み上げられた報告書が減らないことにため息が出そうになったころ、オレとエルを呼ぶ声が聞こえる。


 とてとてと走る音が聞こえたかと思うと、お市ちゃんが紙を手に持って仕事をしている部屋に入ってくる。


「なにか、ちゅくって!」


 後ろには困った表情の乳母さんがいる。清洲城に来るたびに手土産を持って来たりしたせいか、妙に懐かれたんだよね。昨日はエルが折り紙で紙鉄砲や船を作ってあげてたし。


 もう少し分別がつく年齢なら違うんだろうが、お市ちゃんはまだ無理だからなぁ。だけど、同じ城の中とはいえ、信秀さんの私邸から出て、オレたちの仮の執務部屋まで来て、乳母さん毎回怒られたりしてない?


「そうですね。では今日はお人形をつくりましょうか」


 ニコニコと真新しい紙を差し出したお市ちゃんに、エルは微笑み返して、仕事の手を休めて折り紙を折ってあげる。


 一枚の紙が形を変えていくのをお市ちゃんは楽しそうにジッと見ているね。


 こういう姿を見ると史実のことを思い出して可哀想になる。別に彼女だけじゃないけど、この時代の女性は本当に不遇だから不憫でならない。


「かじゅまも!」


「オレもですか?」


 うーん。エルが折っているの眺めていたら、お市ちゃんにオレもなにか折れと紙を渡される。困ったなぁ。オレは鶴と紙飛行機くらいしか知らない。仕方ない。エルの真似して同じ人形を折るか。


 結局お市ちゃんがお昼寝の時間まで仕事が捗らず、折り紙教室になってしまった。そうだ!今度お土産に折り紙用の色紙や千代紙なんかどうだろう。江戸時代にできるなら今でも問題無いだろう。エルと相談だ。




「かず、行くぞ」


 お眠となって乳母さんに抱きかかえられて、部屋に戻るお市ちゃんを見送ると、信長さんが来た。いかん! もうそんな時間か。


 今日の午後には清洲近郊の土豪を、祝いの品を横領した罪で捕らえに行くことになっているんだ。信長さんとオレが行くのは織田家の断固とした姿勢を領内に示すためだ。


 基本的にこの時代は家臣に任せて終わりだけど、上の身分の者が率先して働くのは悪いことじゃない。


 パフォーマンスといえばそうだが、この時代だと効果はかなりある。事実、信長さんなんかはオレと一緒にいろいろ出歩くから、よく働いていると評判がいいしね。でも不思議だね、ちょっと前まで一緒に遊び呆けてるって言われてたのに。


 連れていくのは警備兵百人と、暇だったんだろうジュリアとすずとチェリーが一緒に信長さんに付いてきた。


「悪人退治は任せるでござる」


「刀の錆にしてやるのです!」


 ああ、すずとチェリーは時代劇のノリだ。ラストになると悪代官とかと戦うからなぁ。でもオレは『成敗』とか『すずさん、チェリーさん、やっておしまいなさい』なんて言わないぞ。それとチェリー、錆になる前にちゃんと手入れしなさい。


「今日のところは悪質だ。親父の許可もある。逆らうようなら、思う存分やるがいい」


 信長さんもそんなにすずとチェリーを甘やかさないで。益々やる気になっちゃったじゃないか。


 ちなみに今日向かう土豪は付近の領民や寺社からも裏が取れていて、というか目安箱に寺社からあまりに非道だと訴える書状があったんだよね。寺社に訴えられるってどんだけなんだよなぁ。


 相手が寺社なら対応が難しいが、土豪ならあまり遠慮する必要がない。しかもここは清洲近郊の織田家の直轄領だし。




 土豪の村に着いた。見かけた村人に全員を一ヶ所に避難させるように命じて、土豪の屋敷の前に来ていた。


「これはこれは、若様。なにか某に用でもありますのでしょうか?」


 土豪は盗賊みたいな悪人顔だ。ただし応対は悪くない。評判が悪い奴だが織田には表立っては逆らっておらず、強い者には媚びて弱い者には威張る。典型的な小悪党だ。


 表向きは織田に素直に従っているんだけど、隙あらばろくでもないことをする、こんな小悪党の土豪は幾らでもいるんだよね。困ったもんだ。


「先日、オレの婚礼の祝いにと領民に配った菓子と酒をおのれは横領したらしいな」


「なんのことでございましょう?」


「とぼけても無駄だ。証言は取れておる。大人しく認めるならば処罰に少しは慈悲を掛けてやるが?」


 武装した百人の警備兵と土豪たちは対峙するようににらみ合っている。土豪の側はやくざ者みたいな郎党が十数人ほど。荒事には慣れてるんだろう。怯む様子もない。


「知りませんな。なにかのお間違いでは?」


「申し開きは清洲で聞く。同行せよ」


「……わかりました。同行致しましょう」


 たださすがに土豪レベルで織田に逆らえないよな。悪人顔の土豪は信長さんの命令に素直に従い同行するらしい。


 よかった。荒事は起きないみたいだ。




「なめるな! うつけが!! あの銭はわしのだぁぁ!!」


 しかしそれがフラグになったかのように、信長さんの前で控えていた土豪はそのまま立ち上がると、従うふりをして前に出て突然刀を抜き一気に信長さんに迫ろうとする。


 護衛はすぐに信長さんとオレの前を固めようとするが、その前に土豪の前に立ち塞がる存在が……。


「甘いでござる!」


「お見通しなのです!!」


「なっ……、おのれら……、なにもの……だ……」


 土豪が刀に手を掛けた時にはすでに動いていたすずとチェリーが、それぞれ一太刀であっさりと斬り捨てて終わった。


 悪人顔の土豪は突然現れたすずとチェリーにお前たち誰だよと、驚いた表情のまま息絶えているね。仕方ないけど、楽にさせるのが早くて残念だ。


 というかなんで信長さんに斬りかかったんだ?


「すず、チェリー。ようやった」


「あんたたち切り込みが甘いよ」


 しばし沈黙が辺りを支配したが、土豪の郎党たちが抵抗せず降伏したのでそれ以上の問題は起きなかった。


 褒めてほしいと瞳を輝かせているすずとチェリーを信長さんは素直に褒めるが、動かなかったジュリアは駄目しをしている。ジュリアは二人が動くのを理解して動かなかったんだろう。身内で競っても仕方ないしね。




「小悪党ですね」


「たわけが」


 そのまま土豪の郎党に話を聞き、屋敷を調べたが、この土豪はかなりの銭を溜め込んでいた。


 なんか守銭奴らしくあの手この手で銭を得ては溜め込んでいて、妻や息子も信じないで自分だけでお金の管理をしていたらしい。


 どうも信長さんとオレたちが銭を巻き上げるために来たと誤解したらしく、祝いの品を巻き上げたことは、悪いとすら思ってなかったみたい。


 呆れたように小悪党だと口にしたオレに信長さんは不機嫌そうに一言だけ答えた。


 いるんだよね。自分は偉いと勘違いして領地や領民をモノのように考えてる人が。対する領民は様々だ。対抗して戦う村もあれば泣き寝入りしてしまう村も。今回の村は後者だったらしい。


 それとどうもこの土豪は、自分に祝いの品が来なかったことが気に入らなかったらしい。領民の祝いの品を取り上げたのは、自分に来ないのに生意気だという理由だったらしい。


 いや、正式な家臣ならともかく土豪になんでわざわざ祝いの品を送らなきゃならないのさ。


 本当に見せしめには最適な人だったけどさ。


 まだまだ、こんな人がいっぱいいるんだよね。困ったもんだ。





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