第308話・結婚式を前に……

Side:斎藤道三


 明日はいよいよ帰蝶の婚礼か。思えばいろいろあったな。


 土岐家が家督継承の争いで、安易に他国を介入させたせいで、美濃に混乱を与え疲弊させた。わしも決して褒められる人生ではなかったが、なんとか他国から美濃を守ろうとしたのだ。


 結果として美濃は尾張に呑まれてしまうことになるのであろうが、それもまた天命か。


 血で血を洗うようなこの世は誰かが終わらせねばならぬ。それがわしでなかったことは残念だが、腹に抱えたいんの気が抜ける心地ここちもする。


「父上……」


「帰蝶か」


 帰蝶に声を掛けられてわしは我に返った。もう、おいとま請いの式の刻限か。居並ぶ親族や一門の顔ぶれも先日の一件でだいぶ変わった。


 新九郎も少しは一国を差配する意味を理解したようだしな。この婚姻に反対する者は最早おらぬ。織田の力を皆も理解したであろう。


 頼芸のうつけの起こした騒ぎにて、織田はほとんど動かなかった。守護を討つという外聞を気にしたのか、頼芸にはそれすら必要ないと思うたのかわからぬが。


 動いたのは奴が殺されるとわかった時だ。米を大量に売り付けて儲けを出すとはな。おかげで美濃の米座の商人と国人衆は大きな損をした。


 武家ならばつねならずとも、やらぬ手だな。だが武家が戦で力を見せて国人衆を従えるように、織田は米の値で美濃の領民を従えようとしたのだろう。領民以外はあまり重要とは見ておらぬらしいな。


 思えば新九郎が国人衆を集めようとしておった際も織田の動きは鈍かった。敵に回りたければ好きにすればいいとでも言いたげだった。


 もしかすると織田は邪魔な国人衆を減らしたかったのかもしれん。そう考えると織田は此度の結末が最善ではないということか?


 静かだ。帰蝶もなにも言わぬ。ただ別れの盃を交わすのみ。


「帰蝶よ。そなたにはこれをやろう」


 おいとま請いの式も終わり、帰蝶が下がろうとした時、わしは呼び止めて帰蝶に一振りの懐刀をやる。


「これで織田弾正忠を殺せと?」


「そなたが本当にそうしたいのならば、やるがいい」


 帰蝶だけはまだ納得しておらぬようだな。あまりに危うい言葉に場が凍り付いたような気がした。だがやらぬはずだ。帰蝶は聡明だ。尾張に行けば織田の力を理解するはずだからな。


「承知致しました」


「帰蝶よ。そなたはわしの代わりに見届けるのだ。織田の行く末を。わしはもう歳だ、最後までは見届けられまい」


 惜しいな。男だったら帰蝶に家督を継がせたいところだ。近頃、噂の久遠家の女にも帰蝶ならば負けまい。


 織田がいずこまでゆくのか、日ノ本を制するところまで行くのか。見てみたいものだ。


「どうぞ、お身体に気を付けて。ご自愛ください」


 懐刀を手に凛とした表情で別れの言葉を口にする帰蝶に涙が溢れそうになる。


 心配はしておらん。ほかに嫁がせるよりはいいはずだ。織田の領民のように帰蝶には笑って生きてほしい。




Side:久遠一馬


「落ち着かないんですか?」


「まあな」


 信長さんの結婚式、婚礼の儀の準備は着々と進んでいる。ただ信長さん本人はあまり落ち着かないらしい。まあ、顔も見たことない人と結婚だからね。それに信長さんは結構デリケートだから。


「お前たちはいかがだったのだ?」


「オレたちは一緒に育ちましたからね。相手の気性とか考え方は知ってましたので」


 十代半ばでの結婚って元の世界で考えると早いよね。この時代だと普通だけど。


 信長さんは家庭らしい家庭で育った記憶が少なく、夫婦、家族というものが身近でないのかもしれない。ただオレにアドバイスを求められても困るんだが。


 別に元の世界で童貞だったとかでもないが、結婚歴はないし、正直女性と一緒に暮らした経験はない。独り暮らしが気ままでよかったくらいだ。


「あまり深く考えないほうがいいと思います。誰もが初めてのことですから。みんなひとつずつ学んでいくのだと思います」


 こたつに入り背を丸くして悩む信長さんに、エルはクスクスと笑いアドバイスを送る。万能アンドロイドはこの手の相談にも乗れるのか。


「だがお前たちや親父たちは上手くいっておろう?」


「一緒にいる時が長いですから。良いことも悪いこともありましたので」


 うわっ、酸っぱい。手持ち無沙汰だったんでこたつの上にあったみかんを食べたら酸っぱかった。うーん。もう少し甘い品種ほしいな。尾張だと知多半島がいいか。佐治さんのところで試験栽培してみるか。


 しかし改めて見ると、信長さんとエルの関係って主君と家臣の妻に見えないね。不良の生徒と先生に見えてくる。いかん想像したら笑いそうだ。


「お前たちが家の都合での婚姻を嫌う気持ちもわからんではないな。妻くらいはおのれで選びたい」


「帰蝶様は大変お美しいと評判のかたらしいですよ」


「気が強いとも聞くではないか」


「気が弱くめそめそと泣く女がよろしいのですか?」


「それも困るが……」


 マリッジブルーってやつですか? まあ信長さんがウチで愚痴をこぼしてるうちは平和でいいってことだろう。人間あまり溜め込むとろくなことないし。


「かず、お前はいかにしてうまくやっておるのだ?」


「いかにって聞かれても……、よく話を聞いて自己じこの考えや気持ちを伝えることですかね? 特に話を聞くことは大切だと思います。武家同士の関係も実際に話してみれば分かり合えることもありますから」


 だからオレに女心とか聞かれてもねぇ。ウチはエルに頼ってるから。ただしコミュニケーションはしっかりとるようにはしてる。人の気持ちや本音なんて言わないと伝わらないからね。


 まあ、この手の知識は元の世界だと普通にある常識だけどさ。


 ただ、この時代の夫婦のことは知らないよ。そこまで考えなくてもいい気も。この時代だと親兄弟を皆殺しにして娘を無理やり嫁になんてあることだし。誰とは言わないが。


 そういえば史実で信忠を生んだ生駒吉乃さんはどうなるんだろうなぁ。調べたところ彼女は土田弥平次という美濃の国人衆に嫁いでるらしい。


 歴史では今一つはっきりしない吉乃さんの最初の夫だが、ほぼ俗説通りだったわけだ。歴史が随分変わってるしね。彼女が尾張に帰ってくるかはわからないけど。


「外が賑やかだな」


「みんなで遊んでいるようですよ」


 少し信長さんが沈黙すると、外から子供たちの賑やかな声がする。今日は家臣とか忍び衆の子供たちが集まって勉強する日だからね。


 今では学校での勉強にも参加させてるが、それだけでは将来的にウチの仕事にたずさわってもらうには、足りないのでウチの屋敷とか牧場でも勉強をさせたり外で遊ばせたりしてるんだ。


 ロボとブランカの声もするから、鬼ごっこでもしてるのかな?


 信長さんはそんな声に少しうらやましそうな表情をした。まあ、信長さんも結婚の責任を背負うには少し若い気もしないでもないね。


 それに寿命がなく長いことプレーヤーとアンドロイドだったオレたちには、理解出来ないこともあるのかもしれない。


 そろそろ春だし、山菜の天ぷらでも食べたいなぁ。結婚式が終わったら山菜採りにでも行こうかな?


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