第309話・信長さんの結婚式
Side:斎藤義龍
「では父上。行って参ります」
「よく尾張を見てくることだ。そなたが尾張をいかに見るか、楽しみにしておるぞ」
織田からのお迎え役と共に、わしは見届け人として尾張に行くことになった。尾張は
婚姻の内容は臣従と言われても仕方ないほど織田寄りだ。長井隼人佐たちもそれに反発したし、わしも心底納得したわけではない。
蝮が仏に毒を抜かれた。毒の抜かれた蝮に美濃が守れるのか? そんな噂や疑念が家中にあった。だが正しくは毒を抜かれたのではない。織田に通用しないとみた父が毒を内に秘めただけだ。
それが理解出来なかっただけだと分かったことで、わしは未熟だったと痛感した。
現に父と織田は土岐家を追放したばかりか、商人や国人衆から銭を得て、米の値を下げたことで美濃の領民の支持を得た。謀叛人という言葉も聞かれぬこともないが、領民には概ね好意を持って受け取られておると言う。
まさか織田はここまで読んでおったわけではあるまいな?
しかし輿に乗る前に稲葉山の城をじっとみておった帰蝶の表情が気になる。まさか本当に織田弾正忠を殺す気ではあるまいな。婿の三郎ならばともかく弾正忠は無理であろうが。
Side:久遠一馬
稲葉山城、元の世界では岐阜城という名で呼ばれていた城は結構近い。清洲からだと直線距離にして三十キロもなく船で川を下ってくるとすぐに尾張だ。故に軍事的にも経済的にも影響が大きく、史実では稲葉山城の攻略戦は織田信長がもっとも苦戦した頃とも言える。
お迎え役として織田からの使者が稲葉山城に今日行っているはずだ。道中の国人衆には警備をさせてるし、忍び衆も多く派遣している。
花嫁行列を襲いそうな勢力は近隣にはいないが、用心に越したことはない。ウチも人工衛星での監視と虫型偵察機を近隣には多めに配備している。最悪の場合は、織田家にも内緒で暗殺してでも花嫁行列は守らないと。
清洲と那古野では花嫁と斎藤家からやってくる見届け人と、嫁入り道具を運ぶ兵などの受け入れ準備が進んでいる。総勢五千人になるようで、彼らのもてなしの準備も楽ではない。
「暇だねぇ」
ああ、みんな忙しく働いてる時に暇そうなのはジュリアだ。料理とかしないし、今日は訓練とかもないからなぁ。オレもどっちかと言えば暇なんだけど。戦国時代の結婚式の準備なんて知らないし、料理も今日は人が多くて手伝う場所がない。
散歩にでも行きたいが、家臣がみんな忙しいんだよね。昔テレビでみた再放送の時代劇なんかだと暴れん坊な人とか普通にひとりで出歩いていたが、それを実際にやったら大騒ぎになるしさ。
「牧場でも行けばよかったかもね」
婚礼の儀は明日からだ。今夜は一晩休息するようでオレの出番もない。まあ明日も基本的には参加するだけで特に役目なんてないんだけど。
ただ、牧場では今日と明日、領民に振る舞うお菓子を作ってるんだ。婚礼の儀を祝い、今日から三日間は賦役を休み、関係者には祝いとしてお酒や米にお菓子を配る予定だ。
ほかにも清洲と那古野では、領民に限らず訪れた者に振る舞い酒と振る舞い菓子を盛大に配る予定で準備している。
菓子は金平糖と焼き菓子だ。焼き菓子の方は元の世界でいうクッキーになるだろうか。金平糖は船で運んできたが焼き菓子は牧場とか工業村にあるオーブンで作っているんだよね。
「暇そうだな」
「孫三郎様。ウチは料理が主ですからね。エルたちは料理をしてますし、八郎殿たちは那古野のお城に応援に行ってますけど。オレたちはやることがなくて」
ジュリアとのんびりしていたら予期せぬ来客が来た。信光さんだ。この人も暇そうだなぁ。
「そんなもんだ。わしもやることがない」
美濃から五千の兵が来るので、清洲と那古野には織田領の各地から二千ほど兵が集められている。信光さんも兵を率いて那古野に来ているが立場上やることないんだろうな。
別に斎藤家を疑うわけではないが、常識として五千に対抗出来る兵を集めている。兵となる下級武士は農民でもあるからそうすぐに集まらないからね。他国の軍勢を迎えるのに必要なので仕方ない。
結局、三人でトランプをやって暇つぶしをする。この時代は囲碁や将棋もあるが小難しくないトランプは人気だ。関東に行った時に遊んだ人から頼まれて贈ってるから、織田家ではじわじわと人気が出てる遊びだ。
「これで美濃も時勢満つるは間もなくか?」
「斎藤家次第でしょうか。国人衆もすぐには臣従しないでしょう。正直、織田としては大垣から東山道沿い以外は急ぐ必要はありません。それに、織田から臣従を求めたら向こうが勘違いして優位になった気になりますし」
「動きが鈍いと思ったら狙いだったのか」
ババ抜きをしながら信光さんは美濃の件を聞いてきた。慶事の
どのみち経済格差で、遠くないうちに勢力圏に収められる可能性が高い。それに美濃も賦役などで改革が必要なんだ。従うからと利益だけを欲するような勘違いはさせたくない。
信光さんは美濃への調略が手ぬるいとでも考えていたんだろう。実際は、本気で調略をすればもっと臣従が増えるのは確かなんだけどね。
「大殿は愚か者を好まれませんから。こちらから声を掛けるほどでもない人は放置で」
「六角と朝倉は出てこぬのか?」
「六角は畿内が騒がしいようですから来ないでしょう。朝倉は先年に代替わりしてますからね。はっきりわかりませんが、朝倉単独ならば大きな問題はないかと。あそこは隣に一向衆がいますから美濃に総力を挙げては来られませんし」
信光さんは六角と朝倉を警戒してるのか。六角はないな。全盛期の三好と対峙してるし。ただ問題は朝倉だ。
朝倉は昨年に史実で最後の当主となった義景こと延景が当主になっている。ただ朝倉家といえばこの人とさえ言える宗滴がまだ健在なんだよね。
延景は史実だと内政向きな人だったはず。外交と戦に関しては頓珍漢なイメージだけど。宗滴は、彼のおかげで朝倉は全盛期を迎えたと言われるほどの人だ。幕府からの要請で何度も戦に出向いているし、加賀の一向衆から越前を守ったのも彼の功績が大きいと言えると思う。
史実から見ても幕府が余計なことをしない限りは朝倉は動かないだろう。だが逆に、幕府が動けばどうなるかわからない。
ただエルはあまり心配してなかった。道三が健在で織田と上手くやっていれば朝倉は来ないだろうと言ってた。肝心の幕府は全盛期の三好長慶による三好祭りが始まって美濃なんか見てないし。
なにより宗滴も若くはない。隣に加賀一向衆を抱えて新たに戦線を増やす歳ではない。本当かわからないが、史実で織田信長を評価したという逸話もある。ただの戦馬鹿ではないだろうし、朝倉にとって美濃攻めはリスクが大きすぎると理解しているはず。
「領地が広がれば敵が増えるか。まだまだ国を固める時が必要ということか」
「はい。オレたちはそう見てますよ」
信光さんはオレの見解に少しため息をついた。本質的に理解してるんだよね、この人。今の織田にはまだまだ時が必要なのが。
この先も領地が広がれば敵が増えていく。それに織田が対応するには準備が足りない。
「そういえば、今回は見届け人として斎藤新九郎殿も来るみたいですよ」
「あまりいい評判は聞かぬが?」
「評判なんてあてになりませんよ。織田の大うつけ様がいい例です」
「違いない。蝮の倅をしかと見極めてやるか」
歴史って面白いね。史実と変わって三好祭りと美濃のゴタゴタが重なったんだから。
信光さんは婚礼の儀にはあまり興味がなさげだが、義龍のことを教えると少し興味が出てきたのか笑顔を見せていた。
オレも義龍は会うのが楽しみだな。
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