第295話・慶次の元服と予期せぬ訪問者

Side:久遠一馬


 正月三日は挨拶回りを少しして、アンドロイドのみんなと初詣として熱田神社と津島神社に行ったよ。


 四日目は牧場で領民と宴会を開き、孤児院の子たちと遊んで、五日目のこの日は資清さんの屋敷で慶次の元服の儀式を行う。


 準備は資清さんがしたし、オレは参加するだけなんだけどね。


「北条からも祝いの品が届いているね。いつ送ったんだろう」


 資清さんの屋敷にはあちこちから祝いの品が届いているが、驚いたのは北条氏康さん名義の祝いの品があることか。


 確かに里見との戦のあとに元服について今年の正月を予定してるって言ったけどさ。


「商人が預かっていたようです。中々やりますね」


 この時代に関東からこの日に合わせて送った方法が気になったが、エルいわく北条と取り引きがある商人が預かっていたらしい。


 関東では慶次も活躍してたけど、陪臣の元服に祝いの品を送ってくるとは。やっぱり凄いなぁ。幻庵さんの手腕かな?


「本日は誠にありがたく、恐悦至極にございまする」


「なに、この歳になるとこのような役目は楽しみですからな」


準備を終えると資清さんは改めて政秀さんに深々と頭を下げてお礼を言った。尾張に縁が薄いのは滝川一族の強味であり弱味でもある。もちろん唯一の縁と言える勝三郎さんは来賓として来てくれている。


 資清さんは資清さんなりに慶次のこと心配してるんだよね。元服前から関東で大きな手柄を挙げて目立ってしまったこととか、武士らしくない振る舞いとか。


 もちろんウチでは問題ないけど、余所では陰口もあるからなぁ。


 元服の儀式はつつがなく終わった。いつもと違い、この日の慶次は真面目でちゃんとしている。いつもこの調子なら、どこに仕えてもすぐに出世するんだろうに。


 慶次は烏帽子親である政秀さんの名から一字貰い、滝川慶次郎秀益と名前が変わるらしい。


 結局前田家には行かなかったか。今の滝川家で前田家に養子を出す必要はあまりないしね。当然なんだけど。


 ちなみにウチからは鎧兜を贈った。去年に試作して三河に送ってテストしていた史実の当世具足とうせいぐそくに近い鎧兜の正式版だ。


 ジュリアが派手なほうがいいと言うんで、赤で塗った上に派手な装飾を施したんだけど。いいのかね? ちょっと傾奇が入ってるよ。


 その後は元服を祝って宴会が開かれて賑やかに騒いでこの日は過ぎていった。




「それで、竹中殿。ご用件は?」


 正月三が日も過ぎると、意外な人物がオレを訊ねてきた。


 彼の名は竹中重元たけなかしげもとさん。史実で有名な竹中半兵衛の親父さんになる人だ。彼は立場がはっきりしない。一応土岐頼芸の家臣として振舞っているが、その心中しんちゅうは分からないし、斎藤家にも織田家にも付いてない。


 今年の織田家の新年会にも来てないが斎藤家の新年会にも行っておらず、土岐家に従っているというのが一番しっくりくる人だ。


「年も改まりました。そろそろ守護様に寛恕かんじょを願われて、和解なされてはと、思いましてな」


 エルに聞いたら、歳は五十一歳になるらしい。まああの人の家臣にしてはまともそうだね。


 ちょうどオレが屋敷にいたことと、半兵衛の親父さんだから会ってみたけど、用件には少しうんざりする。


「意味がわかりませんね。私と美濃の守護様が和解するようなことがありましたか?」


「奥方に刀を向けた者と共におった者は、守護様が罰してすでにこの世におりません。美濃と尾張の安寧あんねいのためにも、ここは久遠殿から守護様に折れて頂きたく参上致しました」


 土岐の話に金色酒をたかりに来たのかと思ったが、違うのか? でもなんでオレが折れないといけないわけ?


「このままでは弾正忠殿も久遠殿も、守護様を蔑ろにしておると言われかねませんぞ」


 オレが黙ったからか畳みかけるように和解を促す竹中さんだけど、根本的な価値観とか立場とか理解してないらしい。駄目だ、話にならない。


「竹中殿。あの件は美濃守護職の土岐様と尾張守護職の斯波様の話し合いで公式には終わった話です。私は尾張の者であり、とうとしと仰ぐべき守護様は斯波様となります。斯波様が纏めた話を私が蒸し返しては、斯波様のご面目をつぶすことになります。それと私は先日、弾正忠様の猶子にしていただきました。どうしてもあの件を蒸し返したいのならば、猶父に話してください」


 多分、悪気はないんだと思う。悪気もなく『頼芸の顔を立てろ。義統さん、信秀さんの顔を潰せ』と言っている。分かっているんだろうか?


 ウチと土岐家の関係がよくないのは噂になっているからね。尾張や美濃で知らない武士はいないだろう。誰かが和解を仲介しないとオレも土岐家も困ると思っているみたい。


「猶子ですか……」


「ええ。いろいろと困るだろうからと、声を掛けていただいたんですよ。もちろん尾張守護職である斯波様のご了承も得ております」


 猶子の話を伝えると、今までで一番驚いてくれた。織田家のみなさんはあんまり驚いてくれなかったしなぁ。そんなことより早く宴会を始めようぜみたいな空気だったし。


 竹中さんはなにも理解していない。


 尾張の守護義統さんの執り成しの意味を理解していないし、尾張一の実力者信秀さんが義統さんの執り成しを支持していることを理解していない。その上、義統さんや信秀さんの意向を無視して、信長さんの家臣のオレが頭を下げると思っている。挙句の果てには、オレが信秀さんの猶子になったことを知らない。まったく話にならない。


 斯波と織田が土岐に話を付けた問題なんだ。というか新参のオレがひとり損をして纏めろということか? 舐められてるね。


「では久遠殿から弾正忠殿に、和解の件を頼むことをお願い出来ませぬか?」


「……なぜ私が縁もゆかりもない土岐家にそこまでしなくてはならないので?」


 話も終わったかと思ったが、竹中さんはまだ食い下がってきたよ。


 この人わかってないね。ウチが土岐家に配慮してもなんのメリットもないことに。


「恨み言を言うつもりはありません。しかし、土岐家に配慮する気もありません。わざわざ美濃から来ていただいたことには感謝しますが、お帰りください」


 竹中さんは肩を落として帰っていった。


 悪気もなく厚意のつもりだったんだろう。でも迷惑だ。忍び衆の報告では土岐頼芸はウチの悪口を言ってるようだし。反省もしていない。


 竹中さんの誤算はオレが土岐家になんの価値も見出してないことだろう。そして竹中さんの破綻した言い分をオレに肯定してもらえなかった。


 これで竹中家とウチの関係も悪化するのかな。でも半兵衛って歴史からだとはっきりしないんだよね。


 『信長公記』にはほとんど書かれてないし、後世での美化と創作が囁かれていたはず。


 そもそもよく調べてみると史実では信長さんの場合はイメージよりはよくなるものの、秀吉はイメージより悪くなるんだよね。


 半兵衛もどこまで歴史のイメージと同じやら。


 まあ、十年もあればウチや織田家でも有能な人は増えているだろう。学校もあるし教育をしていけば半兵衛の出る幕はなくなることだってありえる。教育で近代戦術を叩き込んでしまえば、戦国時代の兵法などあまり役には立たないだろう。最近の織田の戦は、ウチが物量の力を重視しているのをの当たりにしているから、近代戦術を覚えるのは早そうだけどね。


 特に気にしなくても良いだろう。




Side:竹中重元


 初めて尾張に来たが、噂以上に栄えておる。


 余計なお世話と思いつつ誰かが和解を仲介せねばと来てみたが、これほど違うとは。


 わしは守護様にも口うるさいと疎まれておるが、すべては土岐家のため美濃のため。なんとか久遠殿と守護様を和解させねばと来たのだが……。


 久遠殿の怒りは収まっておらぬ。土岐家とは関わりたくもないと言わんばかりであった。


 それに弾正忠殿の猶子になるとは。これでは織田と土岐家の和解も難しくなるぞ。


 斎藤山城守は信用出来ぬというのに。


 織田はやはり美濃を狙っておるのか? 西美濃の国人衆はすでに織田でもいいのではと考えておるだろう。


 守護様の評判は悪く、斎藤山城守は信用ならん。


 困ったのう。頃合いか?


 わしも身の振り方を考えねばならんな。


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