第294話・織田の新年会と土岐家の新年

Side:久遠一馬


 翌日の二日目は清洲城での新年会だ。


 東は三河から西は美濃まで国人衆が集まっている。今年は三河と美濃の国人衆が増えたなぁ。この一年で織田の領地が驚くほど安定した成果だろう。


 上座には斯波義統さんで次席に信秀さんだ。ちなみに美濃の土岐頼芸のところには、大垣城を任せている織田信辰さんの家臣が挨拶に行ったらしい。新年早々難儀な御役目、辛いだろうけど挫けないで欲しい。


 明らかに扱いが違うが、すでに義理は果たしているしリリーの件で疎遠になったのでこんなものらしい。ましてオレが猶子となったことで処遇の優劣は織田のメンツに関わる。


 安易に妥協は出来ないだろう。


「この度、一馬を猶子にすることにした」


「おめでとうございまする」


 新年会に先立って座っている席順で気付いていた人もいるようだが、オレが信秀さんの猶子になったことが信秀さんより告知されて織田一族や国人衆に祝福をされる。


 一部には婚姻でないことに驚いてる人もいるみたいだけど、全体的に驚きは少ない。この時代では当然のことなんだろう。


「これはなんだ?」


 まあ新年会だし堅苦しい挨拶もそこそこに宴となるが、席が近くなった信光さんからこの日の料理について興味津々な様子で聞かれた。


「肉を細かくして纏めて焼いたものですよ」


 この日の料理はおせち料理がメインで、ほかには雑煮と誰も知らない料理が欲しいという信秀さんのリクエストからハンバーグもある。


 おせち料理は去年と同じく元の世界の日本のおせちとは違うが、縁起物を中心に昆布巻きや栗きんとんなんかもある。あとは鯛や伊勢エビの干物なんかもあるね。


 ただしハンバーグの肉は猪肉だけだ。牛はまだ食肉にするほどいないし、抵抗感があるかと思ってさ。みんな武士だしそこまで気にしないかもしれないけど。


「おお! なんと柔らかい! 初めての味だ!!」


 ハンバーグは箸でも食べやすいのもポイントだろう。信光さんはさっそく箸をつけると満面の笑みを見せてくれた。


 うん。おいしい。刺激が強すぎない程度にほどほどに香辛料使ってるから、肉の臭みとか苦手な人でも食べられると思う。


 優しい味だろうか? この時代の調味料は塩とか味噌しか基本的にはない。尾張なんかだと塩辛い味が多いが、複雑な味に慣れてない人を意識したんだろう。


 口の中に広がる肉のうま味と香辛料は白いご飯とよく合う。


 元の世界の豚のハンバーグと比べても遜色ないだろう。実は今日はエルが清洲城の料理人の助っ人として来てるんだよね。


「このたれは、かけるのですかな?」


「そのままでもいい味にしています。最初は少し付けて食べてみてください」


 たれは自家製のおろしポン酢だ。この時期は大根が旬だが、武士も農民も作付さくづけする様な作物さくもつだと思っていない。それでも野生種やせいしゅもどきはあったからね。それにこの時代の人はあまり脂の乗った料理を食べないから、さっぱりしたほうがいいしね。


 信安さんはハンバーグを一口食べて驚くと、オレが勧めるままに小皿で出されていたおろしポン酢で早くも二口目を食べてるよ。


「これは、いいですな!」


 年配者も多いだけにおろしポン酢は好評らしい。


「この澄んだ雑煮も美味い。鍋ごと食いたいわ」


「本当だ。いかにすればこんな雑煮が作れるのだろうか」


 今年の雑煮は醤油ベースになる。当然ながらみんな食べたことがないだろう。体も温まるし、つゆの染みたモチっとしたお餅の美味いこと。美味いこと。


 デザートに甘いお汁粉もある。ただお汁粉もこの時代にはないから、ウチの料理みたいな扱いだが。


 美味しい料理とお酒があればみんなご機嫌だ。金色酒とか清酒とか結構アルコール強いしね。今年はまだ一般には販売してない梅酒もある。


「いや~、梅の酒がこんなに美味いとは……」


「しかし高くて買えんな」


 飲んべえたちに梅酒は好評だが、売値の予想を教えるとみんな顔を青くしている。


 原材料の氷砂糖と焼酎が高いんだよね。金色薬酒のように薬扱いで売るしかないか。そういえば北条の皆さん、全部自分たちで呑んじゃわないで、ちゃんと尾張に売ってくれるかなぁ〜。


 ああ、三河とか美濃の国人衆の中には固まっている人もいる。金色酒でも尾張を出ると気軽に飲めないからなぁ。


 それに見たことがないご馳走なんだろう。これで裏切りとか少しでも減って、素直に従ってくれるといいんだけど。




Side:土岐家家臣


 正月だというのに寂しいものだな。幾人いくにんかの国人衆は本人が挨拶に来たが、ほとんどは家臣が名代で訪れるのみだ。


 やはり織田を怒らせたのがまずかったのであろう。斎藤も守護様に嫌われておるのが分かりきっておるから名代を寄越して、その名代もすぐに帰ってしまった。


 織田では見たこともないほどの馳走が出されて、金色酒や澄み酒も好きなだけ飲めるとのこと。大垣どころではない。態度をはっきりさせておらなかった国人衆でさえ織田の新年の宴に招待され、清洲までいったと聞く。


 表向きは土岐家を立てておるのだ。それに斎藤と和睦したこともあり、美濃の国人衆が行ってもおかしくはない。


 それに比べて土岐家では金色酒も出せなかった。料理は守護職家に相応しいものをなんとか用意したが、金色酒だけは尾張の商人から買わねばならぬが安くはない。守護様が銭を出し渋ったのだ。


 所詮はご自身を見捨てて斎藤や織田に寝返った者たちなのだから、金色酒を出すなど勿体ないと言われてな。


 この日は挨拶に訪れた者たちに料理と濁り酒を出したが、守護様ご本人はすぐに気分がすぐれぬと、席を蹴ってしまわれた。


 人数が少なく面白うないのであろうが、来た者だけでも労い温かく迎えねば本当に誰もおらなくなってしまうぞ。


 それと少し前から数人の側近とだけ、こそこそとなにやら密談しておることも気になる。


 いったいなにをなさるおつもりだ? おかしなことをすれば今度は本当に殺されてしまうのだが……。


 土岐家はもう駄目かもしれん。




◆◆◆◆◆◆◆◆

 天文十八年正月、久遠一馬が織田信秀の猶子になったとの記載が幾つかの資料にある。


 見届け人は織田側は土田御前と平手政秀、久遠側に大智の方と薬師の方に滝川資清と久遠家本領から来た家臣だったようである。顔ぶれは資料毎に差異が有りはっきりしない。


 当時の久遠家の力はすでに織田家中でも抜きん出ていて、その有様ありさまは同時期に遠く離れた関東の地より、尾張との関係を重視するがゆえに、あえて客観視にてっしていた北条家の資料では同盟者のようだったとする資料があるほどで、遅かれ早かれ織田家との婚姻があるだろうと誰もが見ていた事が、同時代の資料に散見している。


 信秀自身も随分悩んだようだとの資料もあり、婚姻ではなく猶子を選択したようである。


 また当時は力の大きすぎる家臣は警戒されたりするが、現存する資料では信秀が一馬を案じたとの記載はあっても警戒したとの資料は織田方にはまったくない。


 まるで実の親子のようだと言われたほどの関係だと伝わり、『久遠家記』には信秀がたとえ公方や朝廷と対峙しても久遠家は守ると語って猶子の件を切り出したとある。


 この場面もまた戦国時代のドラマや小説ではおなじみのもので、この時信秀が天下統一をすると口にしたという場面としても知られるが、同時代の資料や言い伝えの覚え書きにはそのような記載は存在しない。


 信長に関しては若い頃から天下統一を口にしていたとあるが、信秀が天下統一を口にしたという資料はなく後世の創作であると言われている。


 ちなみにこの時の誓紙は久遠家が保管していたものが現存していて、織田博物館にて展示されている。


 なおカレーやラーメンに続く国民食である黄金こがね焼きは、この年の正月の織田家の新年会のメニューとして残るのが日本最古になる。


 レシピは料亭八屋に残るものを参考にすると、欧州のミートローフと近いものだったと思われる。


 はっきりとした経緯は不明だが、久遠家には古代ローマ所縁の技術などがあることからミートローフがもとだと思われる。


 尤もほかにもドイツのタルタルステーキなど、起源については諸説あり、はっきりはしていない。


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