第263話・武芸大会総括と……
side:久遠一馬
武芸大会も終わり一週間が過ぎた。この日は大会の総括をすべく清洲城に来ている。
「大会の影響については、領内の銭と品物の流れる量は確実に増えました。全体を通すと出費が多かったのですが、商人からの資金提供の仕組みも成功しました。それと武芸大会くじの運営も利益をあげてます。本年度は競技場の建設などで大きな支出を計上したのですが、来年以降も続けるならば収支は改善するかと思われます」
評定の席でエルが用意してくれた報告書を読むのがオレの仕事だ。今年は初めての開催なので、競技場の建設などがある分だけ単純な収支は赤字になっている。
ただし、スポンサー制度と武芸大会くじは概ね成功している。
スポンサーとして資金を提供した商人は名が売れたのか、大会終了後から商いが盛況なところが多いみたい。まあ、こちらは長い目で影響を見極める必要があるが、現状では悪くはないだろう。資金を提供した商人にも利益が出ているのだ。来年は資金を提供してくれる商人が増える可能性がある。
武芸大会くじは、織田の名前でウチが管理した公営ギャンブルだから、失敗のしようがない。こちらの収益は清洲近隣の川の決壊スポットの堤防工事に充てることを名目に集めているから、当然使い途は決まっている。
堤防工事については、目に見える成果を領民に早く見せるためにも、近日中に工事を開始する予定だ。
経済という面で見るならば、使った銭の分だけ領民には銭が出回っただけでも、この時代ならばプラスだろう。関所の一時的な自由往来も効果は大きかった。
ただし、恒久的な関所の廃止を実現するには、国人衆や寺社に別の財源を宛がう必要があるだろうってエルは言ってたね。
それと、農業生産力の向上も必要らしい。現状だと、農作物は売るほどの収穫が無い場合も多く、年に数回関所の停止をするだけで十分な程度しかないとのことだ。
「賭け事と商人に銭を出させることで来年以降に繋げたか。上手い新たな仕組みを考えたものだな」
「その二つは先を見据えた物です。特に領内の治水には莫大な銭がかかりますので。持続の望める安定した財源は必要ですから」
信秀さんや政秀さんに大橋さんは概ね理解してるが、半数以上の評定衆は理解してるふりをしている気がする。
ただ、大会スポンサーを募る利点と武芸大会くじが治水工事の財源であることは理解してくれたらしい。来年以降は、織田家が大きな負担を負わずに開催出来、治水工事が毎年進むと思えば武芸大会は続いていくだろう。
信秀さん自身は新たな仕組みの財源が気に入ったらしい。治水はこの時代の統治者の仕事でも難しいものだからね。
税を安定させるにはまず洪水を防ぎたいが、莫大な銭がかかる治水工事はなかなかできる事業じゃない。
「外向きには大成功と言ってよろしいかと思われまする。美濃との和睦がこの機に成立致しました。美濃の守護様は些かご不満のようですが、斎藤山城守殿は和睦を喜んでおりましたので」
オレの大会運営の総括に続き、政秀さんからは外交面での報告が行われた。
この時代でも名声が重んじられる。斯波家と織田家が美濃の問題を和睦にて解決した名声は、使った銭以上の価値があるかもしれない。斯波家や織田家は、問題を仲介する能力があることを内外に示すことができたのだから。
それに懸案だった美濃との和睦も成立したことで、三河と美濃の二正面作戦を強いられる可能性は随分と少なくなった。
美濃の守護の話が出ると、少し呆れたような空気がなんとなく場を支配したけど。
そうそう長島の願証寺は展覧会に興味を示していた。次があるならば是非参加したいと言っていたらしい。
ちなみに清洲の寺なんかは各地から集まって来た領民を泊めたりと活躍していて、多くはないが謝礼の寄進もあったようでこちらの反応も悪くない。
寺社には遠方から集まる領民の宿泊所にと頼んでいたんだよね。清洲にある旅籠などだけじゃ、とても足りないし。
それに参加することに意味がある。ここで彼らをつま弾きにすると彼らも面白くないだろうしね。祭りだからみんなでやらないと。
「それはいいのだが、久遠殿はずいぶん銭を使ったのでは?」
「ええ、まあ。ただ領民が銭を持てば、ウチの品物を買ってくれますからね。今まで以上の商いができますから、長い目で見れば利益になります」
みんなの表情は明るい。来年は自分も参加しようかと口にしてる人もいる。
そんな中でウチの心配というか状況を気に掛けてくれたのは、意外なことに信安さんだった。
酒や料理の大盤振る舞いに加えて、花火も今回はウチが費用を全額持つと言ったんだよね。信秀さんにも内緒で打ち上げたから、当然と言えば当然だけど。
「なるほど。そういう考えをするのですな」
「領民が富めば商人が儲け、その税で武家も富みますから」
感心したように頷く信安さんをみんな見ている。ほかの人たちもウチの利益が気になるんだろうね。
「考えればわかることか。畿内の堺や京の都はその富故に強かで偉そうにする」
「富がある場所を支配するのではなく富を集めるとは……」
そんなに細かく説明しなくても、さすがにウチの狙いを概ねみなさん理解してくれたらしい。
畿内や京の都を目指すのは天下を治めるという理由もあるんだろうけど、畿内が先進地で裕福だからでもあるんだろうね。
あんまりウチと交流がない人たちも、その意図を理解してくれたら助かるね。物凄く感心された目で見られるのは少しむず痒いけど。
「新介殿。どう?」
評定も終わり那古野の屋敷に戻ると、オレはエルとセレスと共に石舟斎さんを呼ぶ。武芸大会のあとに石舟斎さんにウチで正式に働かないかって声を掛けたんだよね。内々に。
多分無理だろうなとは思うけど、黙っていてもあちこちから声が掛かるだろうしさ。よく石舟斎さんの稽古を付けてるセレスいわく、案外受けてくれるかもしれないって言うからね。
「拙者には父が健在でして、その所領が大和にありまする。いずれは拙者が継がなくばならぬところ。ですのでお仕えするわけには……」
「じゃあ、継ぐまでならどう? その時が来たら継げばいい。諸国を巡る旅に行くのもかまわないし、尾張に戻った時に働いてくれたらいいから」
やはり仕官は難しいか。先祖代々の所領があるってのはそんなもんなんだろうね。
ただ別に生涯ウチに仕えなくてもいいんだよね。元の世界の価値観からするとさ。家業を継ぐまでウチで働いてくれればいいんだけど。それでも駄目かね?
「さすがにそれは……」
「悪いようにはしないから。この先、かならず新介殿の剣が活躍する時が来る。もっといい主を見つけたら、そっちに仕えるのも止めないから」
「そこまでおっしゃられるとは。拙者の負けでござるな。よろしくお願いいたしまする」
おっ! まさかのまさかで柳生石舟斎がうちに来てくれた! 石舟斎さんは家の郎党を二十人ほど連れてるけど、みんな若くて剣の腕前がある。
生涯仕えるとか責任が重いし、いずれ故郷に帰るくらいで十分だ。しばし悩み困った様子を見せたけど、根負けしたように笑うと働いてくれることになった。
「じゃあ禄を百貫出すから。よろしくね」
「百貫!?」
禄はとりあえず百貫でいいよね。滝川家も最初は一人百貫にしたし。驚いてるし足りない感じじゃないからいいだろう。
「旦那様。塚原様の件……」
「そうだった。塚原殿と手合わせできるように頼んでおいたから。あくまでも稽古としてだけどね」
話が一段落したところでエルに指摘されて思い出した。塚原卜伝さんは今も清洲城に滞在してて、しばらく尾張にいるみたいだから石舟斎さんとかウチの若い衆に稽古を付けてほしいと頼んだんだよね。
売名目的の勝負はあまり歓迎してないらしいけど、石舟斎さんの試合は武芸大会で見てたらしく快く引き受けてくれた。
「はっ、ありがとうございまする!」
こっちの話は純粋に嬉しいらしいね。表情が明らかに変わった。多分自分の力を試したいんだろう。
石舟斎さんがいつ家督を継ぐのか知らないが、これで十年くらいは働いてくれるかな?
どうなるか楽しみだね。
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