第247話・柳生の一日と鉄砲の進化

side:柳生宗厳やぎゅうむねよし(石舟斎)


「よし。今日の修練はここまで」


「ありがとうございました!」


 尾張に来て幾日になろうか。学校という学舎でわっぱたちに剣を教えるようになった。竹刀しないという竹でできた刀と防具のおかげで、怪我を気にせず修行できるのはいいものだ。


 拙者は別に久遠家に仕官するつもりも、織田家に仕官するつもりもないのだが。とはいえ銭がなくば人は生きて行けぬ。


 武芸者を歓迎してくれるところもあるが、ただ飯を食らうだけでは居心地がよくない。剣で報酬を得るのは有りがたいのが本音だ。


「奪うのではなく与えるか」


 桑名で耳にした噂は真であったか。織田は奪うのではなく与えることで大きくなったのだと誰かが噂しておった。


 桑名の商人はそれを否定し織田を悪く言うておったが、織田は桑名の船が沈んだところに出くわすと助けて送り届けたとも聞いた。


 無論、敵には厳しいと聞くし、武士である以上は戦には容赦ないとも聞くが。


「新介殿。いいところにおった。すまぬが何人か手伝ってくれぬか?」


「構いませぬ。同行致しましょう」


「すまぬな」


 童たちの修行も終わると、八郎殿に頼まれて盗人の討伐に参加することになった。場所は清洲郊外の荒れ寺か。


「一組は表から二組は裏から突入せよ。賊は残らず斬り捨てて構わぬ」


「中に居るのは牢人か?」


「おそらくは。先日清洲の商家を襲った連中だ」


 警備兵と言ったか。町中を守る兵と共に拙者と郎党は盗人退治をすることになった。盗人はよそ者であろう。


 荒れ寺の中で酒盛りをして騒いでおるが、尾張訛りではない話し声が聞こえる。拙者と同じく桑名から流れてきた者かと当たりを付けたが、やはりそうであったか。


 久遠家や那古野には甲賀衆が多い。みた感じ素破なのはわかるが久遠家では忍び衆と呼ばれておって、尾張の内外で働いておるらしい。


 いかにせよこの盗人も彼らが見つけたようだな。


「鉄砲か」


「我らには新介殿のような力量はありませぬので」


 初手は鉄砲で盗人たちを撃つようだ。味方は三十人はおるが 盗人も十人以上おる様子。乱戦になるな。


「腕利きは拙者たちが引き受けよう」


「お願い致します」


 味方が荒れ寺に突入すると盗人たちは散り散りとなり、建物に隠れながら反撃をしてくる。鉄砲を粗方撃ち尽くすのを待ち構えたように斬り込んでくるが、刀にて一人残らず斬り捨てていく。 


 報酬がいいからな。もらった分は働かねば。


「お見事」


「凄い……」


 盗人は桑名で見た顔があった。相手もこちらに気付いたのか一瞬驚いた顔をされたが、おのれらと一緒にされては困る。拙者は人の物に手を出したことなど無いのだ。


「新介。大活躍だったそうじゃないか。さあ、好きなだけ飲みな」


 結局一人残らず討伐して終わった。拙者たちは後始末を任せて世話になっておる久遠殿の屋敷に戻ると、ジュリア殿に誘われて酒盛りに参加する。


 久遠家では酒と飯に困らぬばかりか、貴重な物が普通に食事として出される。この日は鯨肉の焼き物が酒の肴として出されておって、拙者たちも勧められるままに頂戴した。


 高価な鯨肉を口にした時、ふと父上の顔が浮かんだ。


 柳生の里では今ごろいかがしておるであろうか。筒井に臣従して家を存続させたとはいえ、苦しい暮らしをしておるであろう。そう考えると少し複雑な心境になる。


 聞けば久遠家の甲賀衆も似たような境遇だったらしく、生きるのに困り尾張に来た者が多いという。


「そうだ。新介。武芸大会に出るかい? 出るならウチから推挙しておくよ」


「よろしいのですか?」


「ああ。アタシとセレスは出ないけどね」


 家臣の郎党ばかりか忍び衆の家族まで久遠家では面倒をみておる。羨ましいと少し考えておるとジュリア殿に武芸大会の話を振られた。


 織田の殿が領内の者による武芸大会を開くと、町では話題になっておるからな。興味はあったが。


 一応領外の武芸者も参加できるようだが、誰かの推挙が必要らしい。


「お願い致します」


 ジュリア殿やセレス殿ならば勝てるであろうに。女の身では遠慮せねばならぬのであろうか。とはいえ自らの武芸を試して名を売るまたとない機会。是非とも参加させていただこう。




side:久遠一馬


「ふむ。悪くないな」


 この日は屋敷の庭の一角にある射撃場にてフリントロック式マスケット銃の試作品の試射を行っていた。元の世界での小銃サイズの長銃身型、二尺70cmサイズの短銃身型、拳銃サイズの短筒だ。慶次とか忍び衆にはフリントロック式短筒を先行して配備していたけど、評判も悪くなかったからね。


 フリントロック式とは簡単に言えば火縄ではなく火打ち石を取り付けた銃になる。ちなみに火縄の銃はマッチロック式と呼ばれていたはず。


 長所と短所はそれぞれにある。フリントロック式の長所は、火縄だと密集状態による射撃の際に、隣接する人の銃の火縄による引火暴発の危険があったが、それが少なくなることが大きい。


 短所は不発や命中率の低下などあるが、鉄砲の集団運用には欠かせないものになる。


 史実では江戸時代になり伝わったらしいが、すでに太平の世であったことや日本の火打ち石の質の問題から普及しなかったと言われてるね。


「これはウチの職人が造ったので、南蛮にもまだ無いかもしれません」


「ほう。それは凄いな」


 単純に撃つなら従来の火縄銃の方が命中率はいいんだけどね。織田家としてはウチが昨年に納めた鉄砲が五百丁と、ウチが保有する二百丁の計七百丁ほど鉄砲がある。


 織田家では三河や家臣に貸し与えている分もあり、三百ほどを清洲と那古野で保有してる。ただこの先さらに数を増やして集団運用するにはフリントロック式が欲しいんだよね。


 信長さんは自ら試射をして感触を確かめている。火縄銃と比較すると若干のブレが気になるようだけど、利点と欠点を説明すると悪くないとの評価になるらしい。


「とりあえず短銃身型を警備兵に配備する予定ですね。さすがに町中で長銃は邪魔ですから。あと例によって三河で試してみるつもりですよ」


 まあ信長さんは短筒が気に入ったらしい。欲しいようだから幾つか献上しよう。あとは最近、治安維持に苦労してる警備兵に短銃身型を配備する予定だ。街中での取回しが楽で短筒より命中しやすいから。こちらは部隊単位で配備して横流しして転売する人が出ないように気を付けないと。


 標準の長銃身型はいつも通り三河での実戦テストかな。最近は三河も平和になったらしいけど、冬になれば小競り合いくらいやりそうだし。少なくとも清洲や那古野に置いておいては実戦でのテストはできない。


「やはりこれからは鉄砲か?」


「どうでしょうね。現実問題として接近する前に少しでも数を減らした方がいいですから。ただ、撃つだけならば弓よりは習得するまでの時間が短いのが利点でしょうか」


 織田家において鉄砲の価値は確かに伝わりつつある。清洲攻めではほとんど活躍する前に終了。でも、市江島の時は活躍したらしいし、鎌倉沖での海戦では大活躍した。


 特に水軍は相手の船に乗り移り戦うなんて大変だからね。遠距離攻撃の鉄砲の効果は高いみたいだけれど。弓と違って遮蔽物の後ろから撃てるのが大きいね。でも、陸戦だと弓は曲射打ちすることができるので、味方の後方や塀の裏側から打てる利点があるから、完全に取って代わることはないだろうな。


 一部では批判的な声も聞かれるらしいけど、鉄砲なんて高価な物を揃えられない妬みとか感情論なんだろう。


 実際に槍や刀などの武芸の価値が暴落したとまでは言えない。とはいえ感情論で批判するといいことないと思うんだけどね。


 現状だと戦なんて二の次だし、実戦でフリントロック式が活躍するのは当分先かな。




――――――――――――――――――

 火打ち式マスケット銃


 欧州ではフリントロック式と呼ばれている型の銃になる。最初に開発したのは諸説あるが久遠家という説が有力である。


 天文十七年の関東道中記に記されている慶次が使った短筒がそれに当たると見られている。試作品だと一馬が語ったとの記載もあり、久遠家がマスケット銃の改良をしていたのは他にも証拠があるので確かと思われる。


 尤も欧州の学者の中には別の説を唱える者もいるが。


 元々久遠家のマスケット銃は当時の技術としては格段に高い技術で作られていて、現存する物の調査研究からも冶金技術や製造技術において高度であったのは明らかになっている。


 詳しい製造工程は資料が残っておらず明らかではないが、日本に火縄銃が伝来するよりも早くから手に入れていたことは明らかであり、現物が残ってない金色砲を含めて独自製造していたことだけは確かである。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る