第246話・収穫の秋と運動の秋

side:久遠一馬


 二年目の秋が来た。収穫の秋だ。


 あちこちで稲刈りをする領民の姿が見られ、今年は冷害や台風の被害がなくて豊作だ。


「これは久遠様。お久しゅうございます」


「いよいよ収穫ですね」


「はい。このような日が来るとは……」


 オレはエルたちと一益さんと太田さんを連れて農業試験村に来ていた。ここの田んぼもいよいよ稲刈りをするみたい。


 村長さんと村の衆は穂が垂れるほどの豊作に、笑みを浮かべる者や涙を浮かべる者もいる。林通具の謀叛からもうすぐ一年。


 家々を焼かれ全て無くした村が、一年で再建してこれほどの収穫にこぎ着けたのは立派だろう。家の焼け跡から鉄製の鍋や包丁だけでも持ち出そうとしていたくらいなんだ。


「記録できた?」


「はっ」


「じゃあ、村長さん。始めましょうか」


 ここはあくまでも新しい農業技術の試験村だ。稲の生育情況や一株当たりの米の数などを調べて太田さんに記録を残してもらう。


 近隣の村は弾正忠家の直轄領だから、そちらも許可を得て比較のために調査して記録に残してるけどね。結構な人がこの農業試験村を視察に来たらしい。


 来年からは塩水選別と正条植えを基本にした農法の改善を拡大できそうだ。問題は農地整理だろう。オレたちの試みを評価してやりたいと語る人も農地整理だけは難しいと口にする。


 実際、農地は権利関係も複雑だ。パズルのようなバラバラの形をした田んぼにはそれぞれ持ち主がいるし、織田弾正忠家以前からの権利者もいたりする。それに寺社の領地もあちこちに点在していたりして大変なんだよね。


「みんないい顔をしている」


「この収穫のために皆が働いてきたのですからな」


 年配者から子供たちまでみんな笑顔だ。近隣の村の田んぼより見てわかるほど生育が立派で、草取りなんかの作業も楽だった。


 村の田んぼのよさは村の自信に繋がったような感じだね。ケティはそんな村の衆にどこか嬉しそうだ。


「殿。はばかりながら下手でございますな。こうですぞ」


「稲刈りって初めてなんだよね」


 オレも手伝おうと意気込んで参加したけど、上手くできなくて周りから微妙な視線を集めちゃった。結構難しいね。


 たまらず一益さんがやり方を教えてくれたので、それに従い稲刈りをしていく。


 腰を伸ばして見上げると鱗雲が見える。すっかり秋だな。空だけは元の世界もこの時代も変わらない。


「お昼の支度が整いました」


 慣れない作業に悪戦苦闘しながらお昼を迎える。中腰の微妙な姿勢で作業していたから腰が痛くなってきた。


 ようやく休憩だ。昼食は村のみんなと一緒に食べよう。


 ウチから食材も運んできたんだ。慣れないやり方で農作業を一年頑張ってくれた村の衆にごちそうしようと思ってさ。


「これは……」


「遠慮せずに召し上がってください」


 青空の下でござを広げてみんなでお昼だ。メニューは白米のおにぎりにきのこと猪肉の鍋。それとナスの揚げ浸しとか焼き魚とかおかずもいろいろある。


 エルたちが高級食材を使わず地元の食材で作った昼食だ。ただそれでも村の衆には戸惑うほどのごちそうらしい。エルやケティが勧めると空腹もあってか、みんな驚くほどガツガツと食べ始めた。


 稲刈りも大変だね。元の世界だと機械化されてるけど、この時代には当然それがない。尤も正条植えをしてるこの村はまだ稲刈りが楽なんだけどね。


 今日は夜まで稲刈りに参加する予定だ。夕食には金色酒とエールも用意している。なんか農村体験ツアーにでも来た気分だね。


 刈った稲はこのあと天日で干して脱穀する。千歯扱きも用意してるけどどうかな。脱穀は後家さんの仕事らしくあまり無策に広めると後家さんが困るみたいだから、普及させる前にそこも考えないと。


 まあ尾張だと賦役の世話とかで女性も働いてるから、そこまで酷いことにならないと思うけど。




 運動会……じゃなく武芸大会の概要は結局こうなった。関東に行く前に決めていて、調整や準備をしてもらっていたものだ。


 まずは短距離走・長距離走・水練というオレの考える基本的な種目をすることにした。この時代では基本じゃないだろう。オレの考えだ。異論は認める。


 個人種目として剣・槍・無手・弓・馬・投擲・鉄砲による勝ち抜き戦も予定している。団体種目は操船・行軍・野戦築城・模擬戦・荷駄輸送という事実上の演習にするつもり。


 個人戦は清洲郊外に専用の競技場を作ってるんだよね。まあ競技場といっても平地に観客席を作った程度だけど。団体種目は種目により場所を変えることになりそう。


 あとそれとは別に文官向けの競技と言うか、品評会的なのも考えてるけど、こちらはあまり盛り上がりそうにないんだよね。


 領外からは大きな所で、伊勢は大湊の会合衆と願証寺を、三河は本證寺を、美濃は元守護の土岐頼芸さんと斎藤家をお客さんとして招いている。


 来るかどうかはわからないけど。


 あと本当は、北条家も招きたかったんだけど遠いし、最近帰ったばかりだからね。代わりではないけど相模の商人が熱田にいたから招待しておいた。


「まるで祭りだな。任せたのだし、好きにして構わんが」


「そのつもりなんですよ。領内には忍び衆に命じて、少し前から噂を広げてますからたくさんの人が来てくれたらいいんですけど」


 ただ認識の違いがあり、信秀さんや信長さんは特定の身分の人が見物する大会を想像していたみたい。ところがオレたちは運動会みたいなものを想定していたからね。


「やはり民に直接見せることに拘るか」


「その方が早そうなので。反目や造反する勢力が織田を倒せと言っても付いていく人がいなければ無駄ですから」


 尤も信秀さんも信長さんもその意味は理解してくれてる。これは広がった織田領を一つにするための運動会だからね。


 家中で競って己の力を披露する場を作ると共に、領民や周辺諸国には織田家の力を見せつけるための場でもある。


 あと期間中は織田領の者に限り、商いを無税で自由にできるように各所と交渉してる。あくまでも織田領の者だけに限定してるけど期間限定の楽市をするんだ。


 領内の関所も期間中は領民に限り無税での通行を認めるように呼び掛ける、ただし交渉はしない、代価もない。


 領民に限定したのは、それをやらないと桑名が平気な顔で来そうだからさ。


「それに楽市とは、また考えたな」


「ややこしい関所や市を無くすとどうなるか、試すのにちょうどいいかなと」


「お前たちの怖いところだな。祭りだと騒ぎつつそんなことを企むとは」


 信秀さんに呆れられたよ。実はメルティが祭りとして、規制緩和の試験するべきって言うからさ。


 津島と熱田と那古野と清洲はすぐに了解が取れた。期間限定だし祭りだからね。ただ上四郡の一部の国人と寺社が少し反発してる。


 反発してるところは競技を予定してる場所でもないから影響はないけど。今回は三河と美濃の織田領と織田方の国人衆も参加予定だ。


 意外なことに美濃と三河の方が、こちらのお願いを素直に聞いてくれてる。本證寺は儀礼的に招待した以外は放置してるけどね。


 この時代にこの規模の催しは珍しい。どうなるか未知の部分もあるけど楽しみだね。




――――――――――――――――――

 久遠家記には天文十七年秋に、一馬が初めて稲刈りをしたという記載がある。


 久遠諸島は稲作に不向きで、実際に稲作をしたという記録は僅かしかない。そのため一馬自身は尾張に来るまで稲作をほとんど見ることがなかったと言われている。


 尤も久遠家とすれば稲作にも詳しく、新たな農法、現代に通じる近代農業の基礎を伝えている。


 正直なところ久遠家は各地から集めた知識や噂を、自ら試して進化させることに長けていたこともあり、どこから知識を得たのか。またどれを自ら考え出したのか、はっきりしない物が多々ある。


 稲作に関してもそのひとつなのだが、久遠家直轄の牧場兼農場の責任者であった、久遠リリーが主に尾張に伝えたのだという説が有力視されている。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る