第244話・さつまいも? いいえ尾張芋です

side:久遠一馬


 尾張に帰還して落ち着いたこの日、関東に行ったメンバーは信秀さんから里見との戦の褒美をもらっていた。


 当然ながら領地を得たわけではないので、褒美も土地ではなく銭とか物になる。基本は銀か銭だけど金色酒や澄み酒などに武具もあるね。


 別に狙ったわけではないんだろうけど、この調子で褒美を土地以外の物で定着させたいところだろう。


 ウチに関しては、やはり信長さんから銀と銅で褒美をもらった。さすがにウチのお酒をウチの褒美にはできないからね。


「若様、久遠殿。これは……」


「それで新しい船を造るのだ」


 それとちょうど佐治さんも褒美をもらいに清洲に来ていたから、信秀さんや信長さんと相談して褒美とは別に新造船建造の費用を渡すことにした。


 佐治さんが新造船の建造をするという話は聞いているが、佐治水軍の経済力ではそう簡単には造れない。蟹江の港もできてない現状だと、佐治水軍での造船は積極的に援助するべきなんだよね。


「新造船と改造船の良し悪しもわかったと思います。改造船は伊勢の内海うちうみなどの近海での運用が限界でしょう。費用は織田家で出しますので新造船をどんどん建造してください」


 改造船はウチが最大限にバックアップする前提での関東行きだった。今後、佐治水軍が主体的に運用するなら外洋航海は無理だろう。


 関東では敵なしの黒船船団なんて噂をされてたけど、実情はぎりぎりだったからね。


「それと蟹江港の主要部分の工事は、さすがにこちらの領民でやりたいですから。以前話にあった人足の派遣をお願いします」


「その件は構いませぬが……」


「これは額面の銭を保証する手形です。とりあえず尾張国内で試しに使用してみるつもりの物ですよ。織田領内限定の割符のようなものです」


 佐治さんには現金じゃなく以前に試作した一貫手形と十貫手形を渡すことにした。


 あのあとも検討を重ねて信秀さんたちとも話し合い、手形には通し番号を入れることと、二年の交換期限を加えることにして作った。


 扱える人も織田家による許可制にしていて、換金はウチの津島・熱田・那古野の屋敷に限定した。利便性はかなり落ちることになるけど、手形のテストにはちょうどいいだろう。信秀さんの清洲に換金場所がないのは、要検討だね。


 基本は織田領内の指定商人に限定したが、大湊の丸屋さんと取引のある会合衆には許可を与えた。換金用の銭もある程度用意したし、銭が足りなくなった時には必要に応じて織田家がウチに貸し付けることも決まった。


 正直この一年でかなりの銅銭を尾張に供給したけど、まだまだ足りない状況が続いてる。当然と言えば当然だけど良質な銅銭はどこも欲しいんだよね。


 畿内にも流れてるし、美濃や伊勢、三河経由で今川や関東にも流れてるんだ。ただ、ここで気を付けなくてはならないのは、良質な銅銭を溶かして粗悪な銭に造り直して貨幣を増やそうとする人が出ないかだろう。


 まあ現状では織田領外の勢力にオレたちができることは限られている。貨幣が不足してるウチはじゃんじゃん造っていくしかない。


「それと船乗りの訓練は、引き続き合同で行いたいのでお願いします。ウチの船での訓練もしますから」


「それはいいですな。やはり我らはまだまだ未熟。共に訓練していただけるならば是非お願い致しまする」


 水軍の問題は関東に行っていろいろ明らかになった。改造船の限界や佐治水軍の訓練不足に、配給食糧をこちらの設定通りに食べてくれなかったことなど。


 それらをひとつずつ解決していかなきゃならないんだよね。





「ほう。これが新しい芋の畑か」


 どうしてこうなったのだろう。そろそろ時期だというから芋掘りをみんなで楽しもうと信長さんを誘った。しかし何故か、信秀さんとか信光さんとか信安さんまで来ちゃった。


 みんな暇なのかなぁ。なんというか戦国武将のイメージが変わるよね。


「はーい。みんなで茎の周りを優しく掘るのよ~」


 さすがに領民のみんなは緊張気味だけど、子供たちはあまり気にせず元気だ。信秀さんたちはリリーの指示に従い、子供たちに混じって土を掘ると蔓を優しく引っ張って収穫していく。信長さんのお付きの人たちは馴染み過ぎで、それ以外のお付きの人たちが一番困惑してるけどね。


「ふむ。これが新しい芋か」


「小豆のような色の芋だな。美味いのか?」


「あー、それは生だと美味しくないですよ」


 大きいのから小さいのまでゴロゴロと芋が掘り出されると、子供たちや領民は喜び歓声があがる。


 信秀さんたちも興味深げに掘り出した芋を見ていたけど、信光さんが小さな芋を生のままでかじって食べようとしたので止めないと。


「名はなんというのだ?」


「えーと。特には……。それは遥か東にある大陸で見つけた物ですから」


 エルの話だとまだ薩摩どころか明にもないらしいんだよね。さつまいも。だから名前は信秀さんにでも付けてもらおう。


「ふむ。食べてみてから決めるか」


「ふふふ。そうおっしゃると思い準備をしてますよ~」


 どうもリリーは今日のために少し先行して収穫していたらしく、すでに試食の準備をさせていたみたい。さつまいもは収穫したばかりより、少し寝かせた方が美味しいからね。


 しかし、みんな新しい芋を食べたくて来たんだね。試食の準備をさせていると知ると表情が変わった。焦らなくても献上するのに。


 メニューは鍋に石を入れて蒸し焼きにした石焼き芋だ。


「ほう!」


「これは、なんと甘い!?」


「お菓子みたいだ!」


「おいもさん美味しい!」


 熱々の焼き芋を信秀さんから食べてもらうが、子供たちと並んで食べる姿がなんか微笑ましい。


 熱いのでハフハフしながら食べて、温かい麦茶を飲むとこれがまた美味い! 焼き芋は水分がないからね。さっぱりしたお茶がよく合うんだ。


 品種はもちろん未来の甘くて育てやすい品種だ。飢饉の対策にもなるし甘味にもなる。いずれは全国に広めたいな。


「ふむ。小豆芋というのはいかがだ? 色も似ておるし甘くて美味いしな」


「それはいいですね」


 秋の空の下で焼き芋を食べて名前を考えていた信秀さんは、しばし悩み小豆芋という名前を口にした。皮の色が似ていたからかな?


 この世界ではさつまいもという名は普及定着はしないかもしれない。小豆芋とか尾張芋とか呼ばれそうな予感がする。薩摩の島津が手に入れても史実のように秘匿するだろうし。


「これが飢饉の対策にもなるとは……」


「水は少なくていいし、痩せた土地でも育つわよ~」


 ただ甘くて美味しいだけではなく飢饉対策にもなると知ると、信秀さんたちの表情が真面目になる。尾張も水害とかあるし飢饉は他人事じゃない。


「問題は他国に盗まれぬようにすることですかな」


「作る場所を選ぶしかあるまい」


「あまり人が来ぬ場所が良かろう」


 美味しそうに芋を頬張る子供たちを見ながら、信秀さんたちは小豆芋の量産を真剣に検討する。植えるとすれば知多半島とかもいいかもしれない。


 あそこは川がないから水が問題だしね。街道とかもあるわけじゃないから陸路で人が行くことはほとんどないんだよね。


 生産と保存が容易な小豆芋は兵糧としても適しているから、他国には広められないからな。


 せめて尾張で飢饉は絶対に起こさないようにしないと。




――――――――――――――――――

 小豆芋または尾張芋。


 現在では年中手に入る野菜である小豆芋だが、その歴史は古く天文十七年に久遠一馬が持ち込んだのが日本で最初となる。


 記録によると、大陸国である明にもこの当時はまだ伝来してない代物で、久遠家は独自のルートで入手した物と思われる。


 入手ルートには諸説ある。現在の大和大陸と交流があったとの資料もあり、そちらのルートが有力である。しかし、ポリネシア地域との交流もあったようで、そちらのルートだとも言われている。




 織田手形。


 現存する日本で最古の兌換紙幣は織田手形である。発行は久遠家が行い、金属貨幣の利便性の悪さと不足を補うために発行されたと言われている。


 元々割符という為替の発行は鎌倉・室町時代からあったが、金銭との交換を保証する事実上の紙幣は日本初と思われる。


 織田手形の概念は恐らく当時の先進国であった明に倣ったと思われるが、木版印刷における多色刷りの手形は当時の基準と比較すると技術的に抜きん出ている。


 恐らく偽造防止のためと思われるが、あまりの出来の良さに一部では美術品として珍重されたと言われており、現在に至るまで実物が現存している大きな理由となっている。また、交換期限のある手形でありながら所持し続けることで織田家の商いに関わる商人の一種のステータスとなったとも考えられている。


 意匠の考案と原版の製作者が日本西洋美術の祖である久遠メルティということも相まって、近代では初回発行の手形一枚に億単位の値段がついたことも有名である。


 なお、久遠家では今も原版が残っているとも噂されているが、真相は定かではない。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る