第240話・尾張への帰還と苦慮する今川
side:今川義元
「面白うないのう」
「ですから口約束とはいえ、里見に加担したと誤解されるようなお言葉は止めるべき、と言うたではありませぬか」
まさか里見があそこまで負けるとは思わなんだわ。水軍くらいしか取り柄がないとはいえ、北条を相手に五分以上に戦っておったのじゃぞ?
物見の報告では織田の黒船は無傷で、里見は数艘が命からがら逃げ帰ったのみじゃという。
「じゃが誰かが南蛮船と本気で戦ってみねばなるまい?」
雪斎からは事前に里見など相手にするなと言われておったが、南蛮船の力を見極める好機と思い少し期待するようなことを言うてしもうたわ。
まさかそれが北条の耳に入るとは。おかげで里見をけしかけたのはわしじゃと疑われておるのかもしれぬ。
「上手いこと織田との
河越の時のように今度は里見と組むならば、こちらにも考えがあるとはっきり使者が言いおったわ。織田の名は出さなかったものの、客人が狙われたことに氏康は激怒しておるともな。
「ちょうどよく織田と組む理由にされたわ」
「商いだけでも利は大きゅうございますからな」
聞けば尾張には長綱だけではなく、氏康の嫡男も行っておったとか。信秀がわざわざ南蛮船を派遣するわけじゃ。
互いに利は一致しておるし抱えておる問題もない。今川と北条は和睦はしたが同盟ではない。互いに何処と組もうが相手に断りを入れる必要まではないのじゃ。
とはいえ武田の立場もある。先に敵方と謀議を持ったと言われると、武田の立場を潰したのはわしということにされかねぬ。
北条としては織田と同盟まで組む必要はなかったはず。それが里見が余計なことをしたせいで、同盟も悪くないと思わせてしもうたか?
今回の件で織田の水軍は関東にも名を轟かせたわ。しかも我が今川領の沖を行くことで素通りされてしまうとは。
「益々織田と戦をしにくくなるか」
少なくとも北条に疑われたのは確か。仮に織田と戦となれば北条が支援するかもしれぬの。しかも、負ければ北条も攻めてこぬとも限らぬわ。
それに北条と織田が
「雪斎。いかがすべきかの?」
「難しゅうございますな。ただ里見や上杉と組むのはお止めなされたほうが宜しいかと。それをやれば織田が攻めてくると思われまする」
さすがに里見や上杉と組む気はないが、織田と北条が誼を結んだ以上はそれの備えをせねばならぬの。
もし今回の件で織田が報復として商いを止めれば、わしも黙って見ておるわけにはおれなくなるわ。
しかし得る物のない戦などして何になるというのじゃ? それに武田は、今川が北条と織田と戦えば、いずれにつく? 勝ち馬に乗ると考えると敵になるのではないか?
美濃の斎藤はあてにならぬの。六角は東を見る余裕もないわ。伊勢は纏まりに欠けるの。組む相手がおらぬではないか。
「里見の件は知らぬ存ぜぬで通すしかありませぬな。あとは織田と和睦を真剣に考えるべきかと思いまする。織田とていつまでも今の勢いが続くかは分かりませぬ。駿河と遠江を守るのが現状では一番かと」
「わしが信秀に負けると言うのか?」
「時には
わしは信秀に敵わぬのか? 少なくとも戦をせぬ現状では勝てる気がせぬの。じゃが戦をして何が得られる? 熱田を津島を那古野を取れるというのか?
無理じゃな。考えねばならぬ。信秀の上を行く策を。
何としても考えねばならぬ。
side:久遠一馬
「尾張だ!」
「やっと着いた!!」
帰路は長かった。順調で台風に遭遇しなかったのに十日も掛かった。
無論、途中では荒れ狂う海にも遭遇したし、佐治水軍の改造船の舵が壊れて修理したりと、行きとは違う苦労が満載だった。
下田を出て最初に見える陸地の志摩半島に、中継港の伊勢の大湊が見えると、涙を流して喜んでいる人も居たほどだ。
最後まで平然としていたのはオレたちと信長さんや信光さんに慶次など一部の者と、船乗りのバイオロイドくらいかもしれない。
揺れる船内でもエルは編み物をしていたし、ケティは読書をメルティは旅の途中で描いていた絵の続きを描いていて、周りからは信じられないと言わんばかりの目で見られていた。
オレとジュリアは信長さんたちとトランプをしてたね。
「ようやく着いたか」
「船の旅は大変なのだな」
信長さんと信光さんも相応に船旅の大変さを理解したみたいだ。さすがに涙を流して喜ぶほどではないけど、船旅は危険と隣り合わせで、それでいて退屈なことは理解したみたい。
途中工事が進む蟹江とすっかり寂れつつある桑名が少し見えたが、寄り道せずに津島へと戻った。
みんな疲れてるだろうから荷降ろしは津島の人に任せて、佐治水軍を含めた旅に同行したメンバーは上陸して体を休ませることにする。
「お帰りなさいませ」
「お帰りネ」
「お帰り~!」
そしてオレたちは津島の屋敷で今夜は休むことにして、留守を任せたセレスやリンメイやパメラに資清さんの出迎えを受けていた。
なぜか、ロボとブランカも一緒に津島まで来てるね。
「留守中、何かあった?」
「はっ。まず桑名の件でございますが、商人と職人をそれなりの数で引き抜きに成功しております。それと桑名が集めた牢人が周囲を荒らして問題になっております」
久々の帰還でロボとブランカに忘れられてないことにホッとしつつ、資清さんに留守中の話を聞く。
真っ先に出たのはやはり桑名の話か。内部から崩壊してるのは明らかだね。商人や職人に人足のような人も流れてきているらしい。まあ、余計なモノも流れてくるけど。そこは諦めるしかないか。
「牢人か。こっちに被害は?」
「はっ。今のところは軽微でございます」
厄介なのは桑名が集めた牢人か。どうも桑名ではある程度の銭を与えて追放したらしい。
元々戦場を求めて転々としてるような人たちだから、ピンからキリまで居るし中には野盗のような者もいる。戦が比較的多い畿内にでも行けばいいのに。
「その件についてですが、桑名が追放した牢人のうち柳生新介及び郎党の者を一時雇い致しました」
「柳生?」
「大和の土豪の
ん? 柳生新介って誰さ? 柳生ってあの新陰流の柳生か?
「津島にて酒を飲んで暴れていた牢人を叩きのめした時に、見ていた彼らに弟子入りを志願されましたので受け入れました」
話の流れから柳生一族の誰かなんだろうね、でも津島で暴れてた牢人をセレスが叩きのめしたのを見て、弟子入り志願とか普通じゃないかも。いくら強くてもセレスは女なのに。
「まあ、いいんじゃない」
よく分からんがセレスが認めたなら構わないだろう。ジュリアなら酔狂で変な人でも雇いそうだけどセレスは真面目だから。
ああ。ロボとブランカ。そんなに着物を引っ張らなくても、ちゃんと今日は散歩に行くから。
なんだかんだと一月近く居なかったからね。散歩の時間になると二匹は毎日オレを探していたらしい。
散歩は可能な限り行ってたからなぁ。
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