第236話・織田一行の戦後

side:久遠一馬


「賑やかですね」


里見義堯さとみよしたかは先代が支援して家督を相続したのです。それをあっさりと裏切った男。わしも胸がすっと致しましたぞ」


 小田原城と町は戦勝のお祝いで賑わってるよ。里見って嫌われてたんだね。庶民から武士までみんな喜んでるみたい。


「話が逸れましたな。此度の戦は織田の方々の活躍があればこそ。何かお望みの報酬があればと思いましてな」


 そんな賑わいの声を聞きつつオレと信長さんたちは、幻庵さんと戦の論功行賞について話し合いをしていた。


 奪った舟とかの戦利品や捕虜の分配や、討ち取った武将の首の扱いもある。それと報酬の話も事前に打診してくれた。


「商いをする上でのご協力をお願いしたい」


 戦利品と捕虜は北条に丸投げだ。貰っても困る。首もウチの者は要らない。晒すなり供養するなり好きにすればいい。


 報酬はやはり交易の便宜が無難だよね。信長さんは立場的に協力という言葉を使ったが。現状だと伊豆諸島を含めた北条領への寄港許可だけでもいい気もする。


「それは考えておるが、功に見合うには足りぬと思うてな」


 どこまで交易の便宜を図るかにもよるが、里見水軍壊滅の功績を考えると報酬としては物足りなく見えるのか。


 実際のところ伊勢湾から関東までに織田水軍の力を見せつけた事実を考えると、報酬以上の価値があるんだけどね。


 しかし足りないって言われてもね。足りない分は現金が一番だろう。まさか同盟も結んでない他国に、領地を差し出すわけにもいかないだろうしさ。


「殿は里見領を切り取り次第、織田殿に渡すことも考えておられるが……」


「……それはお気持ちだけで十分でございまする」


 幻庵さん。何を言い出すんだ。里見の領地なんて要らんわ。信長さんも他のみんなも驚いていたが、信長さんはオレやエルに信光さんや政秀さんをちらりと見て断った。


 房総半島なんてどうやって防衛するのさ。どう考えても地雷だ。北条と敵対したら人質にされかねないし、何かと北条の戦に巻き込まれるだけだろう。




「大胆な提案であったな」


「北条としてはそれだけ誠意を示したという形が欲しいのでしょうな」


 幻庵さんが部屋から去ると誰かがため息を溢していた。戦なんだし報酬に敵の領地から切り与えるのは筋が通らなくもない。現状だと完全な空手形だけど。しかもちょっと聞いただけならこの時代の武士にとって悪い話ではない。


「エル。そなたはいかが思う?」


 今一つ得なのか損なのかみんな悩んでる中、信長さんはエルに意見を求めた。


「いっそのこと安房織田家として独立するつもりならば、決して悪い話ではありません。ただし尾張からの支援はあまり期待しないほうがよいでしょう」


「それは無理だな。独立できるような者は来ないぞ。来たがるのは穀潰しばかりだ」


「孫三郎様。それは……」


「事実であろう。誰が来る? わしは断るぞ。北条の顔色を窺いながら、手伝い戦で領地を広げるなどごめんだ」


 関東への足場になるのは確かだけど飛び地になる、現状の織田家には早いよな。本当に独立するくらいの力量がある人が治める必要があるんだよね。でも信光さんがそれは無理だと断言した。


 そうだよね。独立するくらいの力量があれば、これがいかに大変かわかるはずだ。来ないよな。


 ぶっちゃけウチなら多分やれる。チートだからね。でもそれやると本当に関東の戦に巻き込まれるからね。しかも北条もそこまで信じて力を貸していいかは少し疑問がある。


 将来的に対立する可能性も無くはないんだよね。関東を完全に北条の支配下にしてしまうのは将来的に問題もあるしさ。


 国家の形や役割で揉めて戦なんて、歴史を見ればいくらでもあるしね。


「どうしてもと言うなら貰ってもいいと思うわよ。統治を北条家に任せたらいいじゃない。税の上がりだけ貰って、港を使えれば手間が掛からないわ」


 貧乏くじになるなと誰もが思い始めた時、口を挟んだのはメルティだった。


「北条に代官をさせるのか?」


「これまた大胆な策ですな」


「まあ、一度は断ったのだ。空手形は寄越すまい」


 大胆というか何というか。みんなも驚いていたが、武士としては自分たちで治められないと思われるのは嫌なのかもしれない。


 まあ面白い策だけどね。織田としては報酬の大小は別に構わないし。北条の体裁があるなら向こうで何か考えて欲しい。




 首実検に関してはオレとエルたちは出なかった。首実検とは討ち取った敵の武将の首を並べて論功行賞するあれだよ、あれ。


 織田からは代表で信長さんと信光さんが出た。ジュリアとオレは誘われたけど断ったよ。生首の観賞会なんてごめんだ。


 実際ジュリアと慶次は二人で敵に突っ込んだから、かなりの人数の敵を討ち取ったらしく、忍び衆が討ち取った相手から首を集めていたらしい。


 特にそこは指示してなかったしな。それなりの身分の敵を討ち取ったら首を集めるのは当然なんだろう。


 彼らも自分の手柄ではなくジュリアや慶次の手柄として集めたんだし、完全に厚意でやってくれたんだ。帰ったら褒美を出さないとな。


「出過ぎるなと言うたであろうが。鬼にされてしもうたぞ」


「構わないよ。女のアタシを見て鬼だと騒いだんだ。恥を晒したのは向こうだからね」


 肝心のジュリアに関しては、信長さんが珍しく苦笑いしていた。叱るわけにもいかないが素直に褒めるのもどうかと思うらしい。


 ああ、ジュリアが連れていった若い武士たちはみんな首を挙げたりして武功を稼いでいる。ジュリアと慶次を除くと目立っていたのは、森可成さんとか林通政はやしみちまささんとかか。


 特に林通政さんは林家の汚名をそそぐ働きをしたらしい。


「九郎義経公のような八艘跳びにて敵を打ち倒した、今巴御前だと評判ですな」


 というかジュリアはいいよ。正体が戦闘型アンドロイドなんだから。なんで生身の慶次がジュリアに付いていけるの? オレにはその方が不思議だ。俺に内緒でこっそり改造してたりしないよね?


 慶次だから朱槍だろうとノリで朱槍をあげちゃったのが原因か? 結構鍛えていたのは確かだけどさ。


「慶次郎は義経公に従う武蔵坊弁慶のようであったと、これまた評判。まだ元服も済ませておらぬと知ると皆が驚いておりましたぞ」


 今回は斬り込みで敵を崩壊させたのが、武士からすると評判がいいみたい。半ばパニックになって戦どころじゃなくなったからなぁ。おかげで捕虜もかなり居るらしいし。


 まあ、やってしまったものは仕方ないね。ジュリアが鬼だと言われても気にしてないならいいか。




「ああ、ケティ。おつかれさま。どうだった?」


「やれるだけやった」


 しばらくすると負傷者の治療に行っていたケティが戻ってきた。ケティは里見領への報復攻撃には同行せずに、敵味方問わず負傷者の治療をしていたんだ。


「何かあった?」


「……その。ジュリア様を鬼だと騒ぎ、北条は人の道を踏み外した外道だと騒いだ者をケティ様が論破をなされまして……」


 ただ、ケティの機嫌が微妙に良くないんだ。表情は変わらないがオレにはわかる。一緒に治療を手伝いに行った千代女さんに話を聞くと里見の捕虜に馬鹿が出たか。


 せっかく治療をしようとしたのに、人の道を踏み外した外道の情けなど受けぬと騒いだらしい。ケティはそれもまた面白くなかったんだろう。


 鬼など居ないと。ジュリアは女であり自分の家族だと言ったみたい。あとは人の船を盗もうとした盗人には女が鬼に見えるのかとも語り、命を粗末にする愚か者は地獄に堕ちると言い切ると、騒いでいた者は心を折られたらしい。


「それと先日ケティ様が襲われたのは、やはり里見の仕業でございました。捕らえた敵兵の中に里見義堯がそれを口にしていたと語る者がおりました」


 他にも捕らえた敵兵が多く、いろいろ情報が出てきているのか。しかし、本当にケティを襲ったのが里見だったとは。


 中には里見義堯が南蛮船を欲しい、織田には勿体ない、貿易の利を奪う、と騒いでいたとの証言もあって、信長さんたちを呆れさせている。


 そもそも船が一隻あっても南蛮貿易なんてできないよ? 里見義堯の頭の中どうなってるのか見てみたいわ。



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