第230話・ケティ襲われる

side:久遠一馬


「そうですか。里見水軍は小早が主力なんですか」


 里見を相手にすることが決まり、オレとエルは佐治さんと共に北条家の水軍衆の人と話をしていた。


 まずは、直接里見水軍の相手をしてる三浦水軍に具体的な話を聞く。偵察衛星もあるし相手の戦力くらいは分かるんだけどね。それでも直に聞く話は貴重な情報になるだろう。


 北条家の場合は領地が広いからね。伊豆水軍と三浦水軍はそれぞれ領地も領海も違う。里見水軍の相手をしてるのは三浦水軍らしい。


 というか里見水軍は小さな舟で安房の岡本城から、三浦半島の三崎城とか鎌倉まで来るらしい。確か江戸湾の入り口だったはずだよね?


「連中は我らを避けまする。欲しいのは食い物でしょうからな」


 里見水軍はよく三浦半島なんかに来るらしいが、目的はやはり略奪か。陸も海も戦の大半は略奪目当てだからなぁ。他にも江戸湾に行く船が襲われるらしい。


 正直なところ里見とすれば、安房とか江戸湾の制海権を失えばただの土豪レベルに落ちそうだしな。


「黒船はかなり速いと伺いましたが?」


「風と潮の流れ次第ですけどね。武器は鉄砲を筆頭に多数積んでいるので、仮に近寄られても問題はないですよ」


 北条家としては織田はお客さんだからね。氏康さんは黒船に傷を付けさせるなと命じたらしい。


 三浦水軍の人たちとしても守る以上は、こちらの船の性能や実力を知らねばならないので細かい打ち合わせが必要だ。


「噂の砲を撃てば、すぐに逃げ出す気もしますがな」


「逃げられれば面倒だ。討たねばならぬ」


 彼らにも礼砲の時の噂は伝わっていて半ば誤解していたから、鉄砲の大きい物だと教えておいた。


 ああ、里見水軍が鉄砲や火薬を使うなんて話はないらしい。下手すれば花火でも逃げ出しそうだね。ただ痛手を与える前に逃げられてしまっては、今回の策を実施する意味そのものがなくなってしまう。


「エル。策はある?」


「ここは単純に三崎城に逃げるふりをすれば、追ってくると思われます。もし追ってこなければこちらから出向き、岡本城を砲撃してしまえばいいかと。密書の件がありますので名分はあります」


 問題はいかにして誘き出すかだけど、そこまで捻った策は必要ないか。戦力差は明らかだからなぁ。


 里見水軍はどうもゲリラ戦法に近く、略奪が得意なだけみたいだし。史実だと北条家の三浦水軍は劣勢なんだよね。ただ単に里見水軍の方が貧しくて奪わないと生きていけないなんて理由じゃないよね? まさかね。


 ともかく周辺海域の風と潮の流れからこちらの動きを三浦水軍に伝えて、作戦の擦り合わせをしないと。乱戦になれば大砲とか鉄砲は使いにくいからなぁ。


 っていうかよくよく考えると戦国時代に船から陸地を砲撃なんて、まるで仮想戦記だね。


 三浦水軍の人も大胆な策にびっくりしてる。敵が出てきたら沖に逃げればそのうち付いてこられなくなるしな。いい作戦だとは思うが。


「しかし西から折々に船が来れば関東も変わりますな」


「左様。海を押さえておる北条家の優位は崩れますまい」


 一通り打ち合わせが終わると、雑談となり今後の交易の話になる。


 今でも船は来るが、やはり難所が多いので数は多くはない。下手すると日本海で運んだ荷が越後辺りから陸路で来ることもあるんだとか。


 以前には途中の国人衆に税だとの名目で荷を幾らか奪われたこともあるようで、北条家とすれば複雑な思いもあるらしい。


 まあ今川と和睦したので東海道を陸路で運べるので最近はマシらしいが。でもそれって尾張からだよね。




side:望月千代女


 ほんの少し前までは甲賀の里で変わらぬ暮らしを送っていた私が、まさか相模国の小田原まで来ることになろうとは。明日どうなるかなど分からないものですね。


「慶次郎様」


 今日の私は侍女の皆と護衛役の慶次郎様と一緒にケティ様のお供として小田原の町に来ております。


 ケティ様はいつの間にか薬師の方と世間で呼ばれておられます。その噂は東国や九州まで届き、以前にはケティ様が狙われたことなどもありましたが。


 小田原でもケティ様に診てほしいとの嘆願が多いようで、なんと左京大夫様から直々に診てやってほしいと頼まれたようです。


 ただケティ様の名が世に知れ渡るに従い、周りには不埒ふらちな者が現れます。当然ここ小田原でも。


「我が主に何か用か?」


「大人しくついてきてもらおうか」


 往診の最中、人気のない通りで突如私たちは十人ほどの牢人どもに囲まれました。慶次郎様は面白いことが起きたと半ば嬉しそうに囲む牢人どもを見ております。


「慶次郎殿。ここは我らが……。斬り捨てろ!」


 ただ彼らの相手は慶次郎様でも私たちでもありません。北条家が遣わした護衛の者たちが相手です。


 その時でした。護衛の者が不覚を取ろうとした刹那、鉄砲の音が辺りに響き渡りました。


「油断めされるな。こやつらはそれなりに手練れだ」


 小田原では鉄砲は珍しいのでしょう。まして牢人どもには何が起きたか分からなかったようです。一発の銃声が牢人どもを怯ませた隙に護衛の者たちが一気に牢人どもを斬り捨てていきます。


「これはなかなか使えますな」


「射程は短いし、不発の時もあるから注意が必要」


 突然の鉄砲の音には北条家の護衛の者たちも驚いたようですが、撃ったのは慶次郎様です。


 短筒と殿はおっしゃっておられましたが。火縄を使わずに撃てる鉄砲のようで、しかも、短刀よりも小さい物になります。


 戦には不向きのようですが、持ち運びが楽で護身用には良いでしょう。尤もこのような物が出回ると、こちらもまた今回のような襲撃をされた時には警戒せねばなりませんが。


「私に何の用?」


「知るか!」


 牢人どもが最後の一人になると、ケティ様は護衛の者たちの前に出て牢人に声を掛けられました。護衛の者たちは戸惑っておりますが問題ないでしょう。あまり知られておりませんが、ケティ様も実はお強いのですから。


「死ねぇぇぇぇ!」


 無駄なことを。すでに刀もなく脇差しで最後の一人はケティ様に襲い掛かりますが、ケティ様は相手の腕を掴むとそのまま捻るようにして取り押さえてしまわれます。


 慌てる北条家の護衛の者たちを尻目に、当家の者たちは慣れていますので驚きはありません。あれは久遠家に伝わる武術なのです。相手を殺さずに捕らえる技でジュリア様がよく兵に教えておられますから。


 もちろん護衛としては、ケティ様を危険に晒したのは誉められたことではありませんが。しかし、ケティ様が自ら望まれる時はそれに従うのが久遠家の掟。


 まあ、本当に危ういなら慶次郎様が止めたと思いますが。


「よく調べた方がいい」


「はっ」


 ケティ様が捕らえた牢人は北条家の護衛の者が連れて行きました。ここが尾張ならばこちらで詮議を行うのですが、ここは北条家の領地ですので。


 牢人どもを使った者の狙いはなんでしょうか? ケティ様の医術か、それとも織田と北条の関係を壊したい者か。


 とはいえ少人数で安易に襲うなど、あまり頭のいい者ではありませんね。




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