第229話・里見VS
side:久遠一馬
小田原に戻るとちょっとしたおバカさんが湧いていた。幻庵さんも戻ってから知らされたようで驚いていたらしいが、里見家がウチの南蛮船を狙っているらしい。湧くのは温泉だけで十分なのに。
目の付け所は悪くないけど南蛮船を舐めてるのかな? 素人が南蛮船を持っても伊勢湾にたどり着くことすら無理だと思うんだけど。
「浅はかな男だからな」
「操船の大変さも、商いの大変さも、理解しておらぬのであろう」
オレは信長さんたちと共に氏康さんから直接聞かされたが、北条家の皆さんも呆れている感じか。
「いかが思う?」
「今川は動かぬと思われます。当家では今川ともすでに取り引きをしておりますので、相応の利を与えておる状況でございます。また、
氏康さんは一通り説明すると信長さんに意見を求めた。見定めたいのだろうか。織田の次世代を。どうでもいいが信長さんの丁寧な言葉には違和感があるね。
「わしもそう思う。それに河越の戦での連中の体たらくを見ると怖くて組めんわ」
確かに里見が北条に対抗するには他所の力を借りなきゃならないだろう。史実でもそんな感じだし。でも今はタイミングが悪い。
無能な味方ほど怖いものはないとはよく言ったもんだ。
「久遠殿。そなたはいかに思う? 里見の水軍を」
「今回に限れば敵ではありません。備えは十分にして参りましたので」
この会話が今後の織田と北条の関係を決めるのかなとのんびりと見守っていると、矛先がこちらにも向いちゃった。
いや、里見水軍は事前にエルが想定して準備してきたからね。オレ達は問題ないけど。この先、商いを関東以北に伸ばすなら邪魔なんだよね。里見水軍は。
「一馬殿は商いを更に北に伸ばしたいのでは? そのためには里見は邪魔でござろう」
「ええ。まあ。沖を行けば関係ないですが、あの場所で敵対されると少し面倒ですね」
どうしようかなと考えていると、意味ありげな笑みを浮かべた幻庵さんにこちらの今後の商戦略を看破されたよ。
将来的には佐治水軍に太平洋航路で交易してほしいんだよね。そのためには里見は少し邪魔だ。
「一つ相談なのですが。織田の船を連中に見せてはいかがかと思いましてな」
「誘いをかけるのですか?」
「左様。このような密書に踊らされる愚か者が出る前に里見の水軍を叩きたいですからな。なあに。戦は北条水軍がする故、織田の皆様は黒船で高見の見物をして頂いて構いませぬ」
うわぁ。幻庵さんこの機会に里見水軍を叩く気でいるよ。ウチの船で誘いをかけて北条水軍が叩くと。オレたちに北条水軍の力を見せたいのかもしれない。
「若様。いかがします?」
「かず。お前が決めろ。オレは船の戦は知らん」
うーん。決断は信長さんに任せるつもりだったけど、信長さんに逆に任されちゃった。信光さんや信安さんも同意見か。反対する素振りはない。政秀さんも同様だ。
困るんだよなぁ。オレは元々水軍の大将じゃないのに。
『お受けになるべきです。むしろ、こちらも協力するべきでしょう。里見が史実よりも弱体化する恐れはありますが、想定の範囲内です』
しばし沈黙が辺りを支配する中、超小型の通信機からエルのアドバイスが来る。こんなこともあろうかと小田原城に来る前に耳の中に装着する物を渡されていたんだよね。
北条があまり強くなれば、将来の統一政権に影響が出そうだけど。まあそれはウチも同じか。
「わかりました。お受け致します。更にご不満が無ければこちらも協力致しましょう。織田の力。関東の皆様にお見せするよい機会となります」
まあエルが受けるべきだというなら大丈夫か。それに何もしないで帰って織田は恐れて逃げたと言われても困るしね。
この瞬間、北条家の皆さんが少しざわついた。
「面白くなってきたな」
氏康さんとの謁見も終わると小田原城の一室で信長さん達と里見とのことを話すことになるが、真っ先に口を開いたのは信光さんだ。
本当この人って船が好きなんだね。海戦に参加できるのが楽しみなんだろう。
「とはいえ里見は来ますかな? 力の差が大きい北条を相手に。某ならば誘いを疑いまするが……」
「来るであろうな。わざわざ今川や関東諸将に密書を出したのだ。これで動かねば『里見は北条と織田を怖れた』と言われてしまうはずだ」
信安さんは少し慎重だ。明らかに罠と分かる誘いに里見が引っ掛かるか疑問らしい。尤も信光さんは戦上手だけあって里見の心理をよく見ている。
余計な密書なんか出さなければ、動かない選択肢もあったんだろうけどね。
「大砲で脅してやれば戦にならぬのではないか?」
「そうかもしれませんね。近寄ってきたら鉄砲と
関東の他の勢力は古河公方と関東管領次第だけど動かないだろうなぁ。確か関東管領は少し前に信濃で武田にも負けてたしね。
今川が本気で動けば周りも動く可能性はあるかもしれないけど、それをやると信秀さんが北条と同盟して三河に攻め込むだけだし。
海戦の負けはないだろう。大砲どころか鉄砲ですら里見は持ってるか怪しいレベルだ。火力で一気に叩けばすぐに逃げ出す気がする。清洲城の時も市江島の時もほとんどそうだったしね。
「それにしても南蛮船を奪えば使えると思っておるとは。里見殿はめでたい御仁ですな」
里見との海戦に不安はない。主に戦うのは北条水軍だしね。ただ、南蛮船を奪えば使えると安易に考えてる里見に佐治さんが呆れていた。
西洋式の船と航海術の大変さを一番理解してるのは佐治さんだろうから当然かな。
「当然と言われれば、左様としか言えぬのですかな。敵の物は奪えばいい。それを繰り返しておるのが今の世の中ですからな」
「奪う敵と与える織田か。またこの構図に持ち込むのがいいかもしれん」
そんな佐治さんの呆れたような言葉に政秀さんは、少ししみじみと今の世の中について語り出した。里見とすれば当たり前のことをしてる認識しか無いのかもね。
無い物は奪えばいい。奪えなければ焼くなり破壊してしまえばいいと争い続けてるのが戦国時代だし。
信長さんに至っては今までの経験から、織田の力のみならず与えるという立場を関東に見せるべきだと考えてるらしい。
さて里見はどうするかな? 適当なとこで北条と和睦した方が利口なんだけどね。
「そういえばケティの姿が見えぬが……」
「今朝から小田原城下にて往診に出てますよ。左京大夫様に頼まれましてね」
そう。この場にケティは居ない。実は今朝から小田原の町で往診に行ってるんだ。
患者は主に北条家の家臣らしいけど、ケティの噂は関東にも届いているらしく診てほしいとの要望が出てたみたい。
あまりやり過ぎないように言ったけど大丈夫かな? 奇跡を起こす生き仏なんかにされると困るよね。
尾張でも難病なんかはナノマシンでこっそり治療してるからなぁ。治っても自分は何もしてないって言って、更には祈祷のおかげだと言い出すし。
まあそれが通用してるし、おかげで寺社との関係もいいんだけどね。尾張では。
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