第227話・里見さんの戦略

side:里見義堯さとみよしたか


「ほう。それほど巨大な船だったと?」


「はっ。一隻は見たこともない大きさでございました。それに帆柱の数も多く何より黒い船体が異様でございます」


 物見に出した者が戻ってきた。噂の南蛮船は予想以上に大きい船もあるらしいな。


「いかに思う?」


「恐らくは遠方に行くための船なのでは? 日ノ本でも明に行く船は大きいと聞き及びまする」


「左様。大きいと小回りが利かぬはず。それに漕ぎ手がおらぬ風任せの帆掛け船など戦には使えますまい」


 そうだ。あれは南蛮に行くための船なのだ。戦えぬこともないのだろうが、風任せの帆掛け船ならば数で押せば敵ではあるまい。


 よし。船の数で押せば勝てるな。


「ただ、織田は雷を呼んだと小田原では話題です」


「またか? 人が雷など呼べるはずもあるまい。仏に仕える者すら雷を呼ぶなど聞いたこともないわ」


 さすがに小田原までは我らは行けぬが、場所次第ではこちらから討って出ることは容易たやすいであろう。


 そう考えておると物見に出した者から、また与太話のような報告があった。商人どもの風の噂で聞いたことがある。織田は雷を呼び城を落としたのだと。


 そんなことできるはずがない。南蛮人は雷を呼ぶとでもいうのか?


「それはよい。船と織田はいかがしておるのだ?」


「はっ。船は小田原の近くに停泊しまして荷を降ろしております。織田一行はいかにも箱根へ向かった様子。恐らくは箱根権現にでも行くつもりではないかと……」


 織田はこちらに来る気があるのか無いのか。そこが問題だ。


 だが報告では織田一行は小田原城に泊まり、伊勢の輩の兵に守られながら箱根方面へ向かったと言う。完全に伊勢如きの客人扱いではないか。


 関東の諸将に見せつけるつもりか?


「狙うなら鎌倉でしょうな。連中は鶴岡八幡宮にも行くのでは?」


 織田は思ったよりうつけ者かもしれぬ。伊勢の輩にばかり肩入れしては恨みを買うだけになるのだぞ。


 今川と接する以上は伊勢の輩との関係が重要なのはワシぐらい聡明ならば理解するが、伊勢如きの客人にまでなるとは。


 すぐに来ぬと言うことは我らは無視する気か?


「支度をしておけ」


 鎌倉を攻めるには伊勢めの三崎の水軍が気になるが、本気になれば攻められぬこともない。鎌倉にて織田を叩き、伊勢の輩と織田の関係を潰してやろうか。


 今川や古河公方にも使者を出すべきだな。うまくいけば今一度、関東の諸将と今川の力を合わせて伊勢の輩を叩けるかもしれぬ。


 古河公方も関東管領も衰えた今が絶好の機会だ。ワシは南蛮船を手に入れて海から関東を制してみせようぞ。


 久遠とやらにできるならばワシにできぬはずがない。


 そうとなれば使者を急ぎ出さねばな。




side:久遠一馬


 翌日になり今日は箱根権現へと行く。


 箱根権現は元々箱根の山を信仰した山岳信仰が始まりと言われていて、古くは源頼朝もお参りをしていて『武家には縁起がよい』とこの時代の人たちは考えているみたいで、信長さんたちも是非行きたいと言っていた場所になる。幻庵さんが別当として社僧の長をしているホームだ。


 オレも来たのは初めてだな。旅行とかしたことは元の世界では何度かあるけど寺社なんてあんまり行かなかったし。


「これはいいな!」


「真によき履き物にございますな」


 ああ、昨日の旅路からオレたちは登山用の靴を履いている。もちろん時代相応に少し改造はしているけど。


 オレたちだけで履くのも何なんで他の織田一行のみんなの分も事前に用意してきたんだ。エルがね。


 この時代だと整備された登山道とかないし、獣道かと思うようなとこが街道と言われていたりする。攻められにくく守りやすくするために街道の整備とかしないからなぁ。


 特に地方の山だと道が良くないと思い、別途、登山用の靴を用意してきたんだ。


 実はオレたちは普段から靴を履いたりする。この時代の草鞋とかも履く時はあるけどね。信長さんは前に欲しがったので靴をあげたし冬なんかは履いている。


 夏は靴より草鞋や下駄の方が快適だからあまり履かないらしいが。でもこれだと『信長と藤吉郎の冬草履』の話はないね。ちなみにオレも夏はサンダルがいいんだが、下駄を履いている。空気の読める男だからね。


 今回のメンバーだと信光さんなんかは特に登山靴が気に入ったみたい。歩きやすいのは確かだしね。


 北条家の皆さんの分はないけど幻庵さんには靴をあげた。というかサイズを事前に測らずにエルが身長とかから割り出したサイズの靴を用意しただけだから。


 これ初対面の氏康さんとかに贈り物にするには向かないんだよね。一緒に箱根には来てないけど、西堂丸君にも靴をあげたよ。でも子供はすぐ成長するから半年保たないかも、きつくなったら無理に履かない様に注意はしたよ。




「山の木々が素晴らしいわ」


「本当でございますね」


 箱根の山と遠くに見える富士山にみんな笑みを浮かべている。やはり富士山は日本人にとっては特別なのかな?


 メルティに至っては富士山の絵を描きたいと下絵を描く道具を持参している。幻庵さんからも氏康さんに絵を贈りたいとも言われてるし、富士山の絵でも贈るのかね?


「竹千代殿。大丈夫ですか?」


「はい。大丈夫です」


 そうそう今回の最年少は竹千代君だ。信長さんは竹千代君を気に入っていて連れてきたんだけど、まだ子供だしね。体調は気を付けてあげないと。


 ただ竹千代君も船旅や箱根の温泉を楽しんでいる。


 史実だと関東に幕府を開いた竹千代君がこういう形で箱根に来るのは、歴史として考えると興味深いものがあるね。


 ちなみに竹千代君には、お母さんの実家の水野家の家臣が付いていて、幼い竹千代君を補佐してる。竹千代君の禄は銭だからあまり手間はかからないけど、松平宗家の体裁を考えると信頼できるお付きは必要だからね。


 もう人質というより家臣扱いだね。どうも信長さんと信秀さんの二人はウチのやり方を見て人質の扱いを変えたらしい。


 逃げたきゃ逃げればいい。軟禁しないから代わりに居るなら働け。一言で言えばそうなる。


 ウチの忍び衆も家族を便宜上の人質にしてるけど、みんな働いてるし自由に出歩くからね。


 まあ、尾張だと他国からは傀儡呼ばわりの守護様ですら自由に出歩くレベルだし。


 この前、守護様にメロンを献上したらお礼の書状が届いたくらいだ。太田さんが今でも守護様のこと気にしてるからね。信秀さんと信長さんに許可をもらってお酒やら食べ物を献上している。


 ちょっと前には孤児院が見たいと牧場にも来たくらいだ。まあ、今は気ままに過ごすことを楽しんでいるみたいだ。些事さじは信秀さんに任せて『君臨すれども統治せず』の路線がいいと思う。




「ここも凄いですね」


 箱根権現もまた立派な場所だった。 北条家は寺社に手厚くしているね。たぶん他宗を大事にして、一向宗を抑えたんだろう。


 もちろんここでも銭の寄進と供物を納める。さっきまで騒いでいたみんなもここでは真剣に祈っている。


 観光気分なのはオレたちだけかも。


 一応オレも祈っておこうかな。エルたちと家中のみんなが平穏無事に生きられるように。


 時には神頼みも悪くない。



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