第216話・大自然の船旅
side:佐治水軍の船乗り
「ん? どうした?」
「弁当、間違ってくれたんじゃねえか?」
「本当だ」
さあ、関東に行くぞ! と意気込み出発して、しばらくした頃。波が穏やかなうちに飯にしようとしたら、仲間のみんなが困ってやがる。
久遠様いわく『船乗りは朝晩に昼も飯を食べるものだ』と言われて弁当を貰ったんだが、明らかに俺たち向けの弁当じゃねえな。
何か分からねえ黄色や黒に緑の華やかな食材に魚や海老まで乗ってるもんな。これは絶対に客人用の飯だ。
「届けてやらねえと困るだろ」
「久遠様のとこの人も、うっかり間違うんだな」
美味そうだけど、ここは我慢して
「それは皆さんの弁当ですよ」
船は近くを走ってるんだ。弁当の交換くらいすぐにできると頭に報告したら、沖に出るのに慣れてない俺たちのために来た久遠様の船乗りがとんでもないこと言いやがった。
さすがにそれはねえだろ。
「当家の習わしです。船乗りにはできる限りの食事を出してくれます」
こんな飯食ったことねえぞ。本当にいいのか?
「うめえ。生の魚と白い飯がこんなにうめえなんて……」
「馬鹿! これは特別だ。酢だって安くねえし、これは海苔だぞ!」
まあいいって言うなら食ってもいいよな? 頭もちょっと迷ってるが、久遠様の船乗りが言うんだから間違いあるまい。
黄色いやつが何か分からねえがうめえ。白い飯には酢の味が付いてるけど……。酢ってこんなに甘かったか?
よく見れば頭も一心不乱に食ってやがる。というか舵はちゃんと取ってるんだろうな!?
「久遠様だから米の握り飯くれたのかと思ったが、こんなうめえ弁当をくれるなんて!」
そうだろうよ。麦の握り飯でさえ船の上だと喜んで食うからな。まさかこんな清洲のお殿様が食うような弁当が食えるとは思わなかったぜ。
「おい! 夕飯の前に菓子も食えるみたいだぞ!」
「本当かよ」
「ああ、あとなんか分からんが美味そうな物が下に山ほどあるぞ!」
おいおい。こりゃ食った分は必ず働かねえと水軍の名が廃る! 俺たちは客人じゃねえんだ!!
side:久遠一馬
「これは絶景ですな!」
あの……。佐治さん。危ないですよ。
南蛮船の差配を学びたいとウチの船に乗ったんだけど、一番はしゃいでる気がするのは、気のせいだろうか。
いや、船乗りのバイオロイドと一緒に働いてくれてるし学びたいのは本当だろう。
ただマストに登って見張りまでやらなくても。というか登りたかっただけだよね?
「そうか! 次はワシが登るぞ!」
「危ないですよ。孫三郎様」
「ワシは木登りは得意でな。心配するな!」
木登りと一緒にしないでほしい。本当に信光さんって信長さんと似てるよね。自由すぎる。
でもこの人は戦になれば活躍するし、内政にも理解がある。この前なんか農業試験村に行ったみたいで、来年からは信光さんの領地でも一部でやらせたいって言ってきた。
細かいことは家臣任せで自分はやらないけど、理解があるし新しいものを取り入れるのに迷いがない。
曲者と言えば失礼かな。要領はかなりいい人だ。
「好きにさせておけ」
「これは面白いですな」
そして元祖自由すぎる武士の信長さんは、信安さんと幻庵さんとジュリアとメルティでババ抜きをやっている。
船に乗ってから気付いたけど、信長さんと信安さんは実は仲がいいみたいだ。信安さんは割と落ち着いてるからいいんだけど。
このカオスな光景が歴史に残ったら嫌だな。大河ドラマがおかしくなっちゃう。でも、太田さんには旅の様子を記録するように頼んじゃったんだよね。
みんなもっと緊張感持とうよ。この時代じゃ、危険な太平洋航路なんだよ。
「無理だと思う」
ケティさんや。人の顔色を見て突っ込まないでおくれ。オレも無理なのは理解しているから。
考えてみればリアルな戦国時代って、誰にも分からないんだよね。数少ない記録から推測した姿が本物みたいに言われてるだけなのかも。
「あれ? エルは?」
「鼻歌歌いながらお菓子作ってる」
こういう時は最後の良心であるエルに希望を託そうと思ったら、エルまでもが緊張感がないなんて。
うーん。オレも自由にしようかな。
ああ、ちなみに若手の武士たちは甲板で戦う練習をしている。慣れない船で戦になった時のためにって言ってたけど。
真面目なのが半分に、あとの半分は信長さんたちにアピールしたいだけだと思う。チラチラと信長さんたちの方を見ているしね。
可成さんは真面目な方だなぁ。安心したような。これはこれで不安なような。
――――――――――――――――――
天文17年晩夏。
黒船船団による関東訪問が行われた。これと前後して桑名の一人相撲があったが、黒船船団はそんな桑名を全く気にすることなく出発したと言われている。
この関東訪問に関しては、太田牛一による天文関東道中記として現代に伝わっているが、その内容は驚くべき部分もあり今もなお議論されている部分もある。
なお、余談だが太田の著書は全体として誇張や偽りがなく当時としては面白味がないと言われることもあったが、信長や一馬は彼の著書を気に入り晩年に至るまで手元に置いていたほどだった。
それによると初日は船上でちらし寿司弁当を食べて、佐治為景や織田信光はマストに登っていたとある。
他にも信長が織田信安や久遠ジュリアや久遠メルティと久遠絵札をしていたとの記録もあり、信長と僅か数ヵ月前まで守護代だった信安が親しい関係だったことなどが記録されていた。
加えて南蛮女性であり臣下の妻だったジュリアやメルティと信長が気さくに遊ぶ姿に、当時の久遠家と信長の関係が表れているとも言われている。
ただ太田の著書としては異例であるが、本作は内容を誇張しているのではとの疑惑を口にする学者もいる。
当時の造船や航海技術ではそこまでの余裕があるはずがないとの理由と、久遠家が自家の力を誇示するために余裕があるように書かせたのだとの主張になる。
尤も久遠家の南蛮船は尾張に来た当初から黒く塗られていて、すでにコールタールを使用していたことは佐治水軍の記録から間違いない。
それらの推測と太田の残した記録から考えると、模倣したはずの本場の南蛮船を久遠家がすでに超えていたのだとも言われているが真相は定かではない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます