第186話・旅先での一時
side:久遠一馬
伊勢神宮には一泊して他の神様もお詣りした。これちゃんと整備すれば史実みたいな観光地になるのにな。
政秀さんは畿内の石山本願寺は凄かったと言っていた。その資金を一部でいいから伊勢神宮に使えばいいのに。
お伊勢詣りが史実の江戸時代みたいなブームになるのは、整備や布教を含めて長い時間がかかりそう。
まあその前に伊勢を含めて、あちこちに勝手に造ってる関所を廃止するのが先か。他にも道の整備や治安維持とかやることは山ほどある。
「賑わっておるな」
その後、オレ達は宇治と山田の町に行くことになった。
この二つの町。元々は伊勢神宮の門前町になる。
尤も現在では事実上の北畠家の領地となっている。両町共に
やってることは織田の津島や熱田と大差ない。別に伊勢神宮だけが清廉潔白なはずもなく、過去には様々な問題があったみたいだね。
北畠家はそれを利用して自らの勢力下に組み込んだらしい。
「大湊と宇治と山田。この三つの町の力は侮れませんね」
伊勢は潜在的な力のある土地だと思う。歴史もあるし東海道の要所でもある。
大湊・宇治・山田の三つの自治都市が力を合わせれば、尾張の大きな脅威となるだろう。まぁ、合わせることができればの話だけどね。多分無理。一つに纏まるなんてできないのが自治都市の欠点だろう。
言い方は悪いが所詮は烏合の衆。自分達の既得権と利益が優先だからね。
ただここに来てみると、尾張がまだまだ田舎であることを感じさせられる。
尾張はウチの商売でブーストしてるだけで、商いという面では伊勢がかなり上だね。
ああ、赤福は時代的にまだ無いのか。残念。お伊勢詣りといえば赤福なのに。
「あんまり珍しい物はないっすね」
「珍しい物があればウチで尾張に持っていってますよ」
全体的に言えば町は大きいし、いろいろ学ぶべきところはあるだろう。
反面で面白みのある観光地ではないし珍しい物もないね。勝三郎さんとか慶次はちょっとつまらなそう。
テーマパークもショッピングモールもないこの時代で見るところは寺社くらいだし、オレたちも市や商家くらいしか見るところは無いんだよね。
ぶっちゃけ連れてきたみんなは信長さんの子飼いとウチの家臣だから、珍しい物とかはよく見てるからな。しかも伊勢は隣国でそんなに気候風土も変わらない。
景色以外は驚くほど見るものはないよね。
「こうして見ると尾張に必要なものが分かるな」
「どういう意味ですか。若」
「単純な話だ。オレたちが銭で買いたくなるような物を増やして、見に行きたくなるような場所を作れば諸国から人が集まり銭も儲かる」
「おおっ!」
うん。信長さんたちの勉強になってるのはいいが、信長さんはすっかり物事を見る視点が武士じゃなくなっているよ。
史実でも楽市楽座をやったり安土城を入場料取って見学させたらしいし、元々そっちの理解はあったんだろうけどね。
元の世界では当たり前の知識として知ることだけど、それを独力で気付くのはやはり凄いね。
side:滝川資清
「絵でございますか」
「うむ。美濃の蝮と和睦がなった暁には贈りたいのだ」
「心得ました。では海などいかがでしょう」
清洲からの呼び出しがあったメルティ様の供で登城すると、城内の茶室に通された。
用件は絵の制作か。メルティ様の描かれた大殿の肖像画は謁見の間に飾るほど気に入られておられるからな。
「そうだな。美濃には海がない。それがいいかもしれん」
現在改築中の清洲城ゆえ少し騒がしいが、大殿はあまり気にされた様子もなく茶を
織田は順風満帆。されど課題も多い。領内の安定のためには時がかかる、やはり和睦が必要であろうな。
「北伊勢の国人衆が少し騒いでおるようだな」
「桑名の件でしょう。織田にはあまり影響はないと思います。念のため国境には少し人を配した方が宜しいかとは思いますが」
出された菓子は砂糖が使われておるな。甘くて美味い。未だ高価な砂糖であるが、織田家と久遠家では当たり前のように日々の料理や菓子に使うからな。
「桑名で一騒動あるか?」
「難しいところです。願証寺が止めると思いますので」
「やはり止めるか」
「自らの
話題は桑名の件だ。織田からの荷が行かなくなった東海道沿道の国人衆が、桑名と願証寺に対して不満を口にしておるとの知らせが舞い込んだ。
元々それほど多くの荷を桑名に売っておったわけではないが、桑名はそれを畿内に転売して暴利を上げておったからな。
沿道の国人衆もさぞや期待しておったのであろう。騒ぐのは構わぬが尾張を巻き込まないでほしいものだ。
「八屋に寄ってみましょうか」
「それはいいですな」
城からの帰り道。メルティ様は突如、小料理屋の八屋に寄ろうと言い出された。あそこはワシと一緒に甲賀から付いてきてくれた、八五郎とその妻がやっておる店だ。
八五郎はワシの父の代から仕えてくれておった男。元気にやっておるであろうか。
雑兵にまで素破と馬鹿にされながらも、僅かばかりの銭のために耐え忍んで素破働きをしておった日々。今でも忘れられぬ。
「あら、大繁盛ね」
「本当ですな……」
八屋は清洲の町衆や旅人で大繁盛しておった。
むろん噂では同じ忍び衆の女たちを雇うほど繁盛しておると聞いておったが、本当に店に人が入りきらぬほど繁盛しておるわ。
「ふふふ。また今度にしましょうか」
店の奥では八五郎が笑みを見せながら、忙しく働く姿が見える。良かった。本当に良かったな。八五郎。
もう草の根や木の皮を食べなくていい。虫けらのごとく見下されることもないのだ。
「いけませんな。目にゴミが……」
気が付けば目にゴミが入ってしまった。ワシだけではない。同じ甲賀から来た者はみな目にゴミが入ってしまったようだ。
「今日はいい風が吹いてるものね」
尾張の者は驚いておるが、メルティ様はまるで吹き抜ける風のせいだと言わんばかりに空を眺めておられる。
「さあ、帰ってお昼にしましょう」
「はっ!」
我らの命は久遠家のために。
この恩を子々孫々に至るまで伝えねばならぬ。
どれだけ時を重ねようと必ずや恩に報いねばならぬと。
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