第174話・願証寺の反応と未来への布石
side:願証寺の僧
「聞きましたか。織田の花火」
「ああ。この世の物と思えぬほど美しいものだったとか」
「あれには鉄砲の玉薬が大量に使われておるとか」
「戦をしたばかりで、それほど余裕があるとは……」
先日の津島天王祭で織田は、夜空を明るく照らす花火とやらを披露したらしい。
極楽浄土かと思うほどの美しさに、人々はやはり信秀は仏の化身だと褒め称えておると聞く。話半分にしても、なんと恐ろしい。
実際、長島からも少し見えたとも聞くし、津島に行った者は織田の凄さを方々で語っておる。
「早々と和睦して本当に良かった」
「さすがは上人ですな」
織田は先の戦でも鉄砲をかなり使ったと聞く。そればかりか、尾張では日頃から鉄砲を実際に撃って訓練をしておるとか。
冗談ではないわ。そんな者を相手に戦えるわけがない。たわけどもは、何かあれば一揆だ一揆だと騒ぐが、あれは最後の手段だ。
土地は荒れ、領民は死ぬ。加賀など一向宗に対して一揆を起こされたではないか。
「桑名は慌てておりますな」
「商人のくせに織田の余力を見誤ったうつけどもが」
織田の力が明らかとなり皆が敵対せぬことを安堵しておるが、慌てておるのは未だに和睦が叶わぬ桑名だ。
我らには蟹江の港の普請のために派遣した領民の礼として銭が届いたし、領内の食えぬ者たちは飯が食えるならと喜んで参加した。
だが、桑名には寄る船が減り続けておる。
「しかし桑名がこれ以上混乱すれば影響が出ますぞ」
「そのためにも蟹江の普請が役に立つ。誰が描いた絵図かは知らぬが恐ろしき策よ。桑名は会合衆の総入れ替えが必要であろう」
「まさか、織田はそのために!?」
「さあな。東海道を使うには桑名が一番なのは確かだ。東海道の要所に敵対する商人がおっては邪魔なのであろうな」
当面は桑名には手が出せぬ。少なくとも織田に敵対した商人を一掃しなくては。
商いを重要視する織田なのだ。敵対した商人さえ消えれば機嫌を直すであろう。
とはいえ、あからさまに桑名にそれを要求しては角が立つ。我らとしても面白くない。だが桑名が衰退して我らの実入りが一時的に減っても、領民が蟹江の普請で食うていければ我らの実入りも悪くはならぬ。
落としどころは会合衆の総入れ替えであろう。あとは、織田に多少の便宜を図れば今よりは良くなるだろう。
まあ蟹江の港ができれば以前より桑名に寄る船は減るかもしれぬが、逆に蟹江に南蛮船が集まれば商機も生まれるはずだ。
「織田はまだまだ大きくなりますな」
「なるであろう。我らは織田と協力していかねばならぬ」
「武家が商いを始めたら、これほど恐ろしいことになるとは……」
「元々は寺社が握っておったものだがな。横取りしたとは言えぬよ。少なくとも我らが持たぬ南蛮船がある限りはな」
商いは我ら寺社と商人が握っておったもの。
明確に言えば奴らは横取りしたとも言えるが、日ノ本の外に単独で行ける南蛮船がある限り我らにも利はある。
いつまでも堺に商いを握られ、石山の本山に命令されるだけよりはマシであろう。
奴らは畿内の外は田舎と軽く見るからな。
あとは桑名のうつけどもが、余計な勢力を巻き込まぬように釘を刺さねばならんな。
side:久遠一馬
「久遠殿。これは何の木になるので?」
「これはハゼノキと言いましてね。大きくなりますと実を付けまして、その実からは
今日は知多半島に新しい植物の苗を持参した。
それは和名ハゼノキ。史実において安土桃山時代に日本に入り、江戸時代には和ロウソクの原料である木蝋を作る為に西国で盛んに栽培された木だ。
「ほう。それはまたいい物を」
「いつの日か戦が無くなっても食べていけるように、山を豊かにしましょう」
「戦が無くなる日ですか。武士としては少し複雑な気がしますな」
海外の山から空中艦でこっそり苗を採ってきたハゼノキを知多半島に植えて、将来的には全国に広げよう。
洋ロウソクも普及させたいけど和ロウソクも普及させたい。
樹木は育つまで時間がかるからね。山の再生をしてる知多半島にはぴったりだ。このあとには水野さんのとこにも持っていく予定だ。
「戦が無くなっても武士は戦に備えなくてはなりませんよ。その時の敵は日ノ本の外かもしれません」
「
「ええ。船の性能はどんどん良くなってます。いずれ明や南蛮が大挙して攻めてくる日が来るかもしれません。私たちが生きてる間にはないかもしれませんけどね」
戦が無くなる時代の話をしたら佐治さんに少し驚かれた。
考えてみれば一世紀近く戦乱が続いてるしね。あまりリアルに考えられないのかも。
でも、いつか外国と戦になるという話は、割と有り得る話として受け止めてくれたみたい。
文永の役と弘安の役。この二つを合わせて元寇という。
大陸を制したモンゴル帝国が日本に攻めてきた戦の話。今から二百五十年以上前の鎌倉幕府の時代の話だけど、さすがに知っていたみたいだね。
「そのような兆候はあるので?」
「明はないですね。ただ、南蛮では遠方の土地を攻めて支配している国もありますよ」
「なんと!」
「日ノ本まで攻めてくる力があるかは、わかりませんが」
実際にこの時代のスペインに、日本まで攻めてくる力はないだろう。ただ、南蛮人があちこち征服してるのは確かなことだ。
宣教師が上手く手を貸してるのも確かなんだよね。彼らからすればキリスト教以外は認めないから、キリスト教の国を増やすのは正しいことだと考えてそうだし。
「恐ろしき世になりますな」
「そうでもないですよ。きちんと備えておけばいいんです。佐治殿にはそのためにも期待してますよ」
「戦に備えるために日ノ本の中の戦は無くしたいというわけですか」
「ええ。日ノ本は海に囲まれてます。将来的に水軍は戦の花形になりますよ」
佐治さんの領民がハゼノキを植えるのを見ながら少しだけ将来の話をしたら、佐治さんの家臣が驚きポカーンとしてる。
佐治さんはまだ話に付いてきてるけど。家臣は付いてこられなかったらしい。
そんなに驚かなくても。敵は日ノ本の中だけじゃないんだよ。佐治水軍には大いに期待している。
「子供の代ですか。気の長い話ですな」
「そうですね。でも、実の採取は何年かしたらできるようになりますよ」
知多半島は史実より早く豊かにしたいな。
織田の本領である尾張だしね。将来的には船の通行税をなるべく無くしたい。
そのためには通行税に頼らない水軍にしないとな。
――――――――――――――――――
ハゼノキを日本に最初に持ち込んだのは、久遠一馬だと言われている。
一馬は早くから知多半島の森林回復を進めていて、知多半島の水野家や佐治家などと共に常滑焼きを作るために失った森林を植林により回復させていた。
ハゼノキもその一環だったようだが、いつか太平の世になった暁には知多半島の人々の生活が成り立つようにと様々な方策を打ち出して助力している。
特に佐治為景とは当初から親交があり親しかったようで、造船から漁業に農業まで様々な支援を惜しまなかったようである。
そのおかげか知多半島では今でも久遠一馬は地元の人々に愛されていて、久遠一馬が植えたとされる木が幾つかご神木として現存し残っている。
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