第171話・日本初の花火

side:久遠一馬


「なかなか油断のできぬ相手のようだな。だが堪え性がないのが奴の欠点だ」


 茶会が終わり道三たちが去ると、信秀さんは機嫌良くお茶のお代わりを飲んでいた。


 会話は無かったが、お互いに知りたいことは知れたはずだ。


「堪え性でございますか?」


「奴にとって今は堪えるべき時のはず。そこを堪えきれずに尾張に来てしまうのが欠点であろう。暗殺するのが好きなようだしな。我慢というのができぬのは欠点にしか思えぬ」


 信秀さんは道三の先見の明を評価しながらも、堪え性がないと言い切った。確かに言われてみると少し堪え性がないようにも思える。


「暗殺というのは下策だ。まして多用するなどもっての外。暗殺するような者を誰が信じようか。どんな立場であれ我慢せねばならぬ時はあるのだ」


 堪え性という意味を大橋さんが尋ねると、信秀さんは道三の欠点について口にした。


 暗殺に関しては確かに言う通りかもしれない。この時代に隣国にまで知られるのは致命的だろう。


 つい最近まで大和守家と共存していた信秀さんなだけに、その言葉は重みがある。


「戦にも強く政も上手いのであろうが、蝮一人にできることはたかが知れておる。奴と同盟しても問題なかろう。織田の脅威にはなるまい」


 信秀さんの言葉にドキッとした。まるで史実を言い当てるような言葉に驚いてしまう。


 歴史をそれなりに知る者ならば、道三の凄さと強さは理解できるだろう。しかし道三は息子の義龍に討たれて死んだ。


 この時代に来て理解したのは大名という存在には、元の世界で一般的にイメージするような絶対権力がないことだ。


 恐らく史実の織田家のイメージからだろうが、あれは信長さんというカリスマが居ればこそだったのかもしれない。


 道三の強さには恐れ従うが、義龍のような道三に本気で立ち向かう者が現れると驚くほどアッサリと敗れている。


 道三では美濃は纏まらない。少なくとも今までのやり方では。信秀さんはそう見たようだね。




「一馬。エル。そなたらは蝮をいかが見た?」


「うーん。この先どうしたいんですかね? 山城守殿は。美濃を纏めその先は? あの手の人は外に敵を作らないと、家中が纏まらない気がするんですよね」


 そのまま信秀さんはオレとエルに意見を求めたが、オレには道三が何を目指して何を望むのか今一つ理解できないんだよね。


 美濃という国の大名で満足するのかな? それとも……。


「殿のおっしゃるように油断できぬ相手でしょう。ですが、それ故に山城守様は守りに入ったのかもしれません。しかし山城守様は今までは手段を選ばずに攻めてきたお方。守りに入るならば果たして今までのようにできるのでしょうか?」


 エルの見方は少し辛口かな。


 道三は先見の明があるが故に、守りに入り史実のように終わる可能性を示唆してるのかもしれない。


 力と恐怖で支配してるようなもんだからね。道三の場合。


 下手すると自身が優秀過ぎて周りが馬鹿に見えるのかも。


「ふむ。では蝮のお手並み拝見といくか。織田は数年の時が稼げれば十分だ」


 道三の評価はやはり高いが、表裏一体のリスクも孕んでいるか。


 信秀さんは余裕がある様子で、道三がどうするのか楽しむ余裕があるらしい。




 日が暮れる頃になると、いよいよこの日の祭りはクライマックスになる。


 川辺には武家や僧侶や領民などたくさん集まっていて、守護の斯波義統しばよしむねさんや織田一族は一等地に陣取ってる。


 夕方からはウチの屋台で安価なエールではあるが振る舞い酒を配っているので、ほろ酔い気分の人たちも多いだろう。


「ねえねえ。何が始まるの?」


「凄いのが来るんだぜ!」


 オレたちはウチの家臣とその家族や、牧場の領民と孤児院の子供たちと一緒に見てる。かなりの人数になるから身を寄せあって座ってるけど、結構いい場所だから楽しみだ。


 甲賀出身の者は当然として、尾張の人でも見たことがない人は多い。日々を生きるのに精一杯で今までは津島まで来る余裕が無かったんだろうね。


 握り飯とお弁当を持参で来たので、みんなそれを食べながら今か今かと祭りが始まるのを待ちわびている。




「うわぁ……」


「なにあれ……」


 水面に浮かぶ巻藁舟に火が灯されると、子供たちが驚きの声をあげた。すでに辺りは暗く西の空がうっすら明るい程度の中に浮かぶ四百余りの提灯は圧巻だった。


 人工物の明かりのないこの時代では驚愕の光景だろう。


 正直、オレも驚きの余り言葉が出ないほどだ。川船に山車を載せた巻藁舟は、まるでキノコの傘のように半円型に提灯が飾られていて凄い。


「どうだ? 凄いであろう」


「うん! 凄い!」


「こんなの初めて見た!」


 ウチの席には信長さんも居て、信長さんは孤児院の子供たちに囲まれながら誇らしげに津島天王祭の説明をしている。


 何気に子供好きなんだよね。信長さん。




「そろそろですよ」


 ゆっくりと巻藁舟が動き始めると、いよいよ花火の時間だ。


 みんなどんな顔するかな?


 会場周辺には事前に信秀さんから奉納花火を行うと告知されていて、驚かないようにと奇妙な立て札が立てられている。


 秘密にして驚かした方が面白そうなのに。


 


 巻藁舟を彩る灯に色を添える笛や太鼓の音色に混じり、『ヒュー』という花火を打ち上げた音がした。


 微かな光が空に登るのを、何人の人が気付いたかな?


 高々と夜空に打ち上った光は、赤燈色の丸い花火となり一気に咲き誇る。


 そしてほんの一瞬遅れる形で『ドーン』と大気を震わせるような音が響き渡った。


 その瞬間、笛や太鼓の音色が止まり見物人たちも静まり返った。まるで時が止まったような。そんな一瞬だった。


 それを動かしたのは、静まり返った中で打ち上げられた二発目の花火だ。


「……フハハハハ!!」


「綺麗……」


「神様が来たの?」


 一瞬で咲き誇り消える花火に大笑いしたのは信長さんだ。


 そんな信長さんの笑い声に釣られるように子供たちが騒ぎ始め、それは瞬く間に周囲に広がっていく。


 中には神や仏の御技だと勘違いする者なんかもいたらしいが、それが信秀さんが予告した奉納花火だと悟ると巻藁舟の笛や太鼓の音色が再開される。


「かず! これだ! オレが求めておったのはこれだ!」


「若様?」


 次から次へと夜空に舞い上がる花火と、水面を彩る巻藁舟の景色に人々が飲まれているように見えた。


 一番喜んで興奮してるのは信長さんかもしれないけど。


「かず! これを日ノ本の全てに広めるぞ!」


「ええ。必ずや広めましょう」


 信長さんは花火の先に何を見たんだろうか。


 日ノ本全てに花火を広める。それは言うほど生易しいことではない。


 ただ武家も僧侶も領民も一緒に楽しむ姿を見て、花火を打ち上げて良かったと心から思う。


 ほんの一時でいい。みんなが全ての憂いを忘れてただ楽しんでほしい。


 そうなれば、オレたちがここに来た甲斐がある気がする。




――――――――――――――――――

 津島天王祭花火大会


 天文17年に織田信秀が日本で初めての花火を打ち上げたことが始まりの歴史ある花火大会である。


 事の経緯は諸説あるが当時から火縄銃や金色砲(青銅砲)の扱いに長けていた久遠家が、その火薬の技術を用いて花火を打ち上げたのが日本で最初の花火となる。


 類似する物はすでに明や欧州の一部にはあったようだが、打ち上げ花火は紛れもなく当時の世界最先端技術であり、久遠家がすでに世界最先端の技術を会得していた証とみられている。


 遠く離れた村からも見えたとの証言も残っていて、中には天変地異や仏が現れたと騒ぎになったようだ。


 しかしその美しさには誰もが魅了され、花火の噂は津島を訪れていた商人たちにより全国に広がることになる。


 その結果、仏の信秀が法力を使ったとか、信秀は本当に仏の生まれ変わりだとか新たな噂も広がったようであったが。


 そして若き織田信長が日ノ本の全てに花火を広めようと語ったとも伝わり、信長と一馬のこの先を暗示するような出来事としても有名である。


 現在でも津島天王祭花火大会では、最初の一発は当時の資料から再現したシンプルな花火から始まり、歴史のロマンを人々に伝えている。


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