第166話・夏の農業
side:久遠一馬 農業試験村
「いい感じに育ってるね」
「はい。村の者も喜んでおります。隣村の稲より茎は太く育っております。稲刈りが楽しみでございますなぁ」
久々に農業試験村に来たら、年配者と女衆が田んぼの雑草取りに励んでいた。男衆は清洲の普請に働きに出ていて、女衆と年配者だけで農作業をしているみたい。
稲の生育は悪くない。村長の話だと周りの村の田んぼより生育が良いらしい。
塩水選別が良かったのか、正条植えが良かったのか。両方かな?
雑草取りはだいぶ楽になったみたい。正条植えのおかげだろう。後は収量次第だね。
「大豆と蕎麦も順調か。大豆は枝豆のうちに、いくらか収穫してみんなで食べるといいよ」
「ありがとうございます!」
村では他に大豆や蕎麦も植えてる。作物を米一本にするのは災害が起きたり病気が流行ると危険だからね。
大豆はもうすぐ枝豆として食べ頃になりそう。村の人たちって遠慮するのか指示をしないと食べないからな。枝豆くらいは頃合いを見計らって食べるように言わないと。
二十日大根とモヤシの影響か栄養状態も悪くない。
「そういえばヤギはどう?」
「あれは手間がかからずようございますな。乳も皆で飲んでおります。美味しいですから喜んでおります」
そうそう、ここにもヤギを牡と牝を一組置いていてヤギの乳を薬としてみんなに飲むように言ってる。
最初は体にいいからと言うつもりだったんだけどね。薬として飲ませた方がいいと忍び衆からアドバイスをもらったんで、薬としてみんなで順番に飲むように言ってある。
村長さんの反応はいいが、ヤギ乳で美味しいのか。
昨年までの食生活がよほど酷かったんだろうな。
「報告致します。他国の者が少し様子を見に来ております」
「間者かな?」
「恐らくは」
村長さんに続いて会ったのは、村の代官屋敷を任せてる家臣だ。
村には忍び衆の一家にオレの代わりに代官屋敷を任せてるんだけど、最近はとうとうここにまで他国の間者が来てるようだ。
目当ては金色砲と金色酒だろう。この村に金色酒の秘密でもあるかと探りに来てるのか?
「田んぼを見てる?」
「はっ、目立ちますので。ただ村に特別な物がないと理解してか時々様子を見に来る程度でございますが」
正条植えは隠せないしね。別に見られてもいいんだが。
問題は尾張に間者の出入りが自由なことだろう。
とは言っても山の中を自由に移動する忍びを、現行の技術レベルで防ぐのは並大抵の苦労と労力ではできない。
「木酢液は漏れたかもしれませぬ。近隣で噂になっておりますれば」
「いいよ。作り方は今のとこウチしか知らないし。仮に作り方を見つけてもあれ一つの影響はたかが知れている。無理に警戒しなくていいから」
任せてる家臣は木酢液のことを懸念してるが、元々、この村の技術は漏れても構わない想定でやっている。
どうせ来年以降に新しい農業を広げれば、とてもじゃないが隠しきれないからね。
それよりは近隣で噂になるだけ、効果をみんなが認めてくれたことが嬉しい。
「来年からは同じやり方をする村が増えると思う。オレたちの想定してない問題とかあると困るから、村の人とよく話して愚痴とかいろいろ聞いておいて」
「はっ、心得ております」
この時代って、放っておくとあまり問題とか報告が上がらないんだよね。ウチは細かいことも報告するように指導してるからいいけど。
トライアルアンドエラーとか教えるべきかな?
この農業試験村は織田家の家臣が視察に来るから、説明とか接待とか必要で地味に管理するのが大変なんだよね。代官代理の家臣にはお酒とか食べ物を融通してるけど。
秋には褒美を出すから頑張ってほしいもんだ。
side:久遠一馬 牧場
「みんな~、今日はこれを収穫しますよ~」
今日は朝ごはんを食べる前に牧場に来ました! そう。新しい作物の収穫です。
すでに大きな釜でお湯をグツグツと沸かしていて、準備万端になってから収穫する物といえば……。トウモロコシだ。
原産国はメキシコの辺りで、日本に伝来するのは戦国時代にポルトガル人がもたらしたらしい。
まあポルトガル人が持ってきたのは、未来だと飼料用にするフリントコーンだとか。
ウチが植えたのは宇宙要塞で品種改良したスイートコーンだ。育てやすさとか病害虫に強くなるようにしたやつだね。
トウモロコシは未来では世界三大穀物の一つにもあげられる作物だ。スイカと同じでどうせ南蛮人が持ってくるなら、先取りしちゃおうってことだ。
日本だと穀物ってより野菜みたいなイメージだけど。特にスイートコーンは乾燥させて保存する以外は、収穫してすぐに茹でないと確実に味が落ちちゃうからね。
何というか牧場にはいろいろ植えてるけど、ほとんどがウチで食べる分と信長さんと信秀さんに献上したら終わりだ。
広い土地貰ったし、それなりの量は植えたけどね。試験的に植えてるだけだし売るほどの量はないのが現状だ。
「これが新しい作物ですか」
「取れたてを茹でると最高に美味しい」
先日収穫した麻ほどではないが、トウモロコシもこの時代の人の身長かそれ以上の背丈がある。
この日はエルたちばかりか、津島のリンメイや熱田のシンディとか尾張に滞在するアンドロイドのみんなも集まった。
一人につき二人の侍女が一緒にいて、護衛とかも含めると結構な人数が集まったことになる。中には千代女さんも居て、皮と髭に包まれたトウモロコシを不思議そうに見てるよ。
ウチのみんなには、南蛮は凄い裕福で食べ物が豊富な国に見えるんだろうなぁ。
トウモロコシは乾燥させることで長期保存が可能になる。
日本だと米や麦に大豆があるから、そこまで普及はしない気もするけどね。将来的に作物の種類を増やせば食生活が豊かになるし、飢饉なんかにも対応できるようになるだろう。
「ケティ様! こんなに立派な物が取れました!」
「皮を剥いて髭を取って。皮は繊維になるし髭は薬になる。あと芯は燃料になるし、茎や葉は肥料になる」
「はい!」
ちなみにウチのアンドロイドの中で、どこに行っても一番人気があるのはケティだ。
やはり医者であるアドバンテージが大きいのだろう。同じ医者のパメラも居るけど口数が多く子供っぽいパメラより、寡黙なケティの方が医者らしく見えるのもあるらしいけど。
散歩に出掛けると野菜とか山菜とか、途中で貰って帰ってくる事も多いしね。
この日も牧場を任せてるリリーとケティの周りには、孤児や領民の子供がいっぱいだね。
孤児に関しては急激ではないが増加傾向にある。
この時代だと避妊なんてしないから子供は増えていく。医療環境が良くなれば無事に育つ子供も増えるから対策は早めに必要だろうね。
織田領の孤児を牧場だけで育てるのは無理だろう。孤児院は増やさなきゃ駄目だろうなぁ。
育った子供たちが大人になり活躍してくれると、孤児院の意義をこの時代の人たちも理解してくれるだろう。現状だと理解してくれてる人は少ない。
問題は実の親ですら平気で子供を捨てることもある。史実だと江戸時代に綱吉がそのあたりも改革したんだよね。犬を優遇しすぎて後世で叩かれるけど、綱吉の政策は基本的に悪くはない。まぁ、刀の試し斬りで野良犬を斬ってはいけないって命令しただけなんだけどね。それが罷り通る時代だったってことだ。
儒教は個人的に元の世界のイメージがあるから好きじゃないし、積極的に流行らせる気はないけど。
まあ仏教にしろ儒教にしろ、それぞれが時代や国で都合よく改悪されてるからね。儒教自体が必ずしも悪いとは思わないけど。モラルを向上させる必要はあるだろうね。
子供たちはグツグツと茹でられるトウモロコシを、飽きることなく見ている。自分たちで植えた作物だし楽しみなんだろう。
子供たちの笑顔を見ると、歴史に拘り過ぎずに助けられる命は助けたいって思うね。例えそれが偽善だったとしても。
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