第165話・夏祭りの準備
side:久遠一馬
「孫三郎様。少し休憩致しましょうか?」
「うむ。そうだな」
何処からか
元の世界と比べるとマシだが、暑い夏の日に信光さんは甲冑姿で居るもんだから額に汗してるよ。
実は信秀さんの肖像画を見た信光さんが、自分も欲しいと押し掛けてきたんだ。守山城に呼ぶのではなくウチに来たのは、多分絵師が女のメルティであることの配慮だろう。
まさか昼飯を食いたくて来たとは思いたくない。今日の昼飯の冷やしうどんをお代わりしていたけど。
「海の向こうは明だけではないのだな」
麦茶と
この時代の人は海外なんて明と朝鮮しか知らないことが多く、南蛮とは南から来る蛮族という意味になる。
南蛮人。いわゆる欧州人のことも決して評価は高くないし、彼らが日ノ本を未開の地と見てるように、こちらも南蛮人を蛮族と見ている。
まあ尾張だとだいぶ印象が違うのだろうけど。
「まあ、そうですね」
「金色砲に酒に絵。いずれを見ても侮れぬな」
信光さんも南蛮を認めてると同時に警戒もしてるらしい。当然だけどエルたちを見て簡単に信じたり敵だと決めつけたりするような、単純な人じゃなくて安心するよ。
まあエルたちやウチが抱える南蛮人は、遥か西からの流民ということになってる。故郷を追われた者たちということで多少の同情などもあるんだろうね。
「信仰してる神も違えば歴史も違いますから。厄介な相手です」
「ほう。仏や
「ええ。私もそんなに詳しくないんですけど、彼らの神はこの国の神とは全く違う存在らしいです。彼らの神は一人しかおらず、他の仏や八百万の神を認めないようです」
この時代の南蛮は、元の世界の人間が宇宙人や異世界人を見るような感覚なのかもしれない。
話のついでにキリスト教のことを少し話すと驚かれた。神や仏が信じられてる時代だからね。それと全く違う神で仏や八百万の神を否定すると聞くとイメージは良くないだろう。
「信じられぬな」
「危険な連中ですよ。南蛮の領主や王より権威があり、異なる神を信じる者を認めず武力による討伐を命じることもありますから。日ノ本で言えば一向一揆を起こすような連中と同類です」
実際にこの時代のキリスト教は危険なんだよね。
史実において信長さんはキリスト教を認めたが、どっちかと言えば好き勝手する仏教勢力への対抗策に思える。信長さん自身がカトリックを信じたなんて話はないしね。
ただ結局は秀吉がバテレン追放しても危険性が無くならず、江戸時代には禁教令が出ても一部の信者が明治まで残るんだから怖い話だ。
宣教師も一向衆みたいに、都合がいいことばっかり言ったんだろうな。
それにヨーロッパの歴史なんて知らんからな。幻想でも抱いたのかもしれないけど。
とにかく身近な織田家中から南蛮人と宣教師の危険性は知ってもらわないと。ぶっちゃけ仏教と同じで腐敗と争いを繰り返してると言えば理解してくれるだろう。
そういや信光さんも長生きしたら、地味に歴史に影響しそうな人だ。
史実だと信光さんが亡くなった原因に信長さんの暗殺説もあったけど、どうなんだろうね。当時の信長さんの状況でそれはあまり考えにくい気もするが。
野心の一つや二つはありそうだが、それを言うなら野心のない武士を探す方が難しいだろう。
内政はあまり得意ではなさげだけど、力で支配すればいいというほど乱暴でもない。信秀さんのやり方を家臣に真似させてるらしいし侮れない人ではあるね。
この時代の暦って旧暦だから、未だに慣れないなぁ。
旧暦の六月半ばになると津島天王祭がある。新暦にしたら七月の末くらいか。尾張の夏祭りだね。
熱田のお祭りに続き津島のお祭りにも参加するつもりだ。
そう。夏のお祭りと言えば花火だ!!
日本の花火の歴史は諸説ありはっきりしない。史実で確実なのは江戸時代初期に家康が、駿府で花火を献上された記録があることか。
「エル。花火はどのくらい用意した?」
「五百発分を用意しました」
「少なくない?」
「火薬が高価なのでこれでも多いくらいです」
家康が見たのは打ち上げ花火じゃなかったらしいし、だいぶ歴史を先取りすることになるけどね。津島天王祭で花火を打ち上げる予定だ。
流石に元の世界のような色鮮やかな花火は自重するけどさ。
表向きは織田家による奉納花火にする。ウチが単体でやるには少し目立ち過ぎるしね。歴史にも残りそうだから殿に命じられてやったことにしようと思う。
殿にはまた何かやるのかと笑われたけど。好きにしていいと言われてる。楽しみにしてるらしく正妻の土田御前や側室さん妾さんに子供たちと見に行くみたい。
「花火を普及させたいけど、戦国時代が終わるまで無理っぽいね」
「無理ですね。花火の技術は戦に応用もできるので、当面は外部に漏らせません」
「ああ、そうなんだ」
「費用対効果は意外に悪くありませんが。織田家の力を内外に示すと考えると、京の都の馬揃えよりも遥かに効果はあるでしょう」
火薬の相場から試算した費用の見積りを見ると、さすがにビックリする。もちろん花火自体は宇宙で作り運んできたから実際には安いんだけどさ。
普及は無理か。ちょっと残念。
「目立ちすぎかな? 大丈夫?」
「今更ですね。そろそろ各方面から警戒もされますし、畿内の諸勢力でも様子を見ているでしょう。武力と財力を示すには絶好のタイミングになります」
別に花火に外交的な意味を持たせなくてもいいんだけど。素直に楽しむだけじゃいけないのが、戦国時代の難しいとこだね。
元の世界だと田舎でも年に一度は花火大会があったんだけどな。
「あれは? 線香花火。あれなら大丈夫じゃない?」
「そうですね。安くはできませんが、商人なら買うかもしれませんね」
打ち上げ花火で驚かせて線香花火を売ろうか。
仕組みが簡単だから真似されそうだけど、線香花火くらいなら仕組みがバレても構わないだろう。
ついでに織田家中の皆さんには夏の贈り物として線香花火をあげれば、花火の良さを知ってくれるはずだ。
ああ夏と言えば蚊取り線香も販売はしてないけど、家中に配り反応を確かめてる。
こちらも評判は上々だね。この時代だと自然がどこでも多いし、エアコンもなければ家の気密性もない。
蚊帳という昔からある蚊の侵入を防ぐ網のようなものはあるので、ウチでも使ってるけどね。
蚊取り線香に似た物は実はこの時代にもある。古くは平安時代からあったともいわれる
ただ蚊取り線香の主成分の除虫菊がこの時代の日本にはないので、効果は蚊取り線香の方が上だ。
それに煙も少なく長続きするのでこちらの方がいい。
そんなに儲けようと考えてるわけじゃないけどね。蚊取り線香は普及させたい。日本脳炎の様に蚊を媒介とする病気はこの時代にもあるんだ。
将来的にはこれも除虫菊の生産から蚊取り線香の製造まで国内で行いたい。南洋諸島とかあっちに進出するなら蚊取り線香は必須だろう。
向こうは蚊に刺されるとマラリアに感染する危険もあるし。
少しずつ必要な物を揃えていかないとね。
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