第163話・座の問題と収穫

side:久遠一馬


「そなたはまた面白い事に巻き込まれたな」


 この日は清洲城で行われる評定に出席したら、信秀さんに昨日の一件のことを指摘されて笑われてしまった。


 信秀さんだけではない。織田一族や重臣の皆さんにも笑われてるよ。無論、馬鹿にした笑いではなく、少しからかわれている感じか。


 信長さんを除けば評定では一番年下。実力がどうとか以前にいじられポジションなのかもしれない。


「申し訳ありません。あの酒問屋があまりにもしつこかったもので」


 あの酒問屋。名前はなんて言ったっけ?


 まあいいや。酒問屋は絶縁状を渡したその日の夜に夜逃げしようとしたところを、後ろ盾らしい寺の関係者に捕まった。どうやら酒問屋自身もかなりの借金を抱えていたらしい。


 それともう一つ。太田さんがお藤さんという女性を連れ戻した件が清洲で評判になっちゃってるんだよね。


「悪徳商人から家臣の家族を守ったと。すっかり美談ではないか」


「若干誇張されてますけどね。私としては借金の支払いをして穏便に済ませて、以後は関わらないようにと絶縁状を送っただけでして」


 噂が広がった訳と出所は、酒問屋の奉公人らしい。


 太田さんがかなり強気に出たようで、有無を言わさずお藤さんを取り返した様子に、酒問屋の奉公人が久遠家が兵を挙げて攻めてくると動揺し騒いだらしい。


 すっかり美談になっていてオレと太田さんの評判はうなぎ登りだ。


 酒問屋はヤクザ者みたいな人だったようで評判が悪かっただけに、相対的にウチの評判が上がったらしい。


 ただ絶縁状の効果とウチの影響力を気にして、元々銭を貸していた寺や酒問屋の後ろ盾の寺からも謝罪の使者が来た。


 元々銭を貸していた寺はそれこそ被害者に近く、酒問屋と後ろ盾になっていた寺に半ば脅されて証文を手放したようだ。


 寺の金貸しというとイメージが悪いが、家屋敷に田畑や人を取り上げるような真似はしない割と真っ当な寺だったらしい。


 一方、酒問屋の後ろ盾になっていた寺はあまり誉められた寺ではないらしく、酒座に影響力を持ち酒問屋と共に荒稼ぎしていた寺なんだとか。


 とりあえず前者は含むところがないので家臣の家族をよろしくと頼んで終わりだ。後者は諸悪の根源に近いので返事を保留しているが。


「寺と和睦はせぬのか? 連中めワシのところにまで頭を下げに来たぞ」


「殿が和睦をせよとおっしゃるのなら和睦しますが」


「さすがに寺に絶縁はやりすぎだ。何が望みだ?」


「清洲の酒座を何とかできないかなと」


 酒問屋はもういい。後ろ盾の寺が捕らえて夜逃げしようとした時に持っていた銭を奪い、足りない借金の分を寺でこき使ってるみたいだしね。


 問題はその後ろ盾をしていた寺だ。


「ふむ。そなたが新しく座を作るか?」


「いえ、そこまではしたくありません。酒座はそのままにして、清洲での酒の販売を織田家の許可制にするようにできないでしょうか?」


「寺社から座を取り上げるか」


 向こうはウチとガチで敵対はしたくないらしい。今回の件でもここまで大事になるとは思ってなかったようだし。


 まあ寺が後ろ盾する酒座に、多少でいいから酒を売ってほしかったのだろう。


 ウチも以前のように一見して丸裸の未来科学防衛だけじゃないからね。兵も居るし武器もある。ある程度向こうの面子を立ててほしかったのだろうと資清さんが言っていた。


「それをすると何かと問題になるので名目上は彼らの酒座のままにして、彼らは相談役か何かにして一定の禄を報酬として出す形ではいかがでしょう?」


「酒座の乗っ取りか。皆のものいかが思う?」


 エルたち、資清さんたちと話し合った結果、酒座の解体はちょっと問題になるというので。酒座そのものを織田家の支配下に組み込む方向でやれないかとなった。


 面子とか名目は大切なんだよね。この時代。


「よろしいのではないでしょうか。いずれにしろ久遠殿が売らねば連中は何もできないのですから」


「そうですな。殿が許可を与え久遠殿が売る。連中には名目と僅かな銭を与えればよいかと」


「武家が商いをやるなど普通はせぬが、こうしてみると恐ろしく有利になりますな」


「寺社の顔色を伺わなくていいのは、確かに悪くない」


 信秀さんは評定に出席してる一同に意見を求めたが、酒座の乗っ取りに反対する声はないか。


 座の有る無しに関係なく、ウチは殿の許可の下で今まで商売してたからね。


 普通にやれば酒座が邪魔をしたり、時には武力行使で潰しに来るが、武家を相手に武力行使などできるわけがない。元の世界で言えば、やくざが交番を襲撃するようなものだ、警察が総力をあげて潰しに行くだろう。


 ちなみに、津島や熱田ではそれなりに既得権に配慮しているよ。あっちは信秀さんに逆らわないからね。津島神社や熱田神社が座や市をちゃんと管理しているから。


 それに津島神社と熱田神社は、流行り病の対策の時とか困った時には積極的に人を出して協力してくれたし。


 その二つとウチの関係が良好だからこそ、尾張の他の寺社とも良好なんだよね。


 ただ清洲はまだ新しい領地だから。流行り病の時に協力もしてないからウチとは疎遠なのも大きい。


「良かろう。ではワシが仲介する形で久遠家は酒座に加わり、酒座の許認可権はワシが握る。それにするか」


 自分で提案しといて何なんだが、なかなかヤクザな提案だよね。和睦して酒座に加わらせるから支配権は寄越せって言うんだから。


 最初から連中が織田家に協力的なら、他の選択肢あったのにね。清洲での流行り病の対策に連中は協力しなかったから。




side:久遠一馬 牧場


「大きくなったなぁ」


 牧場の一角には二メートル五十センチを超える、大きな作物がある。 牧場の孤児たちもあまりの成長スピードに驚いたその作物は麻だ。


 未来では大麻とも言われ危険なイメージが強いが、日本では古くから麻を利用していたらしい。


 今回牧場で育てたのは無毒性の麻だ。医療用の麻も別に育てても良かったんだけどね。下手に広がると怖いから。


 栽培はあまり手間はかからないみたい。一本一本の間隔が無いくらいびっちりと植えられた麻の畑は、少し異様な光景に見える。


「はーい。みんなで収穫しましょうね~♪」


 牧場の領民と孤児たちも総出で今日は麻の収穫をする。


 牧場は現在は望月家に任せている。もともと馬の飼養牧をしていたから牧場の方は任せられるけど、農作物は彼らには分からない物ばかりなので動物や植物の育成が得意なアンドロイドのリリーが仕切ってるみたい。


  なんと言うか孤児はともかく、領民に対しても子供を扱う保母さんみたいに接してるのはどうなのかと思う。みんなは慣れてるのか気にしてないが。


 元の世界だと麻は大麻として扱われているので無毒性の物でも育てるのはいろいろ大変らしいが、戦国時代にそんな法律はない。


 割とどこでも育つらしく、田んぼに出来ない荒れ地なんかでの生産に将来は期待してる。


 絹とか綿花も生産するけど麻も生産していかないとね。


 ちなみに類似する物にカラムシという植物があり、この時代だと青苧あおそと呼ばれてる物がある。


 この青苧の産地は越後であり、かの有名な上杉謙信がこの青苧から取れる繊維を青苧座を通して畿内に売ることで莫大な利益を上げていたと言われてる。


 そういえば、清洲の酒座を織田家が乗っ取ることにしたけど、青苧座も上杉というかこの時代だとまだ上杉を継いでないので長尾家か。彼らが乗っ取っている。


 義将とか持て囃されてる謙信も青苧座の支配を強化していたらしいし、本来は三条西家さんじょうにしけの利権だったのに奪ってるんだよね。


 史実では他にも一向衆を弾圧したりもしてるし、何故あんなに美化されたのか不思議な人だ。


 まあ武田信玄よりは信頼できる人のようだけど。条約破りの武田よりはね。


 ただ、戦には強いんだよなぁ。商いも積極的だったらしいし。


 そもそもこの時代の越後は米所じゃない。日本海側だから冬には雪が降るし、越後平野は後世に干拓した場所だからこの時代だと湿地や沼地みたいな場所らしい。


 ただ日本海側は北海道から南下していく史実の北前船の航路があって水運が盛んだから、その流通の富が入るみたいだけど。


 越後も将来的には地味に織田とぶつかりそうなんだよね。


 北海道からの産物をウチは南蛮船で太平洋航路を使って運んできてるから、彼らの日本海航路は使っていない。日本海航路の価値が微妙に低下している。


 今のところは畿内には手を出してないから大丈夫だろうけど。伊勢湾と東海近辺はウチの独擅場だからね。


 この上、将来的に青苧も麻布や木綿布が出回れば、距離的に離れてる越後は不利なんだよ。


 どうなるんだろ。まあなるようになるか。




 麻は捨てる所がないほど使い道がある。主に布にするけど一部は紙も作ってみよう。実は食べられるしね。麻の実は元の世界では七味唐辛子の材料の一つになる。


 領民や孤児たちはみんな笑顔で楽しげに収穫してるね。


 食べ物じゃないけど収穫はやはり嬉しいんだろう。彼らの収入は収穫に関係なく保証してるが、収穫がないとそれも危ういと考えてるのかな?


 オレも収穫に参加しよう。


 一般の武士も秋の収穫なんかは、領民と一緒に刈り入れするらしいしね。


 今日は収穫のお祝いに赤飯でもみんなにご馳走するか。



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