第127話・梅雨の農村と新装備

side:久遠一馬


 梅雨もそろそろ明けそうなこの日、オレは久々に農業試験村に視察に来ている。


 まっすぐに整理された田んぼと正条植せいじょううえで規則正しく植えられた稲は、一瞬元の世界に戻ったような錯覚をするほどだった。


 稲の生育も悪くない。村の男衆は清洲の普請場に働きに出ているようで、老人と女子供で農作業していたけど上手くやれているらしい。


「食事もちゃんと取れてるみたいだね」


「新しき野菜の評判がいいようでございますな」


 懸念していた食生活も以前と比較するといいみたい。主食が麦や蕎麦の雑穀粥なのは変わらないが、春から秋まではせめて野菜を取らせたいと考え、二十日大根ともやしを育てさせて自分たちで食べるように指導している。


 二十日大根は史実では明治期に日本に入ったらしく、この時代の尾張には少なくともなかった。育てるのが簡単で収穫も名前の通り早いのでこの時代でも問題はない。


 もやしはエルいわく古くからあるようで、平安時代には書物に名前もあったのだとか。ただし乾燥させて薬にするような扱いらしく、食材として一般に普及はしてない。


 もやしは家や倉庫などの日に当たらない場所で育てられる。畑も使わないし収穫も結構早いから楽なんだ。


「来年には直轄領に広げられるかな?」


 もやしは今のところ緑豆と大豆で作らせてるけど、将来的には緑豆かな。大豆は味噌や醤油や豆腐と使い道が多い。来年には生産量を増やす必要があるくらいだし。


 この時代は入会地いりあいちという、村の共有の山林や原野などがある。簡単に言えば燃料用の薪や肥料用の落ち葉に草なんかは、近くの農民がみんな持っていっちゃうんだ。


 野草の類いも食べられる物は、片っ端から採取しちゃうからなぁ。村と村の争いの原因の一つが、この入会地の扱いと権利みたい。


 収穫までが早く天候にあまり左右されない、二十日大根ともやしには期待している。




「あの……虫除けの薬なのでございますが、隣村などから分けてほしいと言われてまして……」


 そのまま村を見回っていると、村長さんが言いにくそうに一つの頼み事をしてきた。実はここでは木酢液を試させてるんだけど、周りの村がその効果に気付いたのか。


「どうしよっか」


「いいと思います。ただし使い方は必ず守らせてください」


 周りは弾正忠家の直轄地だ。予定にないから少し迷ったが、エルに相談して使い方をきちんと守らせるのを条件に認めることにした。


 木酢液は山の村の炭焼きで生産できるから、山の村の収入源としても期待してる物でもあるんだよね。化学合成の農薬はさすがに戦国時代から使いたくはないし。


「ああ、村長さん。麦酒と水飴を少し持ってきたから、村のみんなで分けて」


「ありがとうございます!」


 農業試験村には農家出身の家臣に定期的に見回りに来てもらってるけど、あまり難しいことはさせてないから問題はない。


 オレが来るのは今日みたいに視察の時と、織田家の家臣に見たいと言われた時なんだよね。


 割と交流がある文官衆はすでに視察に来たことがあるし、信秀さんの許しが出たら来年から自分たちの領地でもできないかと頼まれてる。


 さすがに区画整理はハードルが高いらしく悩むみたいだけど、塩水選別とか正条植えはその気になれば実行は可能だ。


 ここの結果が出る前に頼まれたのは、それだけ文官衆はオレたちとの関わりが多いから成果があると見込んでるんだろう。


 信秀さんが戦より内政に力を入れてるのも、少し気を付けて見れば分かるしね。その点は文官である人たちは信秀さんに近いから動きが早い。


 あんまり大きな領地の人は居ないけど、周りへの影響を考えると来年から弾正忠家の直轄地と並行してやれるかもしれない。


 麦酒は安酒として結構売れてるエールのこと。今回のような領民にあげる時に役立ってる。


 オレはあんまり気にしないけど、金色酒の安売りはエルや資清さんに止められてるんだよね。




「これが新しき鎧か」


「試作品ですけどね」


 日付が変わり新しい鎧の試作品が届いた。


 政秀さんが畿内から集めた職人たちも尾張に馴染み、尾張の好景気を反映してかみんな大量の仕事が舞い込んで忙しいみたい。


 今や伊勢湾から東の物流の中核だからね。尾張は。作れば何でも売れると言っても過言ではない。


 そんな中、信長さんの命令で新しい鎧の開発をして、その試作品が出来上がった。物は史実の当世具足のような物だ。鉄砲による戦を想定した物になる。


 それとウチが納めた弾正忠家の火縄銃は銃床が、いわゆる銃口の反対側の部分を肩にあて、保持するタイプなので、銃の射撃姿勢の邪魔にならないように肩の部分をそれに合わせた形にした。


 実はかなり以前から話はあったけど、忙しいのと職人不足で後回しにしてたんだよね。特に鉄板を加工する鍛冶職人が足りなくて。農具とか土木の道具を優先しちゃったからなぁ。


 たださすがにそろそろ鎧も開発しないと不味いということになり、試作品を作らせたんだ。


 尤も防弾性能は現在一般的な胴丸よりはマシな程度。胴の部分は傾斜をつけて鉄砲の弾を逸らすことで、なんとかしようという程度だけど。


「鉄砲の弾は完全には防げぬか」


「現在の鎧よりは防げますが、鉄砲の弾は別に盾を用いて防いだ方がいいです。そっちは竹を束にするだけで効果があります。正直なところ鎧をこれ以上強化すると重くなるだけです」


「若様。これはなかなかいい物です」


 試しにと着てるのは小姓の勝三郎さんたちと森可成さん。評判は上々みたいだ。


「そもそも鉄砲を大量に保有してるのは、近くだと織田だけですよ。今川もあまり持ってません。畿内の三好や六角はそこそこ持ってるようですが」


 信長さんは防弾性能が少し気になるらしいけど、現時点では多分織田が一番鉄砲を持っている。


 口径の大きな抱え大筒を合わせると、七百から八百ほどあるからね。史実では信長さんが近江の国友に注文するはずだけど、ウチがすでにそれ以上に売ったからな。


 一番使ってるのは三河だ。小競り合いがあちこちであるからね。


 そうそう三河と言えば試しに送ったクロスボウの評判がいい。野戦だと鉄砲より使いやすいとの感想が届いてる。


 手入れとか大変なのは変わらないけどね。火薬の調合とかよりはマシな感じかな。もう少し欲しいみたいだったから、信秀さんに許可をもらって送る予定だ。


 滝川忍軍の話だと、クロスボウを久遠家の金色砲に続く新兵器だと過大に宣伝してるらしい。金色砲は三河でも恐れられてるようで、信広さんがそれを利用して三河の統治や小競り合いを優位に進めてるみたいだ。


「親父に見せて試しに三河に送るか。実戦で使ってみる必要があろう」


「色はどうします? 黒か赤がいいと思いますけど。統一した色にすると見映えもよくていいですよ」


「面白いな。両方作らせてみろ」


 当世具足も三河行きか。抱え大筒も少数は三河に送ったし、織田家は完全に三河を新兵器の実験場にしてるね。


 前線は美濃にもあるけど、あっちは小競り合いすらあまりないんだよね。小さな村同士の争いはあるらしいが、武家は出てこないらしい。


 さすがに道三は手強い。家中の信頼はないけど戦では美濃で一番上手いようだね。


 鎧に関しては大河ドラマとかだとみんな同じ鎧を着けてるけど、実際はバラバラなんだよね。清洲攻めの時は、ウチだけは用意したから統一できたけど。


 中には領民の自前の装備で来るとこもある。歴史には紙の鎧なんて物があったと聞くけど、清洲攻めの時もみんなバラバラの鎧だったしね。


 工業村のおかげで鉄には不自由しない。できれば織田家は統一された鎧にしたい。一部の武士は派手な鎧とか好きにしてもいいけど。一般の兵は統一された鎧の方がいいだろう。


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