第116話・オレ達の苦労はこれからだ!

side:久遠一馬


「大変なのはここからだよなぁ」


 岩倉の臣従でそれでも尾張で明確に織田に従わないのは、河内を領有する市江島の服部家だ。後はまあ独立志向の領主はいるが、形の上では臣従している。


 史実では昨年にあるはずだった、加納口の戦いで亡くなるはずの人が生きてる影響も、じわりじわりと出ていた。


 犬山城主である織田信康おだのぶやすさんなんかは、いい例だろう。彼の息子の信清のぶきよは、史実では野心がある独立志向の人のようだ。


 しかし現状では信康さんが居るので、犬山は割と素直に信秀さんの一族衆に収まってる。


 実際史実の信長さんは織田一族の末流だったが、信秀さんが生存して弾正忠家が織田の嫡流になった影響は、小さくないだろう。


 ただ、上四郡の整理はやはり必要だ。守護代ではない岩倉に上四郡を全て任せてやる必要はない。信秀さんの直臣にできる人は直臣にして、勢力は削いでおかなきゃ。


「領地替えか。騒がぬか?」


「騒ぐと思います。ですので領地と引き換えに銭での加増をしてはいかがでしょう? 一時金で多めに払うか、後は毎年適度な禄を加増してやるかなどがよろしいかと思います」


 オレはエルと共に、政秀さんや重臣たちと上四郡の整理について話している。と言うか信秀さん。とうとうエルを公式な話し合いの場にまで呼んだね。


 重臣たちは何も言わない。腹の内は分からないが、つまらないことで信秀さんの不興を買うようでは、重臣は務まらないんだろう。


「エル殿。銭での禄を領地の代わりにするのですか?」


「皆さまならば領地での加増がよいでしょう。裏切りの心配もありませんので。されど伊勢守家の影響力は、落としておいた方がよいかと。銭の加増ならばいつでも止められます。あくまでも領地替えの対価の加増ですので。街道沿いを押さえれば、多少問題があっても構いません」


 岩倉の実質的な実入りは変わらぬようにするが、街道沿いや要所は可能な限り岩倉から切り離したいんだよね。


 どうせ土地を与えても、無難に治めるしかできない人たちが大半だからね。銭で加増をすることにより領地替えをして、弾正忠家で尾張全土を支配する体制を作らないと。


 それにしてもエルは、丸め込むの上手いな。重臣を立てつつ岩倉の影響力を落とす名目なら、大きな反対の声はない。いわゆる領地替えの迷惑料を払うって話だからね。


「某は銭など払わずとも騒がぬと思いますが。大和守家の旧臣の現状は伊勢守家の者たちも知っていよう」


「確かに。いくら先祖代々の領地があっても、それだけではな」


 ただ一部の家臣からは、そこまでする必要があるのかとの疑問の声が上がった。確かに今の信秀さんに表立って反発する人はあんまり居ないかもね。


 まあ後々不満を持たれても面倒なんで、加増を名目にしつつ銭で不満を抑え、弾正忠家に取り込むために、エルは献策したんだけど。


 尾張でも先祖代々の土地で暮らす土豪が大半だ。彼らを土地から切り離すのは簡単ではない。


 それと銭の流通はあるが、米や麦などの現物での取引も普通にあるし、そもそも銅銭の信頼度って微妙なんだよね。


 よくいえば自給自足みたいな生活だから、あんまり必要ないって場合も。まあ武家は戦に備えて、多少なら持ってるんだろうけどさ。え〜っと、少しは持ってるよね?


「あとは分国法が、そろそろ必要かな?」


「統治体制を整えるには、あった方がよいでしょう」


 それと尾張統一を考えるならば、もう一つ考えねばならないことがある。


 別に未来のような法治体制じゃなくてもいいし、今川家とか大内家のような分国法でなくてもいい。


 ある程度基本的な法を定めないと、今はかなりの部分で信秀さんの裁定が必要になるからね。


「分国法か」


「領地も増えましたからな」


 これには反対意見はないらしい。重臣は多かれ少なかれ、清洲併合の後の苦労を知ってるからね。アホな陳情や面倒な陳情に悩まされた人も多いだろう。


 ただ分国法は、きちんとみんなで吟味して制定しないと問題になる。上四郡の整理と同時に考える必要があるな。




side:斎藤道三


「殿のお考え。見事に当たりましたな」


「これで尾張は、ほぼ統一か」


 伊勢守家が臣従したか。もう少し掛かるかと思ったが。信秀め。何をしたのだ?


 美濃には伊勢守家の内紛に好機だと騒ぐ愚か者や、ワシを臆病者呼ばわりする奴もおったらしいが、結果はやはりとしか言えんの。


「何があったか調べよ」


「はっ」


 問題は信秀が何をしたかだな。伊勢守家の内紛の終結も臣従もちと早すぎる。知らねばならん。信秀の今の戦のやり方を。


 兵を挙げずして次々に臣従させていく訳を、知らねばならんな。同じ下剋上ながら、何故これほどワシと信秀に差が生まれるのだ?




side:今川義元


「尾張が纏まったか。三河に来るか?」


「可能性はございますな。大義名分はございますので。三河か美濃か」


 虎から最近では仏と呼ばれておるとか。不敬な。


 結局、信秀めにこちらとしては無駄に時間を、与えただけになった気もするの。これで奴は西にも東にも行けようの。


 もう少し粘ると思うたが、伊勢守家も不甲斐ないの。


「問題は三河より北条かもしれませぬ。近頃、急激に尾張から相模に行く船が増えております」


「まさか、織田と北条が?」


「関東より東は明や南蛮の荷を手に入れるのが、大変でございまする。織田の品物は、北条も欲しておりましたからな」


 尾張を纏めながら、北条とも誼を結ぶ気か?


 織田の荷は危険じゃ。あの酒も砂糖も一度味わうと無くてはならぬ物になるわ。


 北条との取引は面白うないが、邪魔すればこちらへの荷が止まり、織田と北条が近付くだけよの。


 湊を封鎖して北条に行く船を押さえるなり、津料に加えて、高い通行税を課すことならばやれぬこともないが、それをやれば三河攻めの口実にされるな。


「結局、戦か?」


「和睦ならば結べるやもしれませぬ。あちらには美濃もありますれば」


「勝てぬか?」


「勝ちても負けても割に合わぬかと。先日には武田が信濃で村上に敗北しておりまする。いっそ甲斐を狙うのもありかもしれませぬな」


 ため息しか出ぬな。勝てなくはないが、勝ちても割に合わぬとは一番厄介ではないか。野戦で勝ちても城攻めで落としきれずに終われば、三河の国人たちが織田に流れるかもしれぬわ。


 しかし海もなき山ばかりの甲斐を攻めるのか? 確かに武田晴信は油断ならぬ男じゃが。


 織田の周りに精強なる敵はおらぬ。伊勢の一部を持つ六角ならばおるが、六角は尾張を攻める気などないであろうの。


 美濃の斎藤は戦上手と聞くが、主家をないがしろにする者。美濃を纏めきれておらぬわ。


 戦えば敵が少なき織田が有利なるは明らかよの。


「結局奴はワシに与えた儲けで、とんでもない儲けを出したの」


「はっ。されどこちらの選択は間違ってはおりませぬ。奴の矛先が先に三河に向くことも有り得ましたからな」


「誰の知恵であろうな。奴の知恵ではあるまい? 平手か?」


「それははっきりしませぬが、久遠の可能性も……」


 そうじゃ。あの者たちが来てからおかしゅうなったのじゃ。


 隙があった時に、早々に始末しておけば良かったわ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る