第109話・何も出来ぬ蝮とBBQ

side:斎藤道三


「伊勢守家が割れたか」


「殿。好機では?」


「たわけ。伊勢守家が割れて、誰が一番得をするか分からぬか。恐らく信秀の策であろう」


 いよいよ尾張統一に王手じゃな。南はほぼ臣従させた。後は伊勢守家を屈服させれば逆らえる者はおるまい。


 ひと昔前ならばともかく、今の伊勢守家では太刀打ちできまいて。


「御輿は少ない方が、よろしゅうございますからな」


「それにしても米や雑穀ばかりか紙や木材など、尾張の商人はよく買っていきますな。羽振りがいいことで」


「銀や銅も尾張に集まっておるようだ。堺に持っていくより近くて利になる」


「まるで堺に取って代わるかのようだ」


 まあ伊勢守家が潰されようが臣従しようが、ワシには関係ない。問題はこうしておる間にも、織田は着々と力を付けておることか。


 酒や高価な砂糖や鮭に絹や木綿を売り、兵糧や紙や木材を買っていく。別に悪くはない。最初に比べれば値が上がったらしいが、諸国が競って買うのだ。


 美濃の商人もまた近江や飛騨など、周囲の国に売って利を得ておるしな。


 だが物が集まり銭が集まれば、それは織田の力となる。こちらが田畑を耕しておる間に、信秀は商いで強くなるのだ。問題はその差をいかがするかだ。


 さすがに堺に取って代わるは大袈裟と言えよう。されど伊勢の商人には取って代わるやもしれぬ。


 戦をして織田を叩き大垣を取り戻すか? 勝てればそれが良いであろうな。だがこちらが負ければ、織田は不破の関を狙うであろうな。


 不破の関が織田に落ちれば、近江への道が全て織田の物となる。それではいくら稲葉山に籠っても意味などなくなる。


 信秀は商いと銭での戦に切り替えおった。奴に不破の関だけは渡せぬ。


 そもそも勝てるかも怪しいがの。那古野では毎日のように鉄砲を撃つ音が聞こえるという。


 あんな高価で撃つだけでも高い銭がかかる物を、鍛練の如く毎日撃つとは。余程の余力がなければできん。


 そのうえ、噂の金色砲とやらがあるのだ。冗談ではないわ。


「殿。織田との和睦はいかがなりそうなので?」


「織田も興味はあるようだ。問題は大垣と元守護殿の扱いであろう」


 やはり和睦しかないの。あの南蛮船をなんとかせぬ限り太刀打ちできん。だがそれは信秀とて百も承知のはず。隙はあるまい。


 織田と和睦し大垣とその周辺以外を、こちらが完全に掌握する必要がある。あとは織田との商いで、こちらも力を付けていかねば。


 敵は織田だけではない。近江の六角に越前の朝倉などもいつ敵に回ってもおかしくはないのだ。


 問題は元守護殿じゃの。織田も元守護殿を捨てて和睦は結べぬ。じゃが、あの無能な元守護殿では邪魔になるのみ。


 やはり和睦して元守護殿をこちらの手中に収めて、後は……。


 信秀も元守護殿をワシが立てれば義理は果たすはず。そのあとまで守りはするまい。




side:久遠一馬


 絶好の行楽日和のこの日、ウチの屋敷に津島の屋敷の警備などを除いた家臣と郎党に、手の空いてる滝川忍軍を家族ごと集めてみた。働いてる人は家族だけだけどね。


 庭では煉瓦を使った、即席のバーベキューコンロが幾つも並び、エルを筆頭に滝川一族の女性陣が調理をしている。


 食材は新鮮な海産物に猪と鳥肉。 元の世界的に言えば、第一回久遠家バーベキュー大会といったとこか?


 肉は信長さんと狩りをして集めたジビエと言えば、ちょっと洒落てるように聞こえるかな。牧場村と那古野の屋敷では鶏を飼育してるけど、増やすのがメインで食肉にするほどの数はまだいない。


「ああ、慶次。良いとこに来た。みんな緊張してるのか、固いんだよね。頼むよ」


「それならば、拙者にお任せを!」


 ただ問題は滝川一族以外は緊張してるのか、表情も固いんだよね。バーベキューはもっと楽しく、和気あいあいとやりたいのに。


 こんな時にはこの男しか居ない! 傾奇者慶次。


 ジュリアの訓練を受けたり、ケティのお供をしたりと働いてるけど、家臣の若い衆と一緒に酒盛りしたり子供たちと遊んだりもしている。


 ウチの屋敷には自分たちで飲む用の金色酒とか清酒があるけど、ジュリアと並んでよく飲むのは慶次だ。


 オレたちに欲しいと言えば普通にあげるからね。ケティには飲みすぎは身体に悪いと注意されてるけど。


 資清すけきよさんは申し訳なさそうにしてるけど、ある意味オレたちの気持ちを一番理解してるのは慶次だろう。


 まあ他家の人間と些細なトラブルから喧嘩をして騒動も起こしたけど、信秀さんは死人が出たわけでもないのに騒ぐなと笑って済ませた。


 信長さんの時もそうだったし、オレたちもタイプは違うけど同類だろう。信秀さんって型にハマらない人を好むよね。


 信秀さんが狙ったのかは分からない。でも慶次に寛容な姿勢を見せたことが、滝川家の価値を上げたとエルが語ってた。


 氏素性の怪しいオレたちに仕える余所者。そんな印象があったのだろうが、信長さんは慶次と狩りに行くし信秀さんは喧嘩を笑って済ませた。


 それが滝川家が信頼されてると、周りからは見えるらしい。


「焼き肉のタレ。なかなか美味しいね」


「ニンニクはあるのよね。あんまり食べないらしいけど」


 バーベキューの味付けは塩コショウに、戦国版焼き肉のタレだ。ウチで持ち込んだ材料やニンニクなんかを使っている。


 戦国時代にニンニクがあるのは知らなかったなぁ。探せばいろいろとあるんだよね。普及してないのが大半だけど。


 料理をしないジュリアと一緒に焼けた肉を食べて、金色酒で一杯やる。たまには昼間から酒を飲むのもいいね。


 野生の肉ってきちんと処理しても、少し獣臭さが気になるんだよね。食べなれてないからだろうけど。


 味の濃い焼き肉のタレは、肉の臭みを消してくれるからいい。


「うん。慶次が入ると賑やかになっていいね」


「へそ曲がりだからねぇ」


 あれよあれよと家臣やら仕える人が増えてるからね。みんなでコミュニケーションくらい取らないと。


 ロボの奴は賑やかになって楽しいのか、滝川一族の子供たちと庭を駆け回ってる。


 滝川一族のみんなもウチに慣れるのに時間掛かったしな。新しい人たちも早く慣れてくれたらいいんだけど。


 新しい人たちがもう少し慣れて仕事を覚えたら、定期的に休日を作れるんだよな。目標は週一だけど当面は十日に一日の休みにしよう。


 ああ。今度は牧場の領民も加えて、もっと大人数でバーベキューをしたいね。


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