第101話・岩倉の返答と焼き物
side:織田信秀
春も過ぎて梅雨が迫っておる。
西は美濃大垣から東は三河安祥まで安定してきたことだし、いざ岩倉をいかがするかと考えておったが、向こうから動いてくれるとは。
「ほう。ではあの狼藉者は罪人であると言うのか」
「はっ。当家にて捕らえ、詮議を行わんとした矢先の出来事でございます」
伊勢守家から来たのは家老の
あくまでも伊勢守家は悪くないと言いたいのか?
「伊勢守家では罪人を捕らえることも、まともにできぬのか」
「面目次第もございません」
苦しい言い訳だな。家臣を見捨てたと思われたくもないが、強く出て戦になるのも嫌か。
中途半端だな。そのような中途半端な言い訳で収まると思っておるのか? まだ戦も辞さずと態度で示しながら、裏で詫びの一つも入れれば、一戦交えて服従させてもよいものを。
義理の弟なのだ。正規の使者と別に妻に詫び状を持たせて寄越すくらいの知恵は出ぬのか?
「では狼藉者は当家で罰してやろう。まともに捕らえることもできぬのだ。詮議もまともにできまい」
「恐れながら、それはお許しを。当家にて詮議をせねばなりませぬ」
「話にならぬな。罪人を逃がしたのは伊勢守家の落ち度。当家の被害をいかがする気だ?」
「それは日を改めて、詫びをさせていただきまする」
「順序が違うと思わぬか? 先日も伊勢守家からは、村人が助けてくれと命からがら村丸ごと逃げてきた者たちがおる。聞けば領地をまともに統治できぬ、愚か者から逃げてきたと言う。戻れば殺されると言うので助けてやったが、ワシは事が露見したら伊勢守殿が困ると思い、内々に処理したのだがな」
答えられぬか。罪人として身柄を引き取り、後で内々に詫びを入れるか? 形としては向こうが上、それでいいとでも考えたか。
戦う気も無ければ服従する気もない。そのような中途半端な態度では、余計に残しておけぬと思われると気付かぬとはな。
その辺の土豪ならばそれでよい。だが形式的には守護代家であり、伊勢守家は織田の嫡流なればこそ、中途半端なままでは残せぬのだ。
まさか蝮とでも組む気か? まあ、それならばそれで面白いが。
「殿も人が悪うございますな。逃亡してきた領民を口実にするとは」
「事実であろう。怪しげな集団を受け入れて、飯を食わせてやっておるのだ」
結局山内は帰った。話は平行線のままだ。あれでは狼藉者を渡す気はない。
唯一の懸念の逃亡した領民のことも、上手いこと口実にできた。こちらとしては満足のいく話だった。
さて。伊勢守よ。いかがする?
判断を間違うと何もかも失うぞ? 力がないのに顔を立ててほしいならば、それなりの対価が必要なのだ。
「よいか。伊勢守家との関所は人を増やして警戒せよ。それと伊勢守家からの者も、使者以外は領内に入れるな。伊勢守家は罪人を捕らえることもできぬのだからな」
「はっ」
舐められるわけにはいかぬな。少しばかり脅かしてやるか。
果たしてどれだけの者が、伊勢守家に残るか楽しみだ。
side:久遠一馬
「こんな物が高いとはねぇ。ロボの水入れにちょうどいいかしら?」
「ダメよ。ジュリア。それは贈答品よ」
岩倉の問題でのオレの役目は終わった。
信秀さんがこのあとどうするか知らんが、すでに詰んでるしな。オレたちは戦に備えて、金色野砲や火縄銃の火薬と弾の用意と輸送の準備をするだけだ。
そんなわけでこの日は、那古野の屋敷に届いた荷物を確認している。中身は明の陶磁器……を宇宙要塞にて複製した物。
見た目はもちろんながら、素材や成分までほぼ完璧に複製した。
ただジュリアには良さが分からないらしく、茶道に使うような茶碗を持ちロボの水入れにしようとするし。まあ、オレも良さは分からないけど。
「これはまた、凄い品々でございますな」
「明の方の陶磁器だよ。津島で需要があるみたいでね」
割れた物がないかエルたちとオレで確認してると、
これは決して明の陶磁器と言ってはいけない。『明の方』の陶磁器と言わないと。嘘はいけないからね。
「ああ、欲しいのあるなら持っていっていいよ」
「いえ、某は結構でございます」
この陶磁器は、津島の大橋さんに頼まれて用意した物だ。
最近は甲斐とか関東から来る商人なんかも居るらしく、欲しいと言われるらしい。
米や銭と比較して軽い上に高価であることから、明の陶磁器なんかを欲しがる人もいるみたい。
那古野の屋敷に持ってきたのは、信秀さんへの献上品と重臣のみなさんに贈答する物だ。
「陶磁器は作らないのでございますか?」
「いいとこに気付くね。さすがだよ」
「交易品を尾張で生産するのが、殿のなされてることでございますからな」
資清さんにも何か良さげな奴あげようと選んでると、オレたちの考えを先読みしたように尋ねてきた。
確かに陶磁器もやりたいんだけどねぇ。少し問題が。
「ちょっと調べた限りだけど瀬戸なら多分、明に負けない陶磁器を焼けるはずなんだけど。ただ、あそこはねぇ」
「瀬戸は品野城の領地ですか。松平家次殿の居城ですな」
瀬戸一帯を治める品野城には、三河の武士が居る。史実だと織田と今川と松平の間で、コロコロと主を変えながら桶狭間の戦いの前哨戦となる、品野城の戦いまでは安定しない場所だ。
品野城の付城である桑下城と落合城もあるが、そこにいる長江家なんかも共に品野城の戦いの時には敵方だった人たちだ。
松平家次は桜井松平氏であり松平家の分家だけど、信光さんと親戚でもあるらしく、今のところ織田に味方する姿勢を示してるらしい。
この桜井松平家は松平宗家と対立してきた歴史があり、織田に近いと言えば近いんだけどさ。信用できるかと言われると悩む以前の人だ。
「あそこの人たちに技術を与えていいと思う?」
「止めた方が宜しいかと。あまりこちらの目が届かぬ場所。ろくなことを考えますまい」
「だよね。オレたちもそれで止まってるわけだ」
「念のため人を配して調べますか? 付け入る隙くらいならあるやも……」
「うーん。無理しない程度でやれるならお願い。別にどうしてもあそこじゃなきゃいけないわけじゃないから」
「はっ」
エルたちも三河と尾張の境はいずれ対策が必要だと考えてるようで、瀬戸の焼き物は放置してるんだよね。
優先順位としては岩倉が先で、尾張を織田弾正忠家が統一したら瀬戸とかあの辺の整理が必要だろう。ぶっちゃけ山の村もなかなか進まないのは、山がある地域が近場に無いからなんだよね。
まあ現状だとウチの焼き物を、明の方の陶磁器として売り捌けば、それなりに儲かるからいいんだけど。
信用できなくてもすぐに潰せないのは面倒だね。史実の信長さんが独裁した気持ちが分かった気がする。
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