第99話・武士の誇り?

side:???


 集まったのは役に立たぬような者ばかりだった。


 しかもなかなか人手が集まらぬので、田植えの準備も遅れて田植えが遅くなった。下手をすれば今年は年貢があまり得られぬかもしれん。


 何故だ!  何故ワシがこんな目に……。


「殿」


「見つかったか!」


「はっ。どうやら那古野に居るようです。那古野から少し行った先の妙な砦の普請場で見たという話があります」


 やはり連中は弾正忠の所に逃げたか。仏だの飯が食えるだの、つまらぬ噂に踊らされおって。


 許せぬ。ワシに背いた者を放置するなど。絶対に許せぬ。


「兵を集めろ! 罪人どもを捕らえに行くぞ!」


「殿!? 向こうは弾正忠家の領地です。勝手に他家の領地に入るわけには……」


「証拠はあるのだ! 捕らえて、ワシが弾正忠に掛け合う!」


「はっ」


 ワシは腰抜けの殿や重臣たちとは違うぞ! 成り上がり者の弾正忠など恐るるに足らん!


 武士の面目がなんたるかを見せてやるわ!




side:久遠一馬


 尾張では早植えの田植えはほぼ終わった。二毛作の畑は麦の収穫を終えてからの田植えになるので、まだだけど。


 あと牧場でも作物の作付けをしている。早い物は馬鈴薯はすでに植えた。このあとは気温を見ながら、さつまいも・麻・綿花を主に植える予定。


 一応輪栽式農業にするつもりで考えてたし、大半はその予定だけど。牧場がウチの領地になったから、一部はこの時代の日本にないか、本格的に栽培されてない作物を試験的に植え、種類品種を増やすことにした。


 トマト・にんじん・玉ねぎ・キャベツ・白菜・アスパラガス・唐辛子・山椒・ピーマン・とうもろこし・カボチャ・苺・スイカ・メロン等々。そうなんだ、日本の地名人名が絡まなきゃ、現地の呼び名で押し通せるんだよ。


 牧場自体がほりへいに囲まれているから、安心して試験栽培ができる。


 領民になった人たちとか孤児院の子供たちも、よく働いてくれるしね。


「殿! 大変でございます!!」


 この日は領民と一緒に畑作りに汗を流していたけど、慌てた様子で走って来たのは太田牛一さんだ。


「どうしたの?」


「普請場で働いておる岩倉から逃げてきた男衆が、元領主に見つかり騒ぎになっております!」


 鍛冶職人に作ってもらった鉄製のくわやスコップの使い心地に、みんなで喜んでいたら厄介事か。


 岩倉から逃げてきた流民は現在、工業村の外に建設してる銭湯と宿屋なんかの町の建設の現場で働かせている。


 信秀さんから預かった人たちで、将来的には山の村の住人候補なんだけど、山の村の建設自体が予定地の選定段階だから、まだ始まってない。


 信用できるか試す意味もあり、男衆は工業村に隣接する町の建設現場で働いてもらってるんだよね。


「すぐに行こう。ところでさ。こんな場合はどうするの? 普通は」


「織田の若様か大殿の判断を、仰がねばならぬやもしれませぬ。若様の方にも使いを出しました」


 護衛と牧場に居た兵を三十人ほど連れて、オレは太田さんと揉めてる現場に急ぐ。


 いまいち事情が掴めないので移動しながら話を聞くけど、どうも逃げた元領民が那古野に居ると元領主に知られたらしく、働いてる現場に怒鳴り込んできたらしい。


「ここって、若様の領地だよね? 伊勢守家の人間が怒鳴り込んできていいの?」


「良くありませぬ。下手をすれば戦になります。ですが向こうからすると逃亡した領民は自分の物と考えておるのでしょう」


 同じ織田一族であり、親戚なんだろうけどさ。


 他家に怒鳴り込んでくるって馬鹿なの?




「話にならん! そやつらはワシの領民で勝手に村を離れた罪人ぞ! 貴様らは罪人を庇うのか!」


「ここは織田弾正忠家の領地だ。話があるなら清洲の城に行かれよと言うておるではないか!」


 現場はまさに一触即発だった。


 元領主とやらは槍まで持ち出して、二十人ほどの手勢を連れている。


 対峙してるのは工業村の警備兵たちだ。どうも元領主に見つかった領民が工業村に逃げ込んだらしい。


「大丈夫か?」


「はっ、はい。大丈夫です」


「誰だ! 貴様は!」


「久遠一馬。ここの代官をしています」


「代官だと? ならばさっさとそこの罪人を引き渡せ!」


 あーあ、怪我してる人まで居るじゃないか。元領主とやらは頭の悪そうな男だし。


 槍をちらつかせて大声を出せば、従うと思ってるんだろうか? 頭おかしいんじゃない?


「この人を怪我させたのは貴方たちですか?」


「だとしたら何だと言うのだ!」


「全員、そこの賊共を捕らえてください。抵抗するなら討ち取っても構いません」


「貴様ぁ!」


「名乗りもしない狼藉者の話なんて聞く気はないですよ。それに彼らは清洲の殿より預かった人たちです。その前なんか知りません」


 オレが姿を見せると、元領主ばかりではなく普請場の人足や工業村の警備兵の視線も集まった。


 警備兵は他家の武士を捕らえる判断までは、できなかったみたいだ。今後の課題だな。


「貴様! こんなことをして、ただで済むと思うなよ!」


 警備兵のみんなも結構強いじゃないか。多少の負傷はした人も居るけど、全員生きたまま捕縛している。


 彼らの装備はこの時代誰でも持つ脇差しに、十手と刺又と投げ縄だ。なんか武器だけ見ると時代劇思い出すな。


 十手と投げ縄は捕縛するには最適らしく、彼らの訓練中に取り入れたらしい。あとはお揃いの軽鎧でも欲しいとこか。


「かず。何事だ?」


「狼藉者ですよ。領民に手傷を負わせたので捕らえました」


「親父のとこに連れていけ」


 お馬鹿さんが騒いでるけど聞き流してると、太田さんが知らせを出した信長さんが到着した。


 おおよその事情は知ってるんだろう。捕らえられた元領主たちを信秀さんのとこに送るよう指示して終わりだ。




「あっ!?」


「どうした?」


「名前聞くの忘れました」


 縄で縛られた元領主と手勢が去ると、オレは怪我人の応急処置をして、怪我人をケティかパメラの居る那古野の屋敷に治療に行かせた。


 そのままオレと信長さんは工業村の代官屋敷にて、正確な報告を受けたけど、元領主の名前聞くの忘れてたことを思い出した。


「そんなことはどうでもいい」


「まあ、そうですね。警備の人たちに、あの手の狼藉者への対処に関する指導をしておきます」


 信長さんには一言で切って捨てられたけど。


 問題はオレが来るまで睨み合いをしていたことだろう。いかに他家の武士とはいえ、信秀さんや信長さんの領内で好き勝手にされたら駄目だ。


 警備兵のみんなは若いこともあり、まだ訓練中で兵士の教育も終わってない。きちんと不測の事態の対処方法を決めて教えておかないと。


「しかし、怒鳴り込んでくれば何とかなると思ったんですかね?」


「思ったのであろう。逃げた領民も悪いといえば悪い。向こうは守護代家だしな。場合によっては逃げた領民を返して穏便に済ませることもある」


「捕らえて不味かったですかね?」


「構わん。今なら岩倉に介入する口実になると、親父が喜ぶくらいだ」


 舐められたら駄目だし、とっさに捕らえることにしたけど。武士の世界は明確な法がないから判断が大変だね。


 家と家の関係に個人と個人の関係でケースバイケースというわけか。強気に出れば、逃亡民くらいなら返すだろうと判断したのかな。あのお馬鹿さんは。


「逃げ出した領民を探してたのか。暇なんですね」


「あの手の男は自分のことしか考えん。逃げた領民が許せなかったのだろう」


 オレはそのまま全てを報告書に書いて、信秀さんのとこに報告に行かなきゃならない。一応工業村の代官だからね。


 明確な場所は工業村の外だから、信長さんの領内の問題でもあるけど、どちらにしろ岩倉の武士が暴れたんだから信秀さんに報告が必要だ。


 さて、どうなるかね。





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