第97話・女達の宴と政秀の帰還
side:エル
「これは……なんて美味しいんでしょうか」
「いったいどうすれば、このような味が……」
一通り挨拶が終わると、花見の宴が始まりました。
男性陣は年始の宴で味わった味付けですが、女性陣はほとんどの方が初めてになります。驚きはやはり大きいようですね。
砂糖は親族衆や重臣を中心にかなり配りましたが、貴重な砂糖を料理に使うことはやはり多くはないのでしょう。私たちも調理法までは積極的に広めてませんから。
土田御前様や平手様の奥方。それにくらの方様などは、さすがに驚くほどではなく知っているようですが。
「料理には砂糖を始めとして、まだ売られておらぬ醤油やみりんなる調味料が使われておるのだ。それらは調味法と共に久遠殿が尾張にもたらした物だ」
塩と味噌と酢など、この時代にもそれなりに調味料はありますが、現状の織田家の家臣では塩と味噌が大半でしょう。
たかが料理。されど料理。土田御前様が料理の秘密を打ち明けると、女性陣からはどよめきが起きました。
交易や貿易をしているという話は、恐らくみなさんご存知のはず。しかし具体的に何がどうなのかは、あまりご理解されてなかったのでしょうね。
砂糖は羊羮や大福をお土産として配ったこともあり、菓子を作り食べたという話は聞きましたけど。
「これは初めてじゃな」
「桜に合わせて作った餅にございます。その葉は桜の葉の塩漬けになります」
「なるほど。華やかでよいの。しかも甘い餅に葉の香りと塩味がよく合う」
女性陣もお酒を飲むようで、お酒と料理をみなさん喜んで食べてますし、土田御前様も私たちが持参した桜餅に喜んでくれました。
私たちはやはり料理の調理法などを、いろいろな方に聞かれて教えながら料理とお酒を頂きます。
醤油やみりんも、そろそろ尾張で製造を始めた方が良さそうですね。醤油は津島と熱田の味噌商人に頼む方が早いでしょう。みりんはとりあえずは津島の屋敷で、ウチが製造をするべきでしょうか。
清酒の評判も上々なようです。ウチの清酒は精米にかなり気を使いましたからね。糠の雑味など少ないのが、いいのかもしれません。
清酒の増産も必要です。人選を急がねばなりませんね。
「これは、なんと甘い」
「綺麗な色ですね。桜の色です」
「縁起が良さそうですね」
「さすがに久遠殿の菓子は違いますね」
「あの羊羮や大福も大変美味しかったですから」
「ウチでは羊羮を切った大きさで、子供たちが喧嘩をしましたわ」
宴も進むと男性陣はお酒が中心になるようですが、女性陣は甘い菓子をゆっくりと堪能するように食べています。
桜餅をお土産にしたのは正解ですね。見た目の美しさと甘い餅は女性陣に評判が良いようです。
挨拶の時にあちこちに菓子を送ったのも、好評のようで何よりです。
ただ武家でさえ現状の織田弾正忠家の家臣クラスでは、あまり裕福と言えないようですね。
みなさんの着物も昨年に私たちが弾正忠様に献上した、絹や綿の反物から作った物が多いようです。もちろん領地の大小はあるのでしょうが、実入りはあまり多くないのは確かですね。
先は長いですね。もう少し利益を家中の家臣筋にも、還元する必要があるのかもしれません。要らぬ嫉妬を買い家中が乱れては、元も子もありませんから。
奥様方にはこれを機会に反物や菓子を贈るべきでしょう。
side:久遠一馬
花見も終わりしばらくすると、政秀さんが帰ってきた。
政秀さんには念のため超小型の無人偵察機を張り付けていたので、大まかな経過は知ってるけど。朝廷への献上も職人の勧誘も大成功だ。
「職人だけで四十八人とは、凄いですね。しかもかなり優秀な職人が居るみたいですし」
「京の都はあいかわらず荒れておってな。仕事もあまりない職人が多かったのだ。あとは金色酒を差し入れしての」
やっぱり政秀さんは、只者じゃないね。京の都から尾張に来る人がどれだけ居るかと考えると、あまり期待してなかったんだけど。
どうやら尾張に来れば、金色酒が飲めると勧誘したらしい。結局酒なんだね。
元々金色酒は多めに持っていったんだけど。何があるか分からないし、挨拶や賄賂代わりになるらしいからさ。
「米も恐ろしいほど高くて、食うに困っておる者も多かった。あれがかつては栄えた都だとはのう」
畿内のことはあまり気にしてなかったけど、一部に金色酒が流れて騒ぎになってるらしい。確かこの時代の酒は、坊主が作ってる僧坊酒が多いはず。畿内に売れば絶対揉めるよなぁ。
ただ政秀さんは物価の高さや、金色酒が幻の酒と騒ぎになってることを逆手に取り、尾張に来れば米も食えるし金色酒も飲めると誘ったんだって。
元世界でいうヘッドハンティングだよね。都会でプライドを持って仕事してる人ならばともかく、収入とか食べていくことを前提に考えてる人を中心に集めたんだろう。
「染織関係の職人も結構居ますね。これで織物が進みますよ」
鍛冶職人もありがたいが、それ以上に染織職人が何人か居ることがありがたい。重要性から後回しにして商人に任せていたからか、あんまり進んでないんだよね。
まあ簡単な織物くらいは、できるようになったみたいだけどさ。
ウチとしては生糸や木綿糸で十分売れて利益になってるし、ウチで織物にした品は最高級品として更に利益になっている。
ただ将来のことを考えたら、そろそろ本格的に尾張で織物の製造をしたいところだ。
大工はあいかわらず不足してるから、すぐにでも仕事をしてもらえばいいし、鍛冶職人は当面は刀でも槍でも鉄砲でも好きなものを作ればいい。
今回新しく来た職人たちには工業村ではなく、津島や熱田や清洲に分散して住んでもらおう。鍛冶職人は工業村にあちこちから引き抜いたから、各地で不足ぎみなんだよね。
現状で津島や熱田は伊勢湾の重要交易港になりつつある。
金色酒を筆頭に津島か熱田にしかない商品や、堺なんかに行くよりは安く手に入る商品はそれなりにあるからね。伊勢や駿河は元より相模からも最近は商人が来るんだ。
人が集まれば物が集まり売れる。刀や槍なんかも需要があるみたいで、作れば作るだけ売れてるらしい。
「そろそろ港が手狭になってきましたね」
「確かに堺などと比べると、津島と熱田では小さいやもしれぬのう。凄かったぞ。堺も石山も。尾張はまだまだ足りぬと思い知らされた」
問題は元々河川湊だった津島や熱田なんかでは、港も町も限界があることだろう。
ガレオン船の接岸できる場所もないし、オレたちは前々から考えてはいたけど。近いうちに港の拡張か新しい港が必要だろうね。
政秀さんも畿内を見てきたからか、それに同意してくれた。
三河からの人の流入は続いてる。彼らを使って港関係の工事も早めにやる必要があるだろうな。
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