第94話・京の町と清洲の花見
side:平手政秀
京の都は相変わらず荒れておるな。
いや、これが当たり前なのかもしれぬ。途中に立ち寄った堺などは栄えておったが、町を一歩出ればどこも似たようなもの。
尾張はまだ平和だということか。
「お久しゅうございます」
「おお、平手殿。久しいの」
以前尾張まで来られた、
山科卿は朝廷への献金を集めるために、諸国に出向く程の御方。こちらの意図を汲み無難に差配してくれるであろう。
「これは!?」
「遥々南蛮から渡って参りました新しき鏡にございまする。少し手に入れましたので、是非、主上に献上すべきと思い参上致しました」
さすがの山科卿も硝子の鏡には驚かれたか。無理もない。途中で立ち寄った堺にも、なかったようじゃからの。
「うむ。これは凄いでござるな。主上も、さぞ御心を動かされることであろう」
「こちらは
今回の献上品で少し扱いに困ったのは、この白粉じゃな。ケティ殿は既存の白粉は毒だと言うておったが、それを言うわけにはいくまい。
白粉の商人や座を、敵に回してしまうからの。ただ新しく作った物として献上するなら問題になるまい。
違いが出るか分からぬが、どちらでも構うまい。主上や朝廷の安寧は願うが、禁裏の争いや既得権益の揉め事に巻き込まれれば大変な事になるからのう。
「そういえば、尾張では新しき酒があるとか……」
「無論、持参致しました。こちらは山科卿にも献上致しますので、良しなにお願い致しまする」
「そうか。それは済まぬの。では、いよいよ都にも噂の金色酒が参るのでござるな」
「申し訳有りませぬ。此度は朝廷と、他ならぬ山科卿ならばと持参致しましたまで。今のところ金色酒は京の都で売るつもりはございませぬ」
献上品の目録で、山科卿が興味を示したのは薬と酒じゃな。
山科卿は自らも薬を調合すると聞くからの。庶民にも薬を分けると言うし、ケティ殿と話が合う御方かもしれん。
そんな薬以上に興味を示したのは、やはり金色酒か。ここに来るまでも尾張と言うと、金色酒のことを聞かれたからの。
「作れる量が心許ないのでござるか?」
「それもありまするが、尾張の田舎者がでしゃばり、恨みを買ってはたまりませぬ」
「……確かにそれは無いとは言えぬの」
今のところ畿内に流れてる金色酒は、伊勢に売った分が少量流れておるだけ。あれは一向衆と伊勢の水軍を黙らせるために売っておるのみ。
堺ならば金色酒があったが、尾張の十倍以上の値が付いておって驚いたほどじゃ。ワシのところには一馬殿が定期的にくれるからの。堺の値では、ワシでも年に一度飲めるかどうか。
京の都にくれば値は更に上がるであろうが。危ういの。商人に酒座とくれば寺社も黙ってはおるまい。
一馬殿が畿内に売るくらいならば関東にと考えるのは正しい。
「もし今後もご所望におなりならば、織田家から献上する形で某がなんとか致しましょう」
「ほう? しかし良いのか?」
「もちろんでございまする。全ては主上のおかげを持ちましてでございますれば」
銭ではなく品々を定期的に献上することで、朝廷との一定の誼を持つのが今回の目的。銭ならば幕府や諸勢力も気にするかもしれぬが、所詮は酒や食べ物。食えばなくなる物にそう神経質になるまい。
何か言われれば、将来の販売のための布石と言うておけばいい。
いずれ一馬殿の島の扱いや交易に、口を挟む者が出るであろう。だが、その時に朝廷に献上しておった実績もあれば、一方的に叩かれることはあるまいしの。
「すまぬの。せっかく参ったのだ。今宵はぜひ尾張や東国の話をきかせてもらおうかの?」
「はっ、もちろんでございまする」
諸勢力に顔が利く山科卿とは、朝廷とは別に親しくしておいて損はない。
朝廷への献上の際には、今後も山科卿を通して献上するべきだな。
side:久遠一馬
清洲のとある寺に、この日は多くの武士が集まっている。ざっと三百人は居るだろうね。
実は今日は信秀さん主催の花見なんだよ。
「綺麗に咲いてますね」
あいにくと未来で桜と言えば一般的なソメイヨシノは、この時代には存在しない。ここにあるのも多分、山桜かなんかだろうね。染井吉野、宇宙要塞から持って来ちゃダメかなぁ。
歴史を見ても史実の信長さんが、花見をしたなんて話はないし、信秀さんは資料そのものがあまりない。
ただし桜や梅の花見をする習慣は昔からあるし、有名なのは秀吉の醍醐の花見とかだろう。すごい金満趣味だったらしい。
今回の花見は別にオレたちが焚き付けたわけではない。
ただエルたちと花見をいつしようかと相談してたら、話を聞いていた信長さんから信秀さんに伝わったらしく、ならばと信秀さん主催の花見になったみたいだ。何でだ?
まあ織田家でも家中が集まりお酒を飲むことはあるし、それが花見に変わっただけだろう。一つ違うのは、今回は奥さんたちが同伴していることか。
この時代に奥さん同伴の宴会なんて、聞いたことがないんだが。これもオレたちは関係ないよ。何も言ってないから。まあ間接的には影響があるんだろうけど。
普通だと女性が登城するなんてまずないけど、ウチは普通に呼ばれて登城するからね。
信長さんは細かいこと気にしないし、信秀さんは清洲統治の過程で手伝ってから気にしなくなった。ただ呼ぶときは必ずオレと一緒に呼ぶのが、多分信長さんと信秀さんの気遣いなんだろう。
家臣の奥さんなんて一人で呼んだら、誤解されかねない時代だからね。
ああ、土田御前は今日初めて見た。意外に若いし、結構な美人さんだ。去年確か市姫を産んだからまだ三十代前半かな?
なんか元世界での歴史創作物のせいか、キツイ性格のイメージがあったけど、見た目はまあそんなこともない。まぁ、オレの人を見る目なんてあてにならないけどね。
「エルたち、大丈夫かな?」
「大丈夫であろう。お前よりしっかりしておるではないか」
ただ一つ気になるのは、やはり奥さんたちは奥さんたちで一緒に花見をする流れのようで、エルたちがそっちに行ったことか。
他家の奥さんたちと付き合いないからなぁ。心配してるのオレだけみたいだけど、ちょっと不安が。
「ああ、清酒も出すんですね」
「評判がいいようだからな。オレはあまり好かんが」
花見という名の宴会だよね。ここだけは元の世界の花見と変わらないな。お酒は金色酒と清酒を用意したらしい。
清酒は信秀さんが家臣に配ってたみたいだけど、酒飲みの評判はいい。料理も正月同様に砂糖やみりんに醤油を使っている。
一種の家中への対策でもあるのかね?
ああ、ウチからは桜餅を提供することにした。花見と言えば桜餅でしょう。
どっかのお寺さんより先取りすることになるけど。
――――――――――――――――――
織田統一記には天文17年の春に、織田家の花見が行われていたことが記載されている。
織田家と主だった家臣と奥方で、数百人は集まったとあり、当時の織田家の権勢を偲ばせている。
この花見では、同時期の畿内ですでに幻の酒と言われていた金色酒や、久遠家が製造したばかりであった尾張澄み酒が大量に振る舞われたとある。
なお、桜色に染めた餅を桜の葉の塩漬けでくるんだ桜餅が、歴史上の資料に初めて登場するのはこの花見である。
桜餅の製作者には諸説あるが、定説ではこれも久遠家が作ったとも言われていて、当時莫大な儲けを出していたと思われる久遠家が、織田家に疑われぬように気を使っていたのだという説もあるがはっきりしない。
それと大名の奥方と家臣の奥方まで集まった花見が、歴史上に最初に登場するのもこの花見になる。
こちらも経緯はよく分かってない。
ただ久遠家ではすでに女性が活躍していたこともあり、信秀が女性の能力も使おうとしたとも、急激に拡大していた家中の統制を狙ったとも言われている。
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