第93話・一向衆対策と愚か者
side:久遠一馬
政秀さんが船で京の都に向かった。本当は陸路を行こうとしたらしいが、将軍親子が近江に居るらしく避けるために船に変えたようだ。
信秀さんも政秀さんも、決して幕府を嫌ってるわけでも軽んじているわけでもないようだけど、中央の政争には巻き込まれたくないというのが本音だろう。
まあ誰だってそうだけどね。上杉も武田も朝倉もそうだろう。六角は今の当主の
近江は足利将軍がよく逃げてくるから、関わらざるを得ないのかもしれないが。なんというか足利将軍が貧乏神に見えるのは、オレだけだろうか?
「なかなか難しゅうございますな」
この日ウチの屋敷ではオレとエルとメルティに、信長さんと資清さんを交えて、岩倉・美濃・三河の情勢を話していた。
一番安定してるのは美濃だろう。半ば傀儡とはいえ土岐氏を擁してるし、道三も力押しする気は無さそうだからね。
「松平が一向衆と組めば、三河は危ういか」
岩倉もあまり状況は良くないが、今はすでに田起こしなんかの準備も始まってるから、すぐに動くことは無さそう。
逃げてきた領民の領主が、逃げた領民を密かに探させているのは少し気になるけど。
現状の一番の問題はやはり三河だ。松平宗家と一向衆の出方次第では、三河は地獄に変わる。
「松平宗家と一向衆が敵対しても危ういです。一向一揆になれば、こちらへの影響は避けられないでしょう。ですが一向衆が動くならば、我々は今川と一旦和睦し、一向宗に対しては共闘するべきかもしれません」
「今川と和睦して共闘? そんなこと可能か?」
「可能でしょう。矢作川の向こうは事実上今川領です。織田と一向衆のどちらが今川の利になるか、明白ですので。あくまでも最終手段ですが」
ただここでエルがとんでもない策を口にした。対一向衆での今川との共闘。
因縁がいろいろある織田と今川の共闘は、史実ではとても考えられなかったな。でも支配領域も安定して国力も増してる今ならば、あり得なくもないか。ただ、斯波さんのことを考えると、同盟までは難しいかな。
「確かに三河を加賀のようにされたら、困るのは今川も同じか」
最初の動機や切っ掛けはともかく、一旦蜂起したら一向衆は三河の直接支配に乗り出すかもしれない。
史実の家康はなんとか一向一揆を退けたが、今の松平広忠にその力があるのか分からない。
信長さんもビックリするような策だけど、利益と昨年からの取り引きの信用があれば不可能ではないか。
「できれば一向衆は蜂起させたくないなぁ」
「
「それしかないか」
まあ今川との共闘は、あくまでも最終手段だ。信秀さんも言ってたけど、蜂起する前に弱体化させたい。
最終的に動くと判断するのは上の人間だ。確かに上の人間を酒と食べ物で懐柔しつつ、領民と一向衆を切り離す工作が必要になるな。
この手の人の心理を突いた作戦は、メルティが得意なんだよね。
「向こうも不満を持つ人が減れば、統治は楽になるわ。潜在的な影響力の低下を、どれだけ理解できるかによるけど。お酒と食べ物で贅沢を覚えれば、そこまで考えないと思うわ」
見方によってはえげつない気もするけど。所詮は地方の寺の坊主なんだし、そこまで潜在的な影響力を考えてるとは思わないな。
この冬の対応を見ても、かなりプライドの高そうなイメージだし。
「寺領以外はいかがする?」
「そっちはもっと楽よ。飢えないように食べさせることは証明してみせたんですもの。紙芝居で娯楽を提供しつつ、それを改めて伝えるべきね。あとは一向衆以外の神職でも派遣して、悩みを聞いたりできたらいいんだけど」
織田領の方は、本證寺にあまり遠慮する必要もないからね。
やっぱり紙芝居で宣伝工作をするべきか。メルティは更に一向衆以外の宗教を、現地に入れることまで提案してるけど。
織田家の成り立ちを考えたら、津島神社と熱田神社から人を派遣してもらうのは不自然じゃないか。
まあ本證寺を懐柔する前提の策なんだろうけど。
side:織田信秀
「殿。本当に宜しいのですか? 久遠殿がもし裏切れば……」
「それで一馬を討てと?」
「奥方たちを質に取れば、久遠家は殿の物になりましょう」
五郎左衛門が京の都に向かい、ようやく苦しい冬が終わったかと思えば、春の陽気に誘われてたわけ者が現れたか。
「某だけではありませぬ。家中の主だった者が同じ考えでございまする」
「ほう。それは面白い。それは誰だ?」
いや、五郎左衛門が留守の間を狙ったか? 一馬は三郎の家臣なれど、事実上の後見人は五郎左衛門だからな。
「それは某の口からは申せませぬ」
一馬を討ち、その富を自分たちにも寄越せということか。呆れて物が言えぬとはこのことか。
「それで謀叛の兆しも見せぬ者を討つような真似をワシにしろと? そのような主君に誰が心から従うのだ?」
言いたいことは理解するし、完全に否定する気もない。
だが、欲や疑心暗鬼で、信義を無視したことをして何の得になるのだ。蝮の現状がそれではないか。
何を考えておるのだ?
「しかし、久遠殿は南蛮の間者であるとの噂が……」
「誰も南蛮に行ったことがないのに、なぜ南蛮の間者だと分かるのだ? まさか南蛮人が親切に明かしてくれたと?」
そういえばつまらぬ噂も流れておったな。一馬が南蛮の間者だと。
そもそも一馬を仕官させたは三郎だぞ。自ら売り込んできたわけでもなく、津島で遊んでおっただけではないか。それに本人も領地など要らぬと言うておるのに間者か。
そもそも、あれほど目立ち、南蛮の女を連れて歩いておっては、間者など務まるわけがなかろう。
日ノ本を侵略する尖兵か? いや違うな。それならば知識や技術は与えんはずだ。
百歩譲って仮に間者でも構わん。織田のためになるのならばな。
まあ、どうせ今川か蝮が流した流言であろう。
「ワシがまだ若い一馬の腹のうちも見抜けんほど、うつけだと思うのならば、織田家から去れ。いいか、二度は言わぬぞ。去れ!」
「ヒィッ!? お許しを!」
「もうよい。下がれ。さもなくばこの場で、その首をはねるぞ!」
あまりにも愚かで怒る気も失せそうだ。隙あらば成り上がろうという野心ならば持っても構わん。だが人の足を引っ張るだけの無能者は要らん。
「クッハハハ。兄者は大変だな」
愚か者が下がると、隣の部屋から笑い声が聞こえた。
一馬が作った澄み酒をやるといったら、飛んできた孫三郎が先程から聞いておったのだ。
「本当のうつけは自分で賢いと思うておるから困るわ」
「船があるだけで稼げるならば、ワシも船に乗るわ」
一馬を一人討ったとて、久遠家も南蛮船もワシのものにならん。久遠家をあそこまで大きくしたのは、先代までの当主とその家臣であろう。
下手をすれば武装した南蛮船が、報復として津島に攻め寄せるだけではないか。
それにあれほどの品物や知識を集めるのに、どれほどの苦労が必要か分かっておらぬ愚か者が多すぎる。
「お前のところにも似た輩が来るであろう」
「ああ、来るな。銭や土産も持たん奴ばかりがな。まだ一馬の方がいい。土産は欠かさぬからな」
やはりワシのところまで来たということは、孫三郎のところにも愚か者は来ておるな。
孫三郎の奴め。話を聞き流して土産をせしめておるわ。
抜け目のない奴だ。
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