第84話・牧場物語と硝子

side:久遠一馬


 春になったし、新たにやることがたくさんある。


 まずは馬と牛を集めることだ。これは以前から津島や熱田の商人に頼み、いい馬いい牛を集めてくれるように頼んでいた。


 その結果、噂を聞き付けた他国の馬商人なんかが、馬や牛をウチに売りに来るようになった。


 外国産のアラブ馬とか農耕用の大型馬も、じきに船で運んでくるけど、まずは日本の在来馬と在来牛を優秀なのから集めていかないと。


「やっぱり小さいな」


「日ノ本の馬にしては立派でございまする」


 ほとんど商人の言い値で買うからか、立派な馬だと滝川一族とか家臣は喜ぶけどさ。オレには立派なポニーにしか見えん。


 リアルな戦国時代だと騎馬隊なんて存在しないなんて説もあったけど、ほぼそれが正しいようだね。


 個人で騎乗して突撃することはあるだろうけど、そもそも軍に対する馬の数が違う。当然ながら部隊として馬で敵兵に突撃する仕組みはないと言ってもいい。


 一定以上の身分じゃないと馬は維持できないし、騎乗することすら許されないなんて、本当に日本人的な感じだよね。


「新兵の訓練に馬も加えようか。ダメならウチの家臣だけでも」


「いいかと思いまする。さっそく取り入れましょう」


 モンゴルじゃあるまいし、日本だと騎馬での突撃なんてできない地形が多いんだけどね。


 地形の起伏が激しいし、湿地や沼地なんかも多い。雑草だって長く伸びる日本だと、騎馬隊での突撃はかなり使いどころが限定される。ルイス・フロイスには、日本人は馬から降りて戦うなんてディスられてたし。


 とは言え移動に馬が多く使えれば、戦の負担とか移動速度は変わる。とりあえずウチの関係者はみんな、馬に乗れるようにしよう。


 ああ、牧場村の管理人。この時代だと代官になるのか。代官は滝川益氏たきがわますうじさんにしてもらうことにした。


 まだ二十代に入ったばかりの若さだし、滝川一族の年配者と一緒に人を上手く使い頑張ってほしい。


「人が集まって良かったなぁ。駄目かと思ったが」


「農地は限りがありますから。生活を保障してくれるならと考える人は意外にいましたね」


 牧場村は孤児院を併設していて、流行り病の時に捨てられた子供や老人がすでに住んでいる。他にも尾張領内の捨てられた子供や老人を集めているけどね。


 あとは若い働き盛りの人が欲しいんだけど、こちらも意外に早く集まりつつある。


 農地の分配はしないって言ってるんだけどね。代わりに禄での支払いと久遠家で生活の保障を約束した。土地に執着する時代なだけに、いい人材が集まらないかと心配したけど、流行り病の時の対策が良かったのかやる気のある人材が集まった。


 農業試験村と同じように、こちらも魚肥による土作りをしてもらっている。牧場村というけど、実際かなり広いんだよね。馬と牛ですきを使い耕してもらっている。


 牧場村は米は作らず、輪栽式農業りんさいしきのうぎょうにする予定だ。ただ麻や綿花を筆頭に幾つか試験的に植えたい作物があるので、必ずしも輪栽式農業に拘るわけではないけど。将来的に各地に植えてもらう際には成功した実績が必要だろう。元の世界だって、収穫の全てをかけて新しい作物にチャレンジする人はいない。


 麻と綿花は無毒種を遺伝子組み換えにより用意した。両方共に実が取れるし、綿花に至っては毒性のゴシポールを百パーセント除去したようなので安全だ。


 特に綿花は木綿の繊維より実の収量が多いから、長期的に見れば食糧事情も改善するはずだ。


 現状だと牧場村の農業は、利益よりはテストが優先なんだよね。




「凄いではないか!!」


 牧場村も一部の建物を建てながらも動き出したし、工業村も稼働間近だ。


 そんなわけでせっかくなんで、次の目標を兼ねて新しい商品を船で運んできた。


 信長さんも興奮したその品物は、硝子のグラスと硝子製の鏡だ。硝子のグラスは戦国時代に合わせて、お猪口と盃の形をした物を作ったみたい。


 デザインはこの時代のヴェネチアン・グラスを参考にしたけどね。


「硝子という物です。ただ、銅鏡などとは違い衝撃に弱いので注意してください」


 エルたちに聞いた話だと現代のような硝子は、この時代の日本には、まだ入ってきてないらしい。


 透き通る硝子の盃と綺麗に見える硝子の鏡に、信長さんが驚くのも無理はない。


 この時代だと鏡は銅鏡とか使ってるみたいだからね。そりゃ驚くだろう。


「殿と若様には献上しますので使ってください。新しい商品として売り出しますから」


 銅鏡ですら高級品だしね。硝子製品はいくらで売れるかな?


 あんまり大量に売ると値崩れするから、ちょっとずつ売りながら様子を見よう。


 信長さんと信秀さんには大きめな鏡と、グラスを各種献上して、売るのは手鏡サイズにしようか。


「わん!」


 おっ、ロボも鏡に興味を示したな。日本で初めて鏡を見た犬になったぞ。でも鏡に映った自分に吠えても無駄だよ。


 そんなクンクンと匂いを嗅いでも誰も居ないって。友達でも欲しいのかな? お嫁さんの前に一緒に遊べる相手探すべきかな。ただ、犬は上下関係のある群れを作るから難しいかな。


「これは素晴らしい物ですなぁ」


「高級品として売るつもりです。平手様にも差し上げますので、おひとつどうぞ」


 カルチャーショックに近いんだろうね。この時代だとこんなに鮮明な鏡はないし。政秀さんも硝子の美しさに見入られてるようだ。


 鏡は日本風に漆塗りの枠を付けて手鏡として売る予定だ。


「一馬殿。これは単に売るだけでは少し勿体ないですぞ。先に朝廷に献上するのはいかがか?」


「朝廷にですか?」


 オレとしては今川辺りが高値で買ってくれることを期待してるけど、政秀さんからは予期せぬ意見を言われた。


「朝廷に献上すれば話題になりましょう。日ノ本各地の諸大名から寺社まで欲しがりますぞ」


「しかし中央とあまり関わると、ろくなことにならないのでは? 戦と和睦を繰り返してるそうですし」


 そういえば政秀さんが信秀さんの名代として、朝廷に献金したんだっけ? 朝廷とか畿内の事情に詳しいのか。


「献上はあくまでも殿の御名で行えばよろしいかと。それに尾張から畿内までには他国の領地があります。それほど無理難題は言われませぬよ」


 確かに朝廷には接触する必要はあったんだよね。いずれ幕府と対峙する時のために、朝廷には恩を売り一定の友好と信頼関係は築きたい。


「大丈夫なのですか? あまり騒がれてウチの島の領有権や、貿易のことを聞かれると厄介では?」


「それはいずれ騒がれるでしょう。ですから先手を打って朝廷に献上品を贈り、先に関係を築くべきですな。誰かが騒いだら銭と朝廷の権威で黙らせればよろしいでしょうからな」


 朝廷に関してはエルたちも調べてるけど、思ってた以上に貧しく厄介なんだよね。


 元の世界の感覚だとあまり理解できないけど、朝廷の権威は堕ちてはいても、幕府がもっと堕ちてるから権威はある。


 ただ政秀さん。かなり外交的なスキルが高いね。


 朝廷を利用する気満々なとこにびっくり。


 悪い話じゃないか。エルたちと信秀さんと相談しながら検討しようか。

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