第70話・天文17年始動と三河の親狸
side・久遠一馬
七日を過ぎると正月も終わり、日常生活に戻った。
新しい年だし心機一転といきたいとこだけど、清洲の雑務はまだまだ残ってるんだよなぁ。
ああ、アンドロイドのみんなもほとんどが島に帰った。宇宙要塞とか島でも仕事があるからね。
「殿。足軽百名の人選が終わりました」
「ご苦労様。とりあえず最低限の礼儀作法と、訓練をさせるからよろしく。言うこと聞かない人は解雇で」
「はっ」
清洲の雑務で忙しいオレたちだけど。先日の清洲との戦で雇った者から、常勤雇用として兵を雇うことにして一益さんとセレスに人選を頼んだのが決まったらしい。
領地となった牧場の警備は当然として、工業村とか病院とか学校も計画しているから、警備する兵は百名でも足りないほどだ。
当面は滝川一族から最低限の礼儀作法を学ばせ、ジュリアとセレスに戦闘訓練を任せる予定だ。
戦闘訓練は信長さんとかその小姓さんや悪友の悪ガキたちや、ウチの家臣たちにもしているから、教える人数が増えるだけだ。
「ずいぶんと送るのだな」
「三郎五郎様の安祥城は落とせませんから」
信広さんに送る兵糧には、先日約束した餅米・小豆・砂糖に水飴も加えて大量に送ることにした。
信長さんはいいのかと言いたげだけど、今川と三河を舐めたら痛い目を見るのは、史実からも明らかなんだよね。
もちろん信長さんと信秀さんの許可は取ってある。織田の力を見せるのに、これほどわかりやすいものはない。ただ、信長さんが想定していたよりも量が多かったのだろう。
「そういえば佐治殿の件はどうなりました?」
「許可はするが、具体的にはお前に任せるそうだ。ただ佐治水軍は尾張の海の守り。粗末には扱えん」
「わかりました。では一度大野城に行きましょうか」
知多半島を拠点とする佐治水軍の佐治さんは、前に南蛮船に乗せて興奮していた人だ。
正月の酒宴の時に佐治さんから、南蛮の船や航海技術を教えてほしいと頼まれたんだよね。
特に佐治さんが欲しがってるのは動滑車みたい。あと
オレはてっきり竜骨とか、帆の張り方に興味があるもんだとばっかり思ってたんだけどね。もっと実用的なところに興味があったようだ。
佐治さんには信秀さんの許可が下りたらって言っておいたんだけど、南蛮船の技術はウチの技術だからね。信秀さんに丸投げされたんだ。粗末に扱わなければ、見せる範囲はウチで決めて良いって。
「しかしまあ、あんなにあっさりと頭を下げられるとは」
「よきことではないか。優れた者に教えを請うに躊躇せぬのは立派だ」
やることはいろいろあるんだけどね。佐治さんには頭を下げられて頼まれたから、早めに動かないと。
何かと誇り高い武士が多い中で、佐治さんは酒宴の席で他の武士がいる前で、オレに教えを請うように頭を下げたんだ。
あんまり駆け引きとか貸し借りとか、政治的な考えのできなさそうな人だけど、尾張の制海権を握ってるのはあの人だから信秀さんも気を使ってるしね。
信長さんもその決断の速さを気に入ったみたい。
無駄なことを嫌うからね。信長さんは。
うーん。知多半島に行くなら、水野さんのとこにも顔を出すべきかな。
佐治さんに頼まれたとはいえ一方的に優遇して、今後関係がギクシャクしても困るし。
パメラとセレスが三河に行った際には、水野さんには兵糧運搬とかでかなり気を使ってもらったからね。
知多半島から三河の矢作川西岸の安定は必要なことだしね。
機会を見て行かなきゃ駄目か。
side・松平広忠
「たわけが。何故勝手に村を襲った?」
「何故とおっしゃいましても。あちらは裏切り者。攻めて手柄と言われるならわかりますが、叱責される覚えはありませぬ」
呆れてものが言えぬとはこのことか。城のひとつでも落としたならわかるが、ろくな兵もおらぬ村を襲うなど野盗と変わらぬではないか。
それが織田に利すると何故理解できぬのだ。今川から来た軍監目付の与力が呆れておるのが何故わからぬ。
「もうよい。下がれ」
理由は理解しておる。食い物が足りぬのだ。
向こうも同じはずであったが、まさか織田が領民に賦役をさせて飯を食わせるとは。
確かに敵方の村を襲えば、敵方に打撃を与えられこちらは食料が得られる。だがそれでは向こうの領民を、敵に回すだけではないか。
織田はこれ幸いにと、また賦役をさせて飯を食わせるのであろうな。狙うなら城でなくてはならんのだ。それなのに。
「
「殿のお考えは間違ってはおりません。されどやらねば、こちらの領民や国人衆が離れてしまいます」
今川に臣従し、我が子である竹千代すら人質に出した。織田に竹千代を奪われてからは、切る覚悟を見せたのに今川は何もしてくれぬ。
家中は松平宗家の独立と親今川、それと織田に寝返りたい者で統制がとれぬのだ。どうすればよい?
「川一つ向こうは流行り病にかかった子供や老人ですら、飯が食えて薬が貰える。対するこちらは働ける者すら食べ物が足りぬ。ワシでも一介の国人ならば織田に付くであろうな」
あれほどの兵糧だ。織田とて楽ではあるまい。噂に聞くところによると医師は家臣とした者の奥方で南蛮の女だと聞く。
わざわざ家臣の奥方を出してきたのだ。向こうは本気で三河を獲る気なのであろう。
人払いをした寝所で平八郎のような、僅かな心許せる者にしか本音を言えぬワシの立場が松平宗家の現状だ。
「巷の噂では今川と織田は、和睦を考えておるとか」
「今回の件で矢作川の向こうは、より一層織田に
皆、松平と自分の家のことを考えてのことであろうが、東三河はすでに今川に奪われたも同然。西三河は織田と今川の、草狩り場にされてしまうばかり。
父を尾張で亡くし、ワシがこうして松平宗家を継げたのは今川のおかげと今までやってきたが、間違いであったか?
気が付けば三河の大半は、今川のものとなっておる。
だが織田には付けん。家臣はみな今川に人質を取られておるのだ。ワシが織田に付けば松平は終わる。
「考えてみれば竹千代は織田に行って、良かったのかもしれぬ」
「なにをおっしゃいまする!」
「織田と今川のどちらが三河を支配しても、松平宗家は残るであろう。ワシのために尽くしてくれるそちらには悪いがの」
竹千代は織田の下で、松平宗家を背負い生きるのも悪くはなかろう。母は織田に臣従した水野の家におるのだ。織田に尽くせば会うことも出来よう。
唯一の懸念は信秀が竹千代を始末することだが、あの男のことだ。三河を取るための傀儡にでもするであろうな。
それでも生きておれば希望はある。
今川に頼ったワシが間違いだったのかもしれぬな。
◆◆
通称・平八郎
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