第56話・清洲攻略戦

side・坂井大膳


「いくら集まった?」


「八百というところか」


「馬鹿な。何故もっと集めんのだ!」


「ワシに言うな! そもそも守護代様が居ないのに、誰が大将になり戦をするというのだ!」


 大和守やまとのかみ家も終わりか。


 扱いやすい信友を養子に迎えて、ワシら重臣で差配するという体制が悪かったとは思わん。そうでもしなければ、大和守家はとっくの昔に信秀に飲まれていただろう。


 まあ信友の気持ちも分からんでもない。分家から養子に来ただけで実権も上手く誤魔化し与えてない男が、大和守家のために働く気などあるはずがない。


「くっ、河尻め! 守護様と守護代様まで拉致されたにもかかわらず、敵前逃亡するとは!」


 拉致された? 違う。守護様も信友も自ら逃げたのだ。


 信秀の力は、未だかつてないほど強い。無惨な負け戦となり、責めを負わされるのを嫌ったのだろう。


 まさか戦の前日に逃げられるとは、さすがに思わなんだがな。


「兵には守護代様が体調を崩されたと言うてある。まさか居ないとも言えんしな!」


「八百では籠城しかないな」


「馬鹿な。最初から城に籠ってどうする! 少ないからこそ、討って出ねば籠城にもならんぞ!」


 勝ち目がないのは最初から分かっていたことなのだ。それを今更騒ぐとは、愚か者どもが。問題はいかに和睦に持ち込むかなのだ。


 相手は勝ち戦に浮かれているはず。そこを叩き籠城して頃合いを見計らうしかあるまいな。




side・久遠一馬


 那古野を出発した軍は、長々と列を作り清洲へと進軍を始めた。ちなみにウチの軍は最後尾近くになる。いや大砲が重いから遅いんだよね。ウチの軍は。


 一応最後尾には奇襲を警戒して、ベテランの武士の兵が付いてるけど。


 進軍自体も大河ドラマなんかにあるような、規則正しい隊列を組んだ進軍じゃなく、バラバラに歩きながら進む乱雑な進軍だ。


 もしかして隊列を組むことから、教えなきゃダメなの?


「八郎殿。戦はいつもこんな感じで?」


「勝ち戦ですからな。状況が違えばまた違います」


 関所を越えて清洲領へと入ると、途中の村には誰も居なく無人の村しかなかった。


 徴兵された人以外は、戦に巻き込まれることを警戒して逃げたんだろうね。




「出てこないか?」


「兵の数が違いますからな」


 清洲の町の前に軍勢は到着したが、そこにオレたちを待ち構える敵兵の姿はない。


 町は水堀で囲まれていて橋が架けられているが、その橋ですら破壊されてないのは少し気になる。


「もしかすると、町の中で待ち構えているのかもしれません。季節的に空気が乾燥してます。我々が町に入り、乱取りしてる最中に火を付けて襲えば……」


 信秀さんは今回の戦でオレたちの進言を聞いてくれたのか、乱取りを禁止した。 しかし一般的には乱取りをしないのは、まずあり得ないという。 


 敵がそれを知らずに、こちらが乱取りに町に入ったところを待ち構えているとすれば?


「進言した方がいいかな?」


「不要でしょう。物見が出されると思います」


 エルの語る可能性に進言に行くべきか迷ったけど、確かに信秀さんは一部の兵を物見に町に行かせていた。


「火だ!」


「味方か?」


「違いますね。燃えるのが早いです。油でもなければ、あんな燃え方はしません。恐らく物見の兵と敵兵が接触したのでしょう」


 程なくして町から火の手が上がり、味方が少しざわめいた。


 清洲の人間もウチの兵には居るからね。


「自分の町に火をつけたのか」


「どのみち乱取りされるなら、先に燃やしてしまえということでしょう。背水の陣のつもりかもしれませんが」


「でもさ。自分達の町を燃やしてどうするよ。戦が終わったあと困るだろうに」


「今のことで精一杯なのですよ」


「そうですな。言い方は悪いですが清洲の町は、守護様や守護代様の町。敵方の重臣たちは、そんな町よりも自分たちの所領を守りたいのでしょう。その為には大殿に力を見せて、和睦する必要があると考えたのでしょう」


「頭が痛くなるな。戦乱が終わらんはずだ」


 せっかく味方に町を焼かせないように頼んだのに、なんで敵が焼くのさ。しかも資清すけきよさんが代弁したその理由が、あまりに馬鹿過ぎて呆れちゃうよ。


「申し上げます! これよりお味方は町に突入して消火と制圧を行います。久遠様におかれましては大砲を扱うため、このまま待機せよとのことです!」


「了解しました」


 町の各所から火の手が上がり、物見が戻ってきたようだ。信秀さんは町の制圧に乗り出すらしい。このまま見てるのもシャクだからだろうな。


 でも戦慣れしてなく大砲があるウチの軍は待機か。


「若様も待機のようですね」


「行っても消火活動するだけだからなぁ。ウチは火傷の治療準備でもしとくか」


 町から上がる火の手に、信秀さんは自ら軍を率いて町に突入していった。


 信長さんとかウチとか半分近くの軍は残されたけど。火の回り方次第では町を放棄するんだろうし、全軍で突入するのは危険だからか。




「やれやれ、やっと町に入れるな」


 それから半日ほどで町の火はなんとか消して、町を制圧したらしい。そもそもこの時代の消火は、建物を破壊して延焼を防ぎ消火するので、清洲の町は火事と消火であちこち焼け落ちたり破壊されたみたいだけど。


 ただ敵兵の数が少ないようで、大規模火災にならなかったのが幸いだった。


 ウチの軍はこの半日、火傷や怪我人の手当てをしつつ待っていた。


 ああ、敵はやっぱり籠城したらしい。やっと出番だよ。


「さてと、練習のつもりでどんどん撃って」


「はっ、かしこまりました」


 大きな大砲をみんなで運び正門が見える位置に来ると、弓矢を防ぐ盾で防御しながら大砲の出番だ。


 こんな時のために一益さんには大砲の撃ち方を教えてある。結構大きな城だしね。弾がなくなるまで遠慮なく撃てばいい。


 運んできた大砲は四門。信長さんを始めとして味方が注目する中での砲撃だ!


 その瞬間、火縄銃とは比べ物にならない砲撃音が辺りに響き、味方が静まり返る。まだ火縄銃でさえ珍しい時代に、大砲なんて見たことも聞いたこともない者が大半だろう。


 もしかすると未知の超兵器にでも見えてるかも、と考えたら可笑しくなる。


 一撃目は城門の上に逸れて、城の中から着弾した音がした。


 城門や城壁には多くの兵の姿があり、弓でこちらを狙っていたが、大砲の威力に早くも騒然として騒ぎになる。


「籠城できるかな?」


「無理でしょう」


 一益さんはどうやら城門を狙っていたらしく、狙いを更に修正して再び城門めがけて大砲が火を噴く。


「当たったね。誰か偉そうな人が吹き飛んだみたい」


 二撃目も城門を逸れたが、こんどは城壁に直撃して城壁の上にいた偉そうな武士を吹き飛ばしてる。あれは死んだかも。


 そして城壁をあっさり破壊したことで、味方の士気が一気にあがり歓声が聞こえてきた。


 悪いけどちんたらと兵糧攻めなんてしないよ?


 弾は百発持ってきたんだ。明日の朝までには片付けてやる。


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