第55話・忍ばない忍びと戦の始まり

side・セレス


「死にたくない者は去りなさい。守護様と守護代様は自らの意思で城を出たのです。最早貴方たちに大義はありません」


 目の前に居るのは精鋭とも言える武士と小者が十人か。直ぐに那古野の方角に来たことを考えても、有能な武士でしょう。


 引かぬでしょうね。覆面をした賊の言葉など信じる方が不自然。


「ほう。足留めは女の素破すっぱか。信秀にはまともな素破もおらんようじゃの」


 結構な年です。四十代後半でしょうか? 身なりからかなりの地位だと分かります。


 武士はこちらを警戒しながらも兵を動かし、私とジュリアを包囲しようとします。これは案外大物かもしれませんね。


「人を見た目で判断すると痛い目を見るよ?」


「世迷い言を。所詮は女。物の数に入らぬわ!」


「やってみるかい?」


 ジュリア。悪い癖が出ましたね。これはゲームのプログラムで作られた敵ではないのですよ。楽しそうに相手を挑発してどうするのです。


「お前たちは逃がさぬように包囲しておれ。こやつらはワシが一人ずつ始末する」


 ……どうやら相手も同類ですか。馬鹿ですね。この場で貴方がすべきことは数の力で始末すること。一騎討ちを楽しむ場ではないのですよ。追えば間に合うかもしれないと、考えないのでしょうか?


「どうせ追っても間に合わぬ。殿まで出ていかれては、大和守やまとのかみ家は終わりだ。大膳ごときには相応しき結末だ」


「へぇ。そこまで分かってるなら、降伏するかい? 家族と家の存続は保証するよ」


「素破風情が何をほざくか」


「アタシは名乗れないけど、名を聞いていいかい?」


「織田大和守家家臣、河尻与一」


「へぇ。大物だね。そろそろ行くよ」


 空気が変わりました。私とジュリアを囲む兵たちは、河尻与一とジュリアの放つ雰囲気に飲まれています。今なら倒すのが容易なのですが。全く困りましたね。


 河尻与一は槍です。しかも雑兵が持つような粗悪品でない、上物の槍。対するジュリアは忍刀。


 ジュリア。やはり守られる側になって、戦えないストレス溜めてましたね? わざわざ忍者のような衣装や武器まで用意して来たんですから、来る前から理解してましたけど。


「来い!」


 河尻与一。中々の腕前ですね。惜しむべきは年齢のせいで、身体能力が低下していることでしょうか。


 先手はジュリアですか。というかジュリアに先手を取らせたら一撃で終わってしまいますが。


 刀を構えて動き出したジュリアに、河尻与一は槍を突き出します。並の人間ならば避けられないでしょう。


 ですが戦闘型アンドロイドにとっては無意味。まして槍はその長さ故に攻撃のパターンが限られています。


「馬鹿な……ワシの槍が……」


 河尻与一の突きを紙一重で避けたジュリアは、そのまま忍刀で彼の槍を手元から切断すると、首筋に刃を突き付けました。


 ジュリア。貴女という人は、本当に手加減しなかったんですね。


「いい突きだったよ」


「殺れ。我が首を手柄とするがいい」


「河尻様!!」


「下がれ!」


 勝敗は決しました。ジュリアはすっきりした様子で、河尻与一は己の敗北を認め力なく座り込むと、首を討てと差し出しました。敵ながら立派な武士です。


「素破!?」


「せっかくだけど、手柄を立てて目立つのは困るのよ。アタシは謎のくノ一だから」


「何をふざけたことを!」


「それに死に急ぐ奴は嫌いなんだよ。せっかくの命を無駄にする奴は特にね」


「無駄だと!」


「アンタに誇りと生き方があるように、アタシにも誇りと生き方がある。アタシはアタシの生き方を貫くだけよ」


「貴様!」


「気に入らないなら、アタシを探してみな。見つけたらまた相手してやるよ」


 味方は完全に撤退しましたね。追っ手も続々集まってるようです。私たちも撤退しなくては。


「いきましょう。任務完了です」


「そうだね。じゃあ、楽しかったよ」


「まて! 貴様ら!!」


 滅茶苦茶ですね。ジュリア。好きに戦い終わったら放置するんですから。


 まあ目的は達しましたし、問題はないんですが。


 河尻与一が何やら叫んでますが、もう付き合い切れません。


 帰ったらジュリアを注意してもらわねば。




side・久遠一馬


  凄いね。那古野は普段だと考えられないほど、多くの兵が集まってる。


「五千ほど集まったようです。勝ち戦だと見てる証でしょう」


「ウチも五百も集まったしなぁ。八郎殿。乱取りだけはさせないようにお願いね」


「はっ。お任せを」


 総勢五千ほどでウチはおよそ五百の兵を集めた。まあ全員が戦闘要員ではなく、百五十は信長さんが許可しちゃったから、ケティとパメラを加えて衛生兵にする予定。


 勝ち負けが分からぬ戦では無理だろうけど、戦は那古野から目と鼻の先にある清洲が相手。しかもほとんど勝ちが見えてる戦だけに、実験的な衛生兵を試すには絶好の機会だろう。


 オレは兵を滝川一族に任せて、那古野城で行われる戦前の評定に行かないと。




 那古野城に集まった武士たちは、一様に表情が明るい。知多半島の臣従に続き清洲もと、意気込む者が多いみたい。


「久遠殿、今日の戦。初陣ですな」


「これは大橋様。ありがとうございます」


「あまり気張らずに、いつもと同じで無理はなさらずに。まあ無理をする戦には、ならぬでしょうがな」


 ちなみにオレは武士になって初めての戦なので、初陣扱いらしく知り合いに声を掛けられてる。


 林通具の時もあるけど、あれは戦にカウントしないらしい。


「野戦にならないかもしれません」


「ほう。何かありましたか?」


「ええ。私の口からはまだ申せませんが、すぐに分かりますよ」


 大方の予想は最初は野戦で戦い、籠城するだろうと見てる。でも野戦はないだろうね。清洲の大将はここに居るし。


 ジュリアとセレスが信友まで連れてきちゃったからなぁ。




 評定の間に集まった諸将の中で、ニヤニヤと一人楽しそうなのは信光さんだ。まだ他の人は知らないからね。


「さて戦の話をする前に、会わせたい御方がいる」


 上座に座っていた信秀さんは自ら上座から退くと、こちらも少し意地悪そうな笑みで、上座に座るべき人を呼ぶ。


「なっ……」


「守護様! それに守護代様!?」


 歴戦の武士である者たちが、鳩が豆鉄砲を食らったような表情で固まっちゃった。


 無理もないよな。これから戦をしようって相手の大将と、その傀儡が居るんだから。


「少し事情が変わってな。今日の戦。大和守家を私物化する、謀叛人との戦になった」


「敵は坂井大膳じゃ。ワシはな。そろそろ尾張国内での戦を無くしたいと思うておる。遠江を奪った今川は、すでに三河の半ばまで侵攻して次は尾張ぞ。此度の戦で清洲を。そして尾張を弾正忠殿の下で纏めよ。よいな」


「はっ」


 ジュリアとセレスが言っていた通り、守護の斯波義統しばよしむねさん。なかなかの人みたいだ。


 確か苦労人らしいしね。


 長いこと傀儡にされた、恨みなんかもあるんだろう。でもここで自分が立つと言わない辺りが、賢いというか手強いというか。


 何気に清洲だけでなく、岩倉城の伊勢守家との大義名分までくれたか。


 この人の息子は空気が読めずに追放されたはずだけど、ここで清洲を弾正忠家が手に入れたら、斯波武衛家はどうなるんだろ?


 どのみち自分に実権が戻らないことは理解してるはず。


 まあ、全ては清洲を落としてからの話か。


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