第38話・謀叛人の末路

side・エル


「美作守様。所領に火をかけて、こちらの方に向かってきております!」


「大橋様に知らせてください。八郎殿は戦支度を。津島に入る前に迎え撃ちます」


「しかし御方様。まだ来ると決まったわけでは……」


「領内に火をかけたのです。それを逃がしたとあっては、織田家の面目が潰れます。来なければこちらから捕らえに行きます。責任は私が取りますので、支度を」


「はっ。ただちに」


 林通具。思っていた以上に愚かな男のようですね。史実では兄の林秀貞殿が、上手く扱っていたのでしょうか?


 自らの領地に火を掛けるような愚かな男は、この機会に討った方がいいでしょう。


「エル。アタシも出るよ」


「津島の防衛は大橋様の指示に従ってね」


「分かってる」


 津島に来て以降、増える資金を使うために鎧兜は尾張で揃えましたし、万が一を想定して私たちの鎧兜も作らせました。


 女が戦に出るのかと商人に怪訝な表情をされましたが、若様が籠城戦では必要であろうとお口添えしていただいたことで、作らせることができました。


 相手は林通具と僅か十人の雇われ兵。戦にもならないでしょう。でも私たちが守られてるだけではないと、人々に知らしめるためには私たちが出なくては。




「これはエル殿。相手は十名足らずだとか」


「はい。十人も雇われ兵のようです。すぐに逃げ出すでしょう」


「少し大袈裟な気もしますが、町を焼かれては困りますからな」


「ちょうどよい訓練だと思い、支度させました。勝手なことをして申し訳ありません」


「いえ、構いませぬ。逆に、美作守殿を逃がすと面倒なことになるやもしれませぬので、これを機会に捕らえるか、討つかしましょうぞ」


 突然の知らせでしたが、町の入り口には大橋様と津島衆が百名ほど。ウチの兵は私とジュリアとケティを合わせて十五名。


 私たちが鎧を着て出てきたことに、少し津島衆の方々は騒がしくなりましたが、大橋様は気にされた様子もなく容認してくれたようです。


 海賊や盗賊相手に戦うこともある津島衆は、この手の騒動に慣れているのでしょうね。数は多くありませんが火縄銃もあります。


 私たちが津島に保管している火縄銃四十丁のうち、三十丁を大橋様に使っていただき、一気にけりをつけましょう。




side・久遠一馬


 どうやら間に合ったらしい。津島の町の入り口は物々しい雰囲気になってる。


「重長、まだ来てないか!」


「はっ」


 大橋さんを始めとして百人近く居るのはいいんだ。問題なのは何でエルさん、貴女たちが出てるの? 相手はたかが十人程度の敵なのに。


「よし。半分借りるぞ。捕らえに行く!」


 信長さんは大橋さんから津島衆を借り受けると、そのまま自身が先頭に立ち、林通具を捕らえに行くと言い出した。


 まあ当然か。待ってる必要もないし、逃げられたり、領内を荒らされたら困るしね。



「ジュリア。出てくる必要、無かったんじゃないか?」


「守られてるだけなんて、性に合わないよ」


「よいではないか。船では戦っていたのであろう? ジュリア。行くぞ」


「さすが、若様。分かってるじゃないか」


「ただし前に出過ぎるなよ」


 兵はすぐに編成され信長さんを大将としてオレも同行することになったけど、大橋さんは津島防衛の為に残された。


 オレ自身は鎧まで着ているジュリアに、ちょっとやり過ぎだと思ったけど、信長さんは気に入ったみたい。


 実際ジュリアがウチでは武芸を家臣に教えてるの見ているし、信長さんですら参加しているから慣れてるんだろうけど。


「申し上げます! 林美作守様。途中の村を襲いながら、こちらに向かっております!」


「チッ! 行くぞ!」


 兵の編成も終わり進軍しようとした時、林通具に付けた監視からの新しい知らせが入った。


 十一人しか居ないのに途中の村まで襲ったの? いったい何考えてるのさ!


 オレたちは先頭を切る信長さんに続き、林通具のもとに急いだ。




「美作守!! 」


「誰かと思えば、うつけ殿ではないですか。大将が先陣を切るなど、やはりうつけはうつけだな」


 オレたちが林通具を見つけた時には、十人と聞いていた兵が五人にまで減っている。


 見た目は立派な鎧兜を身に纏っているが、返り血を浴び野盗のごとき兵を五人従える姿は、武士というより盗賊の頭にしか見えない。


「大将が命を懸けずに、何故兵に戦えと言える!」


「ふん。実際の戦も知らぬくせに、口だけは立派だな。あの老害の五郎左衛門に似たか?」


「貴様ぁ!!」


「若様。単なる挑発ですよ。家臣にも領民にも見捨てられた人にできる、最後の悪あがきです」


 林通具は先頭の信長さんを見ると笑みを見せて、信長さんを挑発し出した。


 周りは湿地で泥濘ぬかるみ、とても戦えるような場所ではない。道の幅は車一台通れるかどうかの狭さなので、連れてきた兵で包囲するのは難しいかもしれない。


 多分林通具は、それを理解して信長さんを挑発している。


 この場を切り抜けるには大将の信長さんの首を取るしか方法はないと考えてるんだろうし、尾張から出奔しても信長さんの首を取ったという事実があれば、彼の誇りを満足させることができるんだろうね。


「ほう。貴様が南蛮崩れか。穢らわしい南蛮人など、ワシが全て始末してくれるわ」


「御自分の無能さに気付かない愚かな貴方に、何を言われても気になりませんよ。南蛮に面白い言葉がありますよ。『無能な味方より有能な敵の方が役に立つ』と。ただ貴方を見ていて思いました。無能な味方ほど怖いものはないとね。織田家が大きくなる前に、居なくなってくれて助かりましたよ」


 信長さんは若いね。相手の挑発だと多分理解してたんだろうけど、林通具が政秀さんの悪口を口にした途端に激昂した。


 周りのお供のみなさんも固まっちゃうし、信長さんは今にも自ら駆けていきそうだから、オレが止めないとダメじゃん。


「クッ、その首。必ず取るからな!」


「逃がしませんよ。若様」


「撃て。一人残らず討ち取れ!」


 オレが信長さんを止めると林通具は、苦虫を噛み潰したようにオレのことも挑発するけど、乗るほど単純じゃないんだよね。


 その間に連れてきた兵たちは、弓や火縄銃の準備を整えて狙いを付けてる。狭い道とはいえ火縄銃はしゃがんで撃てるし、弓はその上から撃てる。


 別にオレが指示したわけじゃないけどね。みんな戦に慣れてるから当たり前に準備をしてた。


 最後は林通具たちが逃げ出したけど、怒り心頭の信長さんの下知により火縄銃が撃たれ弓が放たれる。


 話ができる距離に居たんだから、命中率も何も関係ない。


 林通具と五人の兵は、逃げようと背を見せた瞬間に倒れて息絶えた。



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