第12話・若と爺と一馬と

side・平手政秀


 ワシは、世間が言うほど若がうつけだとは思っておらん。


 勉学も武芸も人並み以上に学び会得しておるのだ。


 だが若が何故あのような格好で外を歩き、礼儀もなにも知らぬような態度で人に接するのか理解できぬ。


 寂しいのかとは思う。幼き頃より父と母と離れて暮らしているばかりか、母である土田御前様は若より弟の信行様を溺愛しておられる。


 しかし、もう元服したのだ。一人前の武士として、きちんとしてほしいと願うのは間違いなのであろうか?


「爺。一人家臣を召し抱えることにした。禄と那古野に屋敷を用意してくれ」


「どなたを召し抱えるので?」


「津島に来た南蛮船の商人だ。細君が多いようでな。少し広めの屋敷にしてくれ。津島にも屋敷はあるが、商売もあろうから落ち着ける屋敷が那古野にもあった方が良かろう」


「若。南蛮船を持つような者を召し抱えるならば、相応の禄を出しませんと、織田家が笑われてしまいますぞ」


 この日、若はいつになく機嫌よく戻られた。話を聞いてみたら、なんと南蛮船の商人を召し抱えたという。


 若い商人が南蛮船と共に津島にやってきて、住み着いたというのは知っているが、まさか召し抱えるとは。


「親父には話した。禄は任せる。商いと交易は続けるようだから食うには困らんらしいが、船は沈めば大損をするからな。商売を広げたいらしい」


 織田弾正忠家は比較的新しい家故に、新規で召し抱えることは特に珍しくはない。


 されど南蛮船を持つ者を召し抱えるとは。普通に考えて、仕官したいと言えばどこの大名家でも欲しがるであろう。


 何故若に仕える気になったのだ?


「若。何をお考えなのか、某にはお話しくだされ」


「……爺。オレは今の世を変えたいのだ。裏切り裏切られるのが当たり前で、つまらぬ戦ばかりしているこの日ノ本を変えたいのだ」


「若……」


「ずっと分からなかった。どうすればいいのかがな。だがあの者たちを見て分かったのだ。日ノ本の外には、広い世の中があると」


 元々若は口数が多くないが故に、周りは若を理解出来なんだが。まさか若が、そのようなことを考えていたとは。


「若。それは難しゅうございまするぞ」


「できる。必ずな。その為には爺と、あの者たちが必要なのだ」


「分かり申した。某は若にどこまでも、ついていきまする」


 武士らしい夢だ。やり方は違えど、自らの力で天下を平定しようとは、武士ならば一度は夢に見るもの。だが若は夢ではなく本気だ。


 ならば服装や態度も、若なりに考えがあってのことなのだろうな。


 若は武士に疑問を持ちながらも、誰よりも武士らしいのかもしれぬ。


 ならばワシは、最後まで若を信じついて行きまするぞ。


 さて。悩める若に希望を見せた者たちは、果たしてどんな者たちなのやら。


 この年で楽しみが増えたわい。



 

side・久遠一馬


 信長さんに那古野の屋敷を貰った。いや、家は一つで十分だよ。


「商いもするのであろう? 津島の屋敷は酒造りなどで落ち着かんかと思ってな」


 津島の屋敷と同じく広い屋敷だ。那古野でも一番大きな部類に入る屋敷かもしれない。


 確かに津島の屋敷は、雇うことにした信長さんの悪友の人たちがよく来てるしね。商売の拠点にするのも悪くないか。


 こう、意外に細かいとこに気を使うよね。信長さんって。


「それより、禄が多過ぎでは?」


「一馬殿は南蛮船を複数持っておられるとか。そのような人を足軽のように抱えれば、織田家が笑い者になりますのでな」


 この日は那古野城まで挨拶に来ていたんだけど、突然屋敷を与えると言われたんだよね。


 ああ、禄という給料は年に五百貫。


 石高に直せば千石から二千石あたりになると思うし、さすがにビックリしたんだけど。


 あんまり詳しくないけど、足軽とかそんな扱いじゃないよね?


 禄を決めたのは、どうやら信長さんの守役の平手政秀さん。確か五十過ぎだったはずだし、この時代だとお爺ちゃんになるんだろうね。


「一馬殿。それより銅から金と銀が取れるというのは……」


「事実ですよ。微量ですけどね。信頼できる職人を用意していただけたら、やり方を教えますよ」


「にわかには信じられぬのだが……」


「明などではある技術ですから。絹や綿も向こうでは売るほどある国ですからね。一度お見せしますよ。それが一番でしょう」


 屋敷を案内してもらいながら、先日信秀さんにも話した南蛮吹きと銭の鋳造の話を政秀さんとするけど。やっぱり一度やってみせないと半信半疑なんだろうね。


 政秀さんには蜂蜜酒を贈っておこう。こういう実務に長けた人って、この時代に慣れてないオレたちには必要不可欠だ。




「鶏でも飼おうかな。卵が食べられるし、増やして鶏肉も食べたいし」


「わざわざ飼うのか?」


「鶏はそんなに広い場所必要ありませんしね。卵は美味しいですし、明や南蛮では食べられてます」


 こっちの屋敷も庭は広いね。一部は家庭菜園にするとしても鶏の飼育は始めたいな。


 手間があんまり掛からないし、個人でできるしね。


 政秀さんとは一度南蛮吹きを見せることで準備することにして別れて、信長さんと貰った屋敷を見てたけど。ふと鶏を飼うことを思い付いた。


「そうなのか。確かに卵も食えると聞いたことがあるが」


 この時代だと昔の朝廷が出した法によって、鶏も食べるの禁じられていたままだってのは本当らしいね。


 まあそんなのほとんどの人は知らないんだろうし、風習として残ったままなだけなんだと思うけど。農村辺りだと食える物は何でも食べてるだろうし、実態はいろいろあるのかもしれない。


 しかし食べる物じゃないという認識が、信長さんにもあるみたいだね。よく考えればいいとこのお坊ちゃんなんだし、食べる物に困った経験もないんだろうし当然か。


「南蛮の料理とか菓子とか作るのに、必要なんですよ」


「ほう? 南蛮の料理や菓子か」


 卵は栄養あるし、食べるのを流行らせたいね。信長さんは南蛮の料理と聞くと少し目の色が変わった。


 今まではこの時代にない料理は出さなかったしね。


「気にしないのであれば、今度お出ししますよ」


「うむ。頼む。美味かったら城でも鶏を飼おう」


「怒られますよ」


「戦になれば食料にもなるし、いいではないか」


 そんな目の色を変えなくても、食べたいなら今度出すのに。というか城で鶏を飼うとか、気が早すぎだよ。


 栄養あるし、火を通せばお腹壊すこともまずないしね。戦国時代の人には勧めたい食べ物なんだけど。


 牛よりは抵抗感少ないんだろうね。


 できれば牧場と養豚もやりたいんだけど。若様の悪友に暇な人多いみたいだし、冬の間にどこかに牧場だけでも作りたいな。


 初めは食用じゃなくて、労働力として馬や牛を育てるのがいいか。エルたちと相談して具体的な検討をしよう。


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