第10話・仕官後の話

side・久遠一馬


「問題は仕官して何をするかだよね」


「まずは銅銭を作るべきかと思います。この時代の問題点の一つに、良質な貨幣の不足がありますから」


 織田家に仕官するのはいいけど、今後の方針はきちんと考えておかないとダメだろう。


「銅は貿易用として集めて、その銅で銅銭を造りましょう。この時代の粗銅は精錬技術が未熟なために、金や銀が含まれたままです。金と銀の抽出を合わせて行えば、利益は莫大になります」


「南蛮吹きか。確かにあれなら、この時代でもやれるか」


 エルが真っ先にやるべきだと言ったのが、まさかお金を造ることだとは。


 確かに戦国時代の問題点として、貨幣が滅茶苦茶だということがあるけど。そもそもこの時代は、国内で貨幣を正式に作ってないんだよね。


 基本は明からの輸入に頼っているけど、明からの輸入する銅銭の質が落ちたとも言われるし。日本国内でもあちこちで銭を私造していたらしいのは知ってる。


 結果として、貨幣が足りないのに悪銭や鐚銭ばっかり増えるもんだから、経済が回らなくなったとか言われる。しかも悪銭を大量に国内にばら蒔いたのは、幕府だって説もあったような。


 まあ良質な貨幣を増やすのは、織田家の大きな力になるのは確かか。


「南蛮吹きは織田家にやってもらうか。オレたちばっかりあれこれやると、問題になりそうだし」


「それがいいと思います。銅銭の鋳造は、私たちと同時に織田家にもやっていただきましょう。技術を扱える職人は育てねばなりませんので」


 そうか。人も育てないとダメなんだな。問題は今の織田家が信長さんではなく、親父の信秀さんが当主だということだ。


 説明するには南蛮吹きを見せないとダメだよなぁ。その準備も必要だね。


「次の船では献上品を主に運びたいと思います。あと船も増やしましょう。実際に蝦夷やルソンなどと、交易をしてみる必要もあります。ガレオン型の輸送船を十隻は建造するべきです」


「さすがに一隻じゃ足りないよね」


「船の数と交易ルートは秘密にしましょう。本物の南蛮人が来たら疑われるでしょうが。この時代だと密貿易だらけなので、誤魔化せますよ。東アジアに限定しても、全ての密貿易を掴んでる人なんて居ませんから」


 後世の歴史になんと書かれるか怖いね。倭寇の一族とか書かれるのかね?


「そういえば史実通りだと、信長さん尾張統一まで苦労するけど。どうしようか?」


「あまり史実に拘らない方がいいかと。同じにはなりませんから。ですが美濃は恐らく史実と同じく和睦するでしょう。問題は三河でしょうか」


「ああ、負けるんだっけか」


「はい。第二次小豆坂の戦いが来年に起こればですが」


「三河かぁ。あそこ貧しくて一向衆ばっかりなイメージだな」


 史実が当てにならんのか。信秀さん三河が欲しいのかね? 尾張統一を先にした方がいい気もするが。


 まあ現状の立場だと、三河のことまで関われないし放置でいいか。


「とりあえず伊勢長島と今川には積極的に物を売りたいね。両方ともお金持ちみたいだし。金と物の流れの主導権を握れたら、今川と一向衆を相手にでも優位に立てるはず」


「優位どころの話ではないですよ。堺や大湊もありますので、それほど単純な話ではありませんが。物とお金の流れを多少でもコントロールできれば相手の情報は筒抜けになりますし、戦の勝敗も戦う前にかなりの割合で決まりますよ」


「硝石は不味いよね。やっぱり絹とか木綿とか食べ物がいいかな?」


「お酒や甘味なんかが特にいいでしょう。売れる物をリストアップしておきます」


 普通にやったら無理でも、ガレオン船と運んできた品物があれば、長島と今川くらいなら物とお金の流れをコントロールできる気もする。


 特に長島は織田家の鬼門だしね。上手いこと坊主の力を削ぎたいところだ。


 まあそれが駄目でも、長島のお金で織田家が富んで強くなるなら、悪い話ではないだろう。




side・織田信秀


「親父。南蛮船の主を召し抱えたぞ」


 こやつが来るのはいつも突然だ。この日も突然来たと思ったら、何の前触れもなくとんでもないことを言い出したではないか。


「ほう。よく仕えさせたな」


「ああ。武士にはない物の見方をしている。それに日ノ本の外を知る者たちだ」


 南蛮船が津島に来て商人が住み着いたことも、三郎が会いに行っていたのも知っている。


 だが、まさか召し抱えるとは。聞けば本物の南蛮人は細君の方で、男は離島生まれだと聞くが。


「甘くて美味いな」


 この日、三郎が持参した土産は砂糖饅頭だ。


 どういうわけか南蛮人の細君の作る菓子は、他の者の菓子とはまるで違う甘さと上品さがある。


「親父! この尾張と日ノ本に必要なのはあの者たちなのだ!」


 家臣にうつけと言われても素行が直らぬ三郎に、周りは眉をひそめているが、ワシはこれでもいいと思うておる。


 物の見方と言うならば、三郎もまたワシとも武士とも違うのだ。


「日ノ本か。自らの力で戦乱の世を終わらせる気か?」


「ああ、そのつもりだ」


 真っ直ぐな目をしているな。確かな信念を持ち、戦乱の世を自ら終わらせたいと語る三郎に、期待している自分がいる。


 誰しも若い頃は一度は夢を見るものだ。だがいつまでもそのような夢を語れば、うつけと言われかねない。


 しかし三郎は本気だ。本気で考えている。気性が荒いのが少し心配であったが、周りの言うことを聞くだけの信行よりは可能性はあるか。


「好きにするがいい。だが五郎左衛門には、そなたの考えを話しておけ。他はともかく五郎左衛門だけは、そなたが本気ならば最後まで裏切らぬからな」


 三郎の欠点は他人の気持ちを今一つ理解できぬことだ。


 聡明な頭で自らの答えを持つが故に、自分と全く違う頭の悪い者のことを理解できぬのは問題だ。


 五郎左衛門を守役にしたが、この男は守役の五郎左衛門ですら自らの考えを語らず、納得させるということをせんのがまた問題だ。


 はてさて南蛮人連れの男は、三郎に何を見せたのやら。


 一度会ってみる必要があるか。




――――――――――――――――――

side・大橋重長


 まさか若様が一馬殿を召し抱えるとは。


「大橋様にはこれからもいろいろと世話になるかと思いますが、よろしくお願いします」


「一馬殿。なにをなさるつもりで?」


 他の者が何と言うか分からぬが、 ワシが若様の立場でも同じく召し抱えようとするだろう。


 南蛮船と交易から得られる利益と情報が手に入るのだ。


 だが一馬殿は何を得るのだ? 権威など欲しがるようには思えぬが。


「物と銭の流れを変えてみたいなと、思っております」


「それは……」


「私どもには南蛮や明の知恵や技術がありますから」


 そうか!? 織田家と津島でより大きな商いをする気か!?


 変わるぞ。南蛮船と南蛮や明の知恵や技術があれば確実に変わる。


 大湊を抑えて、津島が伊勢湾の交易を握ることも不可能ではない。


 若様も一馬殿もやはりただ者ではない。


「では津島衆が力になりましょうぞ」


 返事は早い方が良かろう。他の者が一馬殿の力に気付いてからでは遅いのだ。


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