第27話 エルフ至上主義
日常、三人以外と会話する機会はまったくない。が、外の世界を知るためには、他人の視界を通した情報を吸収したいとも思う。
ロンバルディの誓の四人のメンバーは、女性のジャスミンとその姉のラベンダーがクオータエルフ。ダニエルとマーチンが混合種のヒト族だ。男女間の遠慮というよりも、身分差による遠慮を目の前の四人の会話中に感じた。
女性はエルフの血族に対する誇り、男性はエルフの血族へのコンプレックス。そして、そんな不遜なジャスミンとラベンダーでさえ、ハーフエルフのティアラへの畏怖が俺にも蔦わる。逆に、俺や怜奈に対する態度は、ダニエルやマーチンへの態度と共通している。一貫して。獣人に対しては視界に入っていないかのようだ。
どうしても気になり、怜奈に尋ねてみた。
怜奈は、以前ティアラから聞いた話だけれど、と前置きした上で教えてくれた。
◇
東のエルフの里では、純血エルフ、ハーフ、クオータ間で確たる身分差があること。ハーフとクオータでさえ、戸外では、主人と使用人に近い関係になるのだと云う。必然的にクオータエルフは、使用人スキルを持つ者が多いのだと云う。
逆に上位の階級のエルフほど、オフェンシブなスキルが継承されると云う。ただ、純血族のエルフだけでは里の人口を維持できず、食料は確保できても通常労働力が足りないのだという。
現在、純血種は里の10%弱、ハーフが20%、クオータも同じくらい、それ以下(1/8、1/16)になると、里を出た方が幸せに暮らせるのだと云う。
『食事の席で、ヒト族とエルフが一緒に座ることは決してない』
この感覚が、エルフの里では当たり前。このヒト族の分割地域においてさえも、その習慣を失くさず、無意識に行動するハーフ、クオータが多いのだと云う。里での母の扱いウンザリして、ティアラ一家は、此方の地域に移住してきたと聞いたと、怜奈は語った。
なるほど。悪気や悪意ではなく、育ちのせいなのか。
その話を聞いてなお、ジャスミンとラベンダーが、獣人のクオータのリアに話しかけないことが気になった。ああ、これはダメな奴だ。エルフ至上主義という奴だ。
三人と出会っていなかったら、俺も尻尾を振って従っていたかもしれない。
怜奈にも言われたが、俺の中の、アレックスの記憶が少しでもあれば、貴族として当たり前に受け止められたはず。前世でカースト制の存在を理解し、かつ、上位に身を置いていない者にだけ、視える歪な違和感の正体なのだと云う。なるほど、と思った。
古代史でさえ、強さ、豊かさ、血統など、他人との差異で人が人の上に立つ。ヒト族にも脈々と引き継がれた制度だ。なにもエルフ族に対してだけ俺が忌避を覚える必要もない。感じることを放棄しようと思った。
そして、思いもしなかった事が話題に上った。
「ダニエルを助けてもらったお礼に、四人で相談した結果、ロンバルディの誓に、あなたたち四人を迎えてもいいと思うの」
パーティのボスであり、すべての決定権を持つリアは、聞き流した。それが彼女の答えなのだ。
「俺は、断るよ、ありがたい提案なのかどうかはわからない。でも、今の四人で十分だ。お礼の気持ちだけ受取る、これ以上の礼は不要だ」
「私も、アレックスと同じ」
「足手まといは、不要」
最期のセリフは、ティアラだ。
「そう、残念ね」
ハーフのティアラがいなければ、収まりがつかなかったかもしれない。ジャスミンはその返事が受け入れられなかったこと自体、意外、という表情を見せた。が、それ以上は食い下がらなかった。
その微妙な空気をマーチンとダニエルが挽回しようと頑張ってくれた。幾分かは和らいだ。俺はそんな時にも、谷底の亀裂を作ったヒト族は、エルフ至上主義に抵抗するための力の誇示だったのではないか。と、コジツケてしまった。
「だいたい、合っている」
俺の独り言が口に出ていたようだ。マーチンが同意していた。
辺りが暗くなる前に解散しようということになった。彼らはまた、第二拠点に戻っていった。
◇
その夜、俺は三人に、【水弾】のスキルレベルがⅣになったこと、検証結果について話をした。大袈裟に話したわけではないが、三人は、スキルレベルⅣの制御部分に興味を持ったようだ。
明日以降、18キロ以南から森の入り口までの沿道を作るか、北を目指し、さらにレベルアップとスキルレベルのアップを目指すか、四人で話し合った。
結果、ここ27キロ地点の第五拠点を中心に、34キロ地点より北の沿道整備を進め、谷底から西は、安全性を優先して1キロ範囲で活動しよう、ということになった。おそらくレベル25の俺でも、スキルレベルⅣなら、レベル40くらいの魔獣なら倒せないとおかしいと云われた。万が一の場合は、三本足に乗って、沿道を全力で南に逃げると云うことを決めた。
◇
翌日 34キロ地点
「ねえ、スキルレベルⅣの威力を見せて」
「全力では撃てないよ、半分くらいね」
そう断って、谷沿いの34キロ地点から、道幅三mのある樹々にウィンドカッター15/31をマニュアル操作で放った。1キロに渡って、樹々が宙に舞った。
「あはは、本当にボーリングのピンみたい」
怜奈が腹を抱えて笑った。
「今ので、半分の力か、話には聞いていたが凄まじいな」
「アレックス、凄い」
リアとティアラも呆れて反応に困って、苦笑いしている。当たり前だが、この騒動で、大量の魔獣が西からやってきた。
「オークの群れが来る。黄色い奴だ」
「樹々から飛び出してくるぞ、押し負けるな、谷底へ落ちるぞ」
「退路は任せて」
「私も後ろを守る」
怜奈とティアラが後方から出てくるオークに身構える、俺は横、前方はリアだ。探知によると北西に12,西に8、南西から6だ、数が多いな、少し下がるか。
「100mほど下がって、南西の奴を先に倒そう」
「ピエロに乗って」
「クロエ、来い」
二頭に分乗して、100mほど南下して待機した。前方に現れたのは計26匹のイエロ・オーク、6匹は後方に頭二つ背が高い。上位種か。
【ファイア・ランス】
【スナイプ】
【風刃】
【ウオータ・レーザー】
100m先なので、攻撃の閃光が緩やかな弧を描く。前衛職のオークなど、的以外の何でもない。俺は、木製の投げナイフを連続で投擲する。奴らが50mまで接近した時には、既に大型の上位種しか残っていなかった。
「危なくなったら援護してくれ」
リアが大剣を担ぎ、前に進んだ。錬金で強化+3(不壊・不折が付与された)の大剣だ。断続的に、ティアラの風刃、ティアラの鉄の矢が飛ぶが、即死にはならず、血まみれのオーク上位種が突っ込んでくる。1対1なら、リアも危なげなく斬りつけている。それを邪魔するオークは、俺のウオータ・レーザーで、武器を持つ手、武器自体を破壊する。振り下ろす棍棒をリアは上半身だけで避け、横なぎに打ち払われる棍棒も、屈み、飛び越え、その都度カウンターで剣を入れる。
あっさりと六匹の上位種、イエロ・オーク・ファイターとイエロ・オーク・ヒーラ―、イエロ・オーク・アーチャーを倒した。ドロップ品が二つ、足元に落ちている。
26匹のオークを回収した後、鑑定した。
▼【魔女鑑定】――――――――――――
【力の腕輪】・・・攻撃力15%アップの腕輪
【知恵の杖】・・・回復量15%アップの杖
お、これは云い物が落ちた。腕輪は、リアに、杖はティアラが持つことになった。
「アレックス、上位種の魔石の鑑定結果も教えてくれ」
「おう」
▼【魔女鑑定】――――――――――――
【攻撃力増】の魔石×1個・・・攻撃力15%アップの効果。
【防御力増】の魔石×1個・・・防御力15%アップの効果
【自己再生】の魔石×2個・・・自己治癒力を25%引き上げるリジェネ効果。
【射程延長】の魔石×1個・・・自己の攻撃力基礎値に、射程範囲距離を10%増。
【貫通効果】の魔石×1個・・・攻撃力に貫通効果を付与。(外皮防御力無効)
なんか、色々凄い魔石が落ちた。三人に魔石の付与効果を説明した。
「レナとアレックスが2個、私とクリスティが1個ずつにしよう」
怜奈は、攻撃力増と射程延長を選んだ。俺は自己再生と防御力増、リアが自己再生、ティアラが貫通効果となった。
「なんか、初回からラッキーだった」
「うん、これって上位の冒険者はだいたい持っている?」
「そうだな、レベル50の冒険者は化け物だ」
怜奈は、木の矢筒50本入りと鉄の矢20本の筒を使い分けている。自分の背には50本の木の矢筒を背負い、予備として鉄の矢20本と木の矢50本は、クロエの鞍に掛けている。攻撃力が15%増になったので、木の矢で十分だと云う。確かに目で追えない速さの矢だ。しかも、錬金に依る強化済みの矢。連射するなら、軽い木の矢を彼女は好む。
ティアラの『知恵の杖』も錬金に依って強化した。不壊・不折効果をセットした。これで回復は安心してティアラに任せられる。
俺とリアが自己再生を得たのも大きい。少しだけ一歩踏み込める。俺自身短剣スキルが上がったこともあり、前に出ることの躊躇いが減った気がする。
リアは攻撃力増と自己再生を得て、ますます前のめりだ。一番、死に近い場所で戦ってくれる。感謝しかない。
リアとティアラに、山菜、実の収集を任せ、俺と怜奈でぶっ飛ばした1キロの道に整備と樹々の回収を進めた。1キロ進んだところで、さらに1キロ眼前の樹々をぶっ飛ばした。
35キロ~36キロ地点
自生している木々の種類が変わった。竹のような木(バンブー・トレント)が増えてきた。しなりがあり軽い木だ。排水管や給水管代わりに使っている素材だ。今度、ソーメン流しならぬ、ザルソバ流しをしようと考えていた。怜奈から、バンブー素材の弓を一本作ってくれと言われて了承した。従来のものより半分以上軽いのだと云う。矢を番える弦もスパイダー・シルクの糸を編んだものを使い、二種類作ってみた。弦がきついが、強力な弓、弦が普通で、連射しやすい弓だ。怜奈はどちらも気に入ってくれ、喜んでくれた。可愛い笑顔に癒される。あ、口に出た。
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