第26話 スキルレベルⅣの破壊力
南沿道21キロ地点まで延長した翌日。
第五拠点では、怜奈がクッキーを焼いていた。とはいえ卵が無いので、昨日のナンを小さく固く甘くしたような歯ごたえ、この歯ごたえに「透明魔石を砕いて混ぜてみたの」、と云う。
美味いか不味いかでいえば、美味い寄りのイマイチ。しかしながら、異世界で初めての甘味菓子。リアとティアラは大いに喜んだ。喜びのあまり、ピエロにも食わせる始末だ。物欲しげにしていたクロエにも二枚やった。とても気に入ったようだ。
◇
午前のうちに、沿道整備は20キロ地点に到達した。根はまだ残っているが、ひとつ掘り出すのに10秒はかかっていたのが、3秒程度ですっぽり抜けるようになった。
すごいぞ【土弾Ⅲ】。
俺が楽しそうに切り株取りをしている間に、ティアラが20キロ地点の第二拠点に声をかけに行ったようだ。
四人がティアラとピエロとともに、目の前に現れるまで気づかなかった。
「久しぶり、アレックス」
「おう、ジャスミン、元気そうだな。ダニエル、歩けるようになって良かったな」
「ああ、血止めと増血と手当てをしてくれて、感謝する。やっと、礼を伝えられたよ」
「お互い様だ」
ふたりのそばに居た、マーチンとラベンダーからも、礼を云われた。俺は「残りを整地してから帰るから、先に彼らを送ってくれ」、とティアラに頼み、ティアラの後ろにラベンダーが騎乗した。
「二人を送ってくれ」とクロエに頼んで、マーチンとダニエルが先に第五拠点に向かった。
ジャスミンは残り、次の便で帰ると云う。
俺は引き続き、切り株撤去だ。1分で移動込み10個は撤去できるようになり、30分もかからず、幅1mを開通させた。ジャスミンは後ろからついてきて、その様子を眺めていた。このペースなら、3時間もあれば、片側も行けるな。【水弾Ⅲ】で根本を抉り、【土弾Ⅲ】で撤去、収納、もう流れ作業で歩きながら余裕だ。
「凄いわね、アレックス、黙々と」
「ははは、慣れると楽しいんだ、スキルレベルが上がってから、一気に楽になったからね」
「今、幾つなの?」
「水と土がⅢだ」
「え?ダブル持ちで、しかもⅢ?」
「ああ、こういう作業をコツコツやればすぐに上がる、水は3か月、土は1か月くらいかな」
「・・・噓でしょ、信じられないわ、私なんて5年も冒険者をやっていて、まだ槍はⅡよ」
「ああ、武器スキルは、確かに上がり難いな、俺も短剣がⅡのままだ」
「は?あなた、トリプルなの?」
「呼び名は知らないけど、そうなるのか?たまたま、スキルがドロップしたからラッキーだったんだ。クイーン・スパイダー・シルクがスキル魔石だったからな」
「羨ましい」
「ドロップは運頼み、こればかりはなんとも。この切り株とかの根を、槍で突けば、スキルレベルも上がるんじゃないか?退屈だったら試してみれば?」
「うん、そうしてみる」
ジャスミンは、俺の提案を受け入れ、谷側1mに残っている切り株を槍スキルで突き刺している。スキルレベルⅡだと大した効果はないが、5回くらい突くと、根が浮き上がった。
コツコツと忍耐力も必要だ。俺は、ジャスミンが使用人スキルの話題を切り出さなかったので、スキルについては特に気にすることもなく、自分の作業を続けた。
一時間ほど経つと、ジャスミンの体が発光しだした。五回突きだったものが、一度の突きで根が吹っ飛ぶようになった。
「お、ジャスミン、おめでとう、スキルレベルⅢになったな」
「え。なんでわかるの?」
「ああ、体が光って、威力が増しただろう?」
「よく観ているのね」
「ああ」
「何なの貴方、収納スキルも持っているわよね、木の根が消えていっている」
これは説明が面倒くさいことになりそうだ。俺は作業を止めずに、木の根を掘り起こして回収し続けた。
「気にするな、所詮は他人事だ」
それからも、あれこれ聞かれたが、スキルについての回答は面倒だ。「ベラベラと秘密を喋る男は、お前に下心がある奴だけだ」、と心の声が、うっかり漏れた。案の定、質問が止まった。結果オーライだ。
◇
ようやく、ティアラが迎えに来た。しかも、ピエロだけで。クロエはどうした。まあ、結果的には、ティアラが、ジャスミンを乗せ、先に第五拠点に向かうということになり、俺は一人作業を続けた。
【水弾Ⅲ】がもうすぐ上がる予感がした。
無駄撃ちとは言え、【水弾Ⅲ】を左右の木の根に打ち込みながら歩いて行った。回収手帳による収納も、もちろん続けながら。
先日、回収手帳のスキルレベルもⅢにあがったばかりだが、是非ともこの回収手帳は使いこなしたい。一人でいる時間がここのところ極端に少ないので、この沿道整備はスキルレベル上げのチャンスなのだ。
とはいえ、客人を粗末にしたのはどうかと思うが、ジャスミンのように、尋ねるばかりで情報を抜いていくだけのタイプは信用がならないと感じたのだ。『聞いて当然、答えてもらって当然』という態度も気になった。会話ではなくまるで尋問だ。そもそも今日の目的は、お礼訪問だったはず。
今更考えれば、彼女一人が残ること自体が不自然だった。冷静になって振り返ると、俺の情報を出すことのメリットは、俺にとって一切ない。リスクがただ、上がっただけだ。
俺の中で警戒ランクを一つ上げた。
結局、この二日で、伐採1200、切り株1500を相手にした結果、【水弾Ⅲ】は、【水弾Ⅳ】になった。
本気を出せば右の谷底を大河にできそうな感覚なのだ。相当ヤバいな、という自覚がある。
360度見渡した。どの方角に撃てばセーフティかと。とりあえず、20キロ地点まで戻って、沿道を南に下げる気持ちで、ウオータ・カッターを試すことにした。三十分の一の力で。
【水弾Ⅳ】ウオータ・カッター。1/30、8本
【水弾Ⅳ】ウオータ・カッター。2/30、14本
【水弾Ⅳ】ウオータ・カッター。3/30、23本
【水弾Ⅳ】ウオータ・カッター。5/30、40本
いやいやいや、これはヤバい。
【水弾Ⅳ】ウオータ・カッター。10/30、100本
水で100本、伐れるとかないわ。ドン引きだ。しかもまだ余力十分。
【水弾Ⅳ】ウオータ・カッター。15/30、
・・・伐採数が数えられなくなった。1キロくらいの木が、ボーリングのピンのように、5mの大木が、数百本ぶっ飛んだ。ありえない。実験はここで中止だ。
気が付けば、18キロ地点まで下っていた。
踵を返して、弱く放水を開始した。倒れた木を森に放り込む。地面に見える3mの道幅を見て、土と根っこを森に放り込む。弧を描く水。まるで大型ビルの10階まで届きそうな放水。地面から土は消え、木の根は森に吹き飛ぶ。1分もかからず、視界の先に道が出来た。
風呂への給水やシャワーで人を殺せそうだ。
これは手加減の練習をしないと、拙いことになる。そう考えながら道幅3mを20キロ地点まで整備をした。木材と木の根を回収して歩いた。
【水弾Ⅲ】と【水弾Ⅳ】をスイッチしたりできませんかね、魔女様。
▼【魔女鑑定】――――――――――――
【水弾Ⅳ】:スキルレベルⅢの倍率31倍。災害クラス。
調整は、百分の一で設定可能。登録は3段階まで可能。
「ああ、魔女様、痒い所に手が届く。ありがとうございます」
俺は一安心して、魔女様に礼を伝え、1/31(生活用)、10/31(緊急戦闘用)、登録未設定、とした。少しずつ練習していこう。マニュアル運転のギアチェンジみたいなものか、シフトチェンジだっけ。リアたちへの説明は、来客の件が片付いてからだな。ふう。
第五拠点へ7キロ。帰り道では、短剣の素振りと木製の投げナイフを投擲しながら歩いた。1200回ほど投擲したようだ。
短剣Ⅱが短剣Ⅲになった。
最後の投擲の際に、木製投げナイフで5mの大木が倒れたのだ。これには驚いた。ありえない世界感だ。インフレーションを起こしてしまった。ちょっと怖くなって、自重というか、他人への配慮を考えなければならないと想像した。魔獣を倒す際に、投げナイフ(木製)を使って、在庫処分を検討しよう。
レベル25で、この威力。これ以上レベルが上がると、さらに威力を増すよな。間違いなく。その辺の検証データは回収手帳様がやってくれるとして、そのうち生活魔法で闘えそうだ。ははは。
▼【魔女鑑定】――――――――――――
【短剣Ⅲ】:スキルレベルⅡの倍率31倍。ベテランクラス。
投擲スキル、衝撃スキル、斬撃スキル、突撃スキル、解体スキルにスキルレベルが反映される。
ああ、スラッシュも試しておこう。うっかり仲間を傷つけかねない。
【スラッシュ】で豆腐のように切れる大木。
【斬撃】木に表面に軽く当てるだけで、背後にひびが入った。弧を描いた斬撃が、木の裏側から飛び出した。
【突撃】木のナイフが、豆腐を突いたように、木に突き刺さった。
ふぅ。
◇
「ただいま」
「おかえり、遅かったわね、夕食の準備はできているわ。食べましょう」
「おう」
八名での食事になった。女性が五名、男が三名だ。予想通り女性中心の会話になる。料理もこの世界の定番の串に刺した肉だけにしてくれたようだ。揚げ物や「実シリーズ」は出ていない。まあ、当たり前だな。色々と文化面でおかしすぎる集落だからな。高床式の家が、まず、おかしい。ははは。三本足もいるし、色々と俺たちはクレイジー、というより奇妙なパーティだ。
俺は思考を停止して、喰うことに集中した。チマチマ喰い、ハムハムと小さく切った肉を噛み続けた。
▼【魔女鑑定】――――――――――――
アレックス レベル25、スキル:【水弾Ⅳ】(+1)【土弾Ⅲ】(+1)【短剣Ⅲ】(+1)
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