第24話 ソバの実、麦の実、三本足

 第五拠点と俺たちが呼ぶ、森の入り口から27キロ、東の谷底沿いの場所。ここを根城にし始めてから三週間が経った。この辺りで採取できる実も一通りは揃ったようだ。残念だが、ラーメンの実や、おにぎりの実、果物の実は見つからなかった。そもそもあるわけはないが。モチの実があるだけに、悔しい。


 レベルが上がったせいか、炭水化物を体が欲している。原始の世界、狩猟の世界と定住を始めている街が共存する。畑はあるが何も植わっていない。元々細身だった四人の体は、出会った3か月前に比べると、見違えるように筋肉が付き、アスリートのような体型の四人になった。文句はないのだが、脂肪の柔らかさを何故か懐かしむ俺。

 しかし、ふっくら感はなくしていないため、本格的に、魔石は炭水化物説を唱えてもいいのかもしれない。魔石で動く人間。魔石人間か。と口に出た。


「何を馬鹿な事を言っている」


 リアの突っ込みで思考が現実に戻された。


 谷底の沿道開拓は順調に進み、北には5キロ、南に5キロと幅3mの道が開通している。森の中だと1キロ当たり1時間以上かかるのが、この沿道だと1キロ3、4分で行ける。このため最近の狩は、32キロ地点でおこなっている。以前造った、谷底の第三拠点はそのまま残っていた。そもそも岩をくりぬいて作っただけなので、二か月程度では風化もしないだろう。


 32キロ地点

 

 西側のレッド・ウルフと同じくらいの強さの、イエロ・ウルフが多い。不意打ちさえ喰わなければ、あるいは、10匹以上の大群でなければ、さほど苦労せず倒せるようになった。前回、モチの実はこの辺りで採取した。彼女たちも新しい感覚だったようで結構大量消費されていて、既に在庫切れだ。ソワソワしながら三人も探している。


『ソバの実』って言うのが或るんだけど、と怜奈が俺に鑑定しろと持ってきた。


 ▼【魔女鑑定】――――――――――――

『ソバの実』 潰して粉状にして水と塩を混ぜれば蕎麦になる。


 !!


 蕎麦だ!夏はザル蕎麦だ。ひゃっほー。


「あなた、絶対前世は日本人よね」


 怜奈が俺にそう言うのだが、日本という名が記憶にない。怜奈が云うんだから間違いないだろうとは思う。個人にかかわる情報が悉く削除対象となっているようなので、魔女様にしてみれば、過去を詮索するな、ということなのでは。と俺は理解している。


 33キロ地点


『麦の実』って言うのがあったわ。ティアラがそれを鑑定したが理解できないようで俺を呼んだ。麦と聞いて興奮が止まらない。


 ▼【魔女鑑定】――――――――――――

『麦の実』潰して粉状にすると麦粉になる。

 土色の魔石を潰して混ぜると大麦っぽくなる

 黄色の魔石を潰して混ぜると小麦っぽくなる


 !


 ブラボー!


 俺はバク転をした。興奮しすぎて、谷底へ落ちるところだった。怜奈が土魔法で壁を作ってくれた。これは食文化革命の大チャンス。ティアラを『高い高い』して喜びを共有しようとしたが、ティアラにはわからないようだ。まあ、実物をつくって食ってみろ、と言いたいところだが。その前に収穫だ。根こそぎ採ってやる。


 即座に探知を発動して、狂ったように収穫をした。三人には、黄色の魔石と土色の魔石の収集をお願いした。ますます、『魔石は炭水化物説』に近づいてきた。あれだけラーメンが食いたかった俺だが、この実を見ると、なぜかお好み焼きが無性に食べたくなった。素材は、肉しかない。キャベツがない。卵がない。痛恨だ。魔獣は卵生ではないそうだ。無念。鶏は知らないと云われた。でも三本足は鳥類だと云う、がやはり卵生ではないようだ。ぐぬぬ。


 キャベツの実や卵の実がないかな。


 芋やゴボウはあるのだが、青野菜が無いのだ。ひょっとすると、その代わりになる草があるのだろうか。最近草を鑑定していない。怜奈に相談してみた。可能性はあるわね、と云われたが彼女は【鑑定】が無い。ティアラは茶葉や薬草、キノコ探しは得意だが、青野菜という概念がない。悩ましい。まあ、可能性は無限だ。諦めたらそこで終わりだ。もう夏と云ってもいい日差し。厳密な四季は無いが、それっぽい季節感は有るのだと怜奈が云う。


 34キロ地点


『麻の実』、『綿の実』を見つけた。麵の実と見間違えた俺は、クレイジーだ。もうこの夏の日差しが俺を狂わせている。そういえば、夏になると男たちがオカシクなると云っていた。俺も十分におかしいと思う。文字通り、麻と綿は服になる。枕にもなる。もう、鑑定しなくてもわかる。次は、アクリルの実とか、ポリエルテルの実とかに出会うのか。最早、古代はどうした、原始の設定はどうなったとブツブツ独り言を言っていたらしい。


「深く入りすぎだぞ!アレックス」


 リアに云われて気づいた。やばいな。北西側に探知が大量の赤色、白色を捉えた。何の集団かわからない。初見の敵か。東から2kmの地点。実を採り尽くした背後を振り返り誰もいないことを確認して【水弾Ⅲ】。背後の樹々を伐り倒し活路を開く。同じように、背中を見せない様に、ティエラが【風刃Ⅲ】。これで東西100mは駆け抜けられるが、谷底までは遠すぎる。


 10m南側の、小高い丘のような場所にリアが駆け上った。


「ここで迎え撃つぞ」


 北西に対して幅10m、後方(東南側)に70mの余白を作り陣取った。前と左からの挟撃を避けるために、高さ3mのレンガブロックを左右に配列して、その周りに即席の塹壕を掘った。前方の樹々は視界3mまでは確保して、雪崩れ込んでこない様にそこから先の樹々には手を出さなかった。レンガブロックの上に登り、見降ろすと、先ほどの東西に100mほど伐採した一帯に、何かに追われる魔獣が三匹、その三匹を追う魔獣が十数匹西から東へと駆けていく。

 

 前方を逃げる魔獣は、ダチョウを二回り大きくして、フサフサにしたようなサイズ感。前足が二本、後ろ脚が一本ある。「野良の、三本足が襲われているな」その様子を見て、リアが、あれが三本足だと右手前方を指す。追っている魔獣は、おなじみのオークだが、体が黄色、土色の個体が多い。幸い、此方へは流れず、前方に流れていったようだが、三本足を食らえば、次には此方へ来るだろう。


「ここから、側面、背後を撃てるぞ」

「地の利を生かして、遠距離攻撃で、出来るだけ撃墜しよう」


 リアが、瞬時に号令を下した。


「配置通り一人、三匹だ、撃て!」


 一番右側に陣取っていた俺は、先頭を歩く、前方の三匹のオークに水のレーザーを飛ばした、右コメカミにヒットして貫通した。隣の怜奈は、鉄の矢で次の三匹を。さらにティアラも風刃で中央位置の三匹の首を落とした。完全に奴らは油断していたのだろう。あっさりと九匹が落ちた。ばたりと大げさに跪いて、前のめりに倒れた九匹のオーク。その後ろから少し距離をとり、のっそり歩いていた残り三匹の一回り大きなオークが、此方を振り返った瞬間、リアのファイア・ランスが脳天に落ちた。


「なんてこった、巨大オークの姿焼きだ」

「他の魔獣が、このいい匂いに釣られるまえに、回収するぞ」


 俺たちは鋏が開いたような形になっている、空白地帯。そのあいだの森を抜け、十二匹を回収した。あの三匹をどうするんだ、食うのか、逃がすのか、と尋ねると、三匹のうち、一匹は手綱のようなものが着いている。誰かの所有物か。残りの二匹は、野良だな。とリアが判断した。


「アレックス、あれに乗りたいか」

「ん~どうだろう、森の中は走れないよな」


「街乗りと街道専用だ。森で乗ると、木の枝に当たって振り落とされる」

「どうやって捕まえるんだ」


「餌付けが成功したら、あいつらは勝手に、飼い主についてくる」

「餌付け?あいつらは肉を喰わないんだよな」


「ああ、モチの実が好物だ、そこら辺の雑草も、木の枝の葉も何でも食べる」

「俺たちの食い扶持が減るぞ」


「餌付けの時だけだ、お前は雑草を喰うのか?」

「ああ、最初だけか、飼育は面倒がないのか?」


「・・・微妙だな、街までの往復は相当楽になるがな、あとはあれに乗っている冒険者は一目置かれる」

「手間と名誉を引き換えか、怜奈とティアラはどうだ?」


「私は飼う」

 というのは、ティアラ。


「私は後ろに乗せてもらうだけでいいかな」

 と、怜奈。


 俺はティアラにモチの実を渡し、彼らに近づいた。手綱の付いた三本足は、礼も告げずにさっさと、来た道を引き返した。この恩知らずが。まあ、魔獣だからな。残り二匹のうち、小さいほうにティアラがモチの実を差し出す。小さいと云っても、馬の背より高い。背まで2m、頭まで3mちょっとある。俺も真似をしてもう一匹にモチの実を喰わせた。二匹と俺とティアラが光った。


「契約が出来た、アレックス、手綱をつける」

「ああ」


 俺は回収手帳から、スパイダー・シルク製のロープを二本取り出し、さらに、くらあぶみを回収手帳内で作成して、それを取り付け、二人乗りができるようにした。鞍には、カノッサの星屑の紋章を横側に入れた。うむ、会心の出来だな。


「名前を付けてあげて」

「お、おう、雄雌があるのか」


「ある、小さい方が雄、大きな方が雌」

 小さな方は鼻が赤い、ピエロみたいだ。大きな方は、鼻が黒い。


「そっちは、ピエロ、こっちはクロエにしよう」

「お前の名前はピエロ、いい?ピエロ」


 ピカッと鼻が光った。不思議な世界だな。それ以外の言葉が見つからない。


「お前の名前はクロエ、いいか、クロエ」


 クロエの鼻もピカッと光った。なんとも可笑しな風景だ。


「とりあえず、谷底の道まで牽いて、それから乗って拠点に戻ろう、その後は三本足、ピエロとクロエの小屋と水場、餌場をつくってやれ」

「おう」


 東側の谷底まで二匹を牽き、沿道で乗った。俺の後ろは怜奈。ティアラの後ろには、リアが乗り、ティアラが先行した。いやいやいやいや、爆速。あっという間にピエロの後ろ姿が豆粒みたいになった。


「クロエ、ゆっくり行け、加減しろよ」


 怜奈を先に乗せて、俺は彼女の後ろに乗った。怜奈は騎乗したことがあると云う。馬のような走り方ではなく、猫のように、空を駆けるように走る。馬上で舌を噛むと云うが、三本足の上は、快適だ。凄いな、クロエ。


 凄いな、異世界。


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