第22話 人工物のない大自然の中

 ディープ・フォレスト・ウルフの群れを殲滅後、レンガブロックや伐採した樹々を回収した。激戦の爪痕を消し去ることはできなかった。


「しばらく、この辺りをホームにするなら、獣道の整備をしたほうが動きやすいな」


 鬱蒼とする原始の森の中、極端に見晴らしが悪く探知があっても、視界不良では接敵のタイミングが先ほどみたいに間に合わない場合がある。しかも平坦な森ではなく50m先も見えないほど隆起したり、尾根になっていたり、陥没していたりする。ひとりだったら絶対に入りたくない森だ。ウルフたちにとっては天国のような場所もヒトには地獄のような視界と足場、空間なのだ。まともにリアが長剣を振り回せるような状況ではない。ティアラもスナイプが無ければ5mも矢が飛ばない。現在地はだいたい森の入り口から26キロ地点、谷底から西に1キロほどの場所だ。


「俺も土魔法が欲しいな。水で木は伐れるけど、この足場はどうしようもない」

「レナの土魔法がⅢになれば、一瞬で掘り起こせるんじゃない?」

「でもスキルレベルはⅡになったばかりだから、当分先よ」


 時々伐り倒した樹々から、蜂が飛び散り、向かってくる。ハチの巣からハチミツが獲れてラッキーなのだが、意外と小さな虫退治というのは、殺虫剤が無いと大変だ。水を霧状に殺虫剤の噴射のイメージで濡らし地に落とす。


「アレックスは、咄嗟の時にスキルを器用に使い分けるわね」

「ん?ああ、なんとなく過去の生活習慣なのかな」


「森の中に住んでいたの?」

「・・・覚えていないな、違うと思う」


 深い森に対しての恐怖に近い畏怖を感じる。こういう中で暮らしていたら受け止められないほど圧倒的な大自然。人工的な物質に囲まれていたと考える方がむしろしっくりくる。大自然の中に佇んで、平然と自然には振る舞えない自分が矮小に感じるのだ。


「ヒトは、小さいな、あまりにも」

「魔獣がデカすぎるのよ」

「ああ」


 先ほど前の静寂とは打って変わって、鳥の声や、地を歩く魔獣の鳴き声が昨晩同然に聴こえ始めた。あの巨大な狼から身を潜めていたかのように。


「そろそろ、スパイダー・シルクの生息域に入るわ」

「土魔法を手に入れられるといいわね」


 リアと怜奈の掛け声に無言で返事をして、さらに歩を北東に進めた。すでに探知には数匹のスパイダー・シルクを捉えてある。


「こっちにいるわ」


 怜奈も探知がなんとなくわかると云っていたが、ほぼ正確に捉えている。


 ひゅん。

 どさっ!


 ひゅん。

 どさっ!


 怜奈の矢の風切り音が聴こえると同時に、スパイダー・シルクが地に落ちる音が聴こえる。


 しゅぱっ

 どさっ!


 しゅぱっしゅぱっ

 どさっ、どさっ!


 ティアラの風刃は発動音が聴こえない、切り裂く音と落下音だけがリズミカルに聴こえる。

 パキっ!と俺が枝を踏み抜いた音に反応して、スパイダー・シルクの残党が一斉に糸を吐き掛けてきた。


【ウオータ・シールド】

 

 ひゅん。

 どさっ!


「全部、墜としたわ、相性がいいみたい」

「恐れ入る」

「あなたのシールドだって、指先から、パトリオットみたいに撃ち落としていたじゃない、イージスっていうんだっけ」

「ああ」


 怜奈はパトリオットもイージスも知っているらしい。俺も知っていたようだ。


「パトリオットってなに」

「投げられた石に、石を投げて撃ち落とす技みたいなものかな」


「す、凄い技」

「ああ、スゴワザだ」


 珍しくティアラが興奮している。飛んでいる石に、石を当てるなんて非科学的な世界では難しいかと思ったが、魔法やスキルのある世界の方が、寧ろ現実的なのかとも思う。おそらくティアラも、数日後には魔法で魔法を撃ち落としたりしているはずだ。


「スパイダー・シルクの背中って、針みたい、いえ剣山みたい」

「ああ、あっ」


 俺は、スパイダー・シルクを回収しながら、怜奈の剣山にヒントを得て閃いた。短剣Ⅱのスキルに投げナイフの投擲スキルがある。錬金で投げナイフに加工できないかな。ああ、武器だからまだ加工は無理か。


 ▼錬金Ⅱ

 レベルが不足しています。武器加工はスキルレベルⅢが必要です。


「どうしたの?」

「ああ、投擲スキルで短剣を作って投げようと思ったら、錬金のスキルレベルが不足していた。レベルⅢになると武器加工ができるようだ」


 怜奈の問いに俺が応えた。


「錬金しまくれ」


 リアが、武器加工と聞いて、錬金しまくってスキルレベルを上げろと云う。そのつもりだが、なんとなく笑えた。


 その後、谷底の境界までたどり着いた。27キロ地点だ


 ◇

「30キロ地点まで谷底を進む?」

「ここから降りずに、ここにも拠点を作っておこう」


 俺は谷底の第三拠点を、誰かが使っている気がした。第三拠点の場所に、複数の探知が引っ掛かる。色付きでないということは、知らないヒトかもしれない。それを告げて、地上部分で拠点を作り、拠点内部から、谷底へ降りる道を作ることを提案した。


「地上の方が、特訓には向いているわね、賛成よ」

「私も」

「賛成」


 10m四方の木を伐り飛ばし、怜奈が土魔法で整地してくれた。俺は四方を木の杭を立て、ハンマーで打ち付け固定した。そこに木の合板を使い、2mほどの高さを確保して北・西・南の三方を囲い、東側は谷底へ降りる階段をつくるために怜奈にそれの作成を頼んだ。が、リアがスラッシュで削ると意気込んだ。まあ、誰がやってもいいのでリアに頼み。怜奈には三方の前に1m幅、深さ1mの塹壕作成を頼んだ。


「ねえ、いっそ、この谷底の端沿いに沿道を造れば一直線で、歩きやすいよね」

「いい考えね」


 北側の塹壕を掘っていた怜奈がふとそういい、リアもスラッシュを打ちながら相槌を打った。確かにいいアイデアだと思う。起伏が視界で確認でき、東側は明るい。休憩を取った後に、スキルレベル上げの特訓も兼ねて、取り掛かろうと提案してみんなも同意した。


「私たちが沿道造りをするから、アレックスは今夜の宿泊拠点の整備をしていなさい」

「わかった」


 食後に、三人は、道造り。俺は家造りに励んだ。10m四方は高さ2mの木の板の柵。その周りには幅1m、深さ1mの塹壕。木の板の柵の内側にも、同じように木の杭を打ち付けた。2mを飛び越えてくる魔獣対策用の木の槍で串刺し作戦だ。木の槍は錬金で加工した。

 スキルレベルⅡは鉄の武器加工はできないが、木や革は加工ができる。とりあえずできることからどんどん、進めていこう。

 

 2時間ほどでログハウスとは、とても言えないが、木製の高床式の小屋を作ることが出来た。地面から1階の床まで1mほどの高さを確保。縦横5m、高さ2mほどの大きめの小屋だ。

 

 釘を使わずに木を組み合わせて作り、スパイダー・シルクの糸で組み合わせ部分を補強した。この糸も錬金で太さを自由に設定できる。ひょっとしたらロープも作れるかもしれない、と思って調べたら作れるようだ。3mのロープを四本作った。

 

 木と木の隙間は、フォレスト・ウルフの皮を壁紙代わりにして隙間風を防いだ。ウルフの臭いで弱い魔獣を近づけない効果があるかもしれないと期待した。が、室内に入るとあまりにも獣臭いので、加工済み匂いナシの毛皮に張り替えた。とんだ二度手間だった。部屋の中にはベッドをつくり、風呂と厨房は部屋の外側に作った。

 

 煙は立ち込めるが、木の柵の上から中の様子は見えないだろう。塹壕もあるから、実質、3mの柵をよじ登るのも現実的ではない。結構こういう家造りは楽しく、時間があっという間に過ぎていく。日差しがだいぶ傾き夕方を迎える時間帯だ。

 

 風呂を沸かし、厨房の火も入れた。

 

 ああ、食事用のテーブルを作り忘れた、と思い出し。土台には木の幹を四つ置き、その上に合板を広げて、大きめのテーブルにした。椅子も木の幹で代用した。一応、尻に気が刺さらない様に配慮して表面はツルツル仕上げにしている。座布団代わりにウルフの毛皮(匂いナシ)を敷いた。雨さえ降らなければここにずっと住めると思わせる出来栄えだ。

 

 後は三人が戻ってくるまでに、中庭に簡単な訓練場を作った。訓練場と云っても、木の幹を的替わりにしたものだ。なにせ10mしかない中庭なので、遠距離の練習をしたい場合は、東に向かって打ち込んでもらおう。


 錬金スキルで、鉄の投擲ナイフは作れなかったが、スパイダー・シルクの剣山素材でならナイフ形のものが作れた。鉄ではなく魔獣素材扱いなのか。これは僥倖。5m先の木の幹でつくった的に、シュッっと投げてみた。スコーンと気持ちよく刺さる。5㎝、10㎝、15㎝の投げナイフ代わりのモノを作った、長い方が安定するな。

 

 とにかく15㎝サイズのスパイダー・シルクの剣山から在庫があるだけの投げナイフを作りまくった。あとは、在庫切れになるまで自動作成してくれるだろう。錬金スキルがⅡになってから、ポーションも初級から初級プラスというランクのポーションを作れるようになった。どれくらいの効果があるかはまだ試していない。こちらはさらに上位版が作れるかもしれないと思い、初級プラス・ポーションは作りまくらずに、在庫10本限定にしている。


 ◇

 それから一週間ほど、ここを拠点にしながら、午前中は狩をして、午後から道造りと家の補強、スキルレベル上げにみんなが楽しく取り組んだ。

 

 ある日、クイーン・スパイダーシルクに遭遇して、ついに念願の土弾スキルを手に入れることが出来た。望外の喜びだ。リアとティアラからは普通、攻撃特化の風・火のスキルは価値があり喜ばれる。土属性はどちらかといえば支援系とか創造系なので、価値的にはそこまで喜ぶ人は珍しい、アレックスはやはり変な人。と言われてしまった。俺的には攻撃大好き人間ではないので、支援系こそ冒険の醍醐味であり必須スキルだと思っているが黙っていようと思った。が、声に出た。ちょっと悔しかったのでこの夜は、怜奈と二人だけのお楽しみ会を開催してしっぽり楽しんだ。

 

 当然、二人にはバレ、覗かれ、最期は参戦してきた。

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