第20話 森の中での人探し
食事をしながら、リアとティアラ、怜奈はジャスミンと話をしている。もっぱら調理方法や互いの着ている服について意見交換をしている様子だ。リアの手と肘、膝の素材が、ディープ・フォレスト・ベアのものだとわかると、近くに二人の男女がいなかったかと尋ねていた。
話を聞くと彼女たちは四人パーティで森に来た。
ディープ・フォレスト・ベアに分断され、その際に怪我を負ったダニエルを、ジャスミンが東へ避難させている間、囮となった二人が北西へ移動しつつ、ディープ・フォレスト・ベアを引きつけたのだと云う。奴らの爪や口まわりを見る限り、人を喰った状態ではなかったので、逃げ切れたのではないかとリア達は話していた。
その二人は、ダニエルの兄と自分の姉だと云う。義兄と姉は22歳。レベルも28前後だから20キロ地点の浅瀬なら、二人の身柄は大丈夫だと思っているという。ジャスミン自身はダニエルの看病もあり動けないため、もし森の中で、二人に会えたら避難が成功したこととこの場所にいることを伝えてくれと頼まれた。
◇
食後、リアの腕の調子が問題ないことを確認して、再び森へ入った。進路は北西だ。安全を確保しつつキノコ類、山菜類を採っていく。
「そろそろ、以前来たことのある森オークの縄張りに入る」
ぶもっぉぉぉという雄叫びと、剣と棒がぶつかり合うような鈍い音と乾いた音がこの先から微かに聴こえてきた。森が深く、視界の先には樹々が立ちはだかる。足元も複数の樹々の根が張り、走り回るにはあまりにも凸凹しすぎている。ぶもぉぉぉという雄叫びは、北西、西、北からも複数個所で聴こえる。
「見晴らしと足場を確保しておこう」
リアの提案で、重なり合うように聳える樹々を間引きするように伐採していった。この辺りには、チルドレン・トレントの他に、
三本あればそのうちの一本を伐採して、視界と足場を確保していく。パイン・トレントの樹液は、緑スライム溶液と混ぜると固まりゴムのようになった。これを靴底の滑り止めに利用している。この世界の森は、錬金スキルがあれば素材の宝箱だ。サイプレス・トレントの木は肌触り、手触りがいいので、家具類、木製コップや食器に利用している。シーダ・トレントは合板が作れたので、床材や壁の補強材に利用している。枝や端材は風呂の薪になる。
オークの唸り声が近くなった。闘っていた金属音もなくなった。第一陣を倒したのだろうか。深い森を抜け、小高い丘を越えると川までは下りになった。この川は先日レッド・ボス・ウルフと戦った川の下流域になる。背の高いススキのような雑草が生えており、視界が悪い。ティアラが【ウィンド・カッター】で芝刈りしてくれる。
目の前300m当りで男女が川沿いで緑オークの解体をしている。川上から五匹、川下から七匹のフォレスト・オークが彼らに忍び寄る。距離どちらも200。風は川下から北に吹いている、おそらく川下の七匹の接近には臭いで気づいているだろう。それほどオークは臭うのだ。
「北側の五匹のオークをけん制しよう」
リアの掛け声にみんな頷く。距離は300、下り勾配なら、スキルレベルⅢなら届く距離だ。俺の【水弾Ⅲ】で上空から打ち下ろすようなバレット。ティアラは、緑オークをこちらへ呼び寄せるために眼前に【風刃Ⅲ】で道を作るかのように、雑草を刈り取っていく。
オークたちは、臭いの元の二人よりも、視界に入った四人を食材と認めたようだ。ノッシ、ノッシと、重そうな体に重そうな棍棒をもって草を掻き分けやって来る。
「は、ただの大きな的じゃないか」
リアは【火弾Ⅱ】、怜奈は【土弾Ⅱ】を降り注ぐ。オークたちは鬱陶しそうに振り払う。致命傷は与えられないが、嫌がらせには十分だ。オーク肉は叩けば叩くほど熟成すると云わんばかりに、無数の【火弾Ⅱ】と【土弾Ⅱ】が続く。どうやら怒り狂っているようだ。距離が50mを切ると走りかかってきた。
【風刃Ⅲ】
【水弾Ⅲ】
スキルレベルが一つ違うと、威力も20倍ほど違う。ひょっとしたら、30倍くらい違うのか?二つレベルが違うと1000倍だっけ。スキルレベルⅣで抉られた谷底ができるのも納得だ。まるで、マグニチュードだ。あ、声に出た。怜奈が何かに気づいたように意味深に笑っている。
オークは50mを走り切れず、丘の登り口で首無しになっていた。俺たちは其れを回収手帳に入れた。どうやら川下から来たオーク七匹も、彼ら二人で難なく倒せたようだ。
俺たちは、100mほどの距離まで近づいて、ダニエルとジャスミンの無事と魔所を伝えた。向こう側からも、了解と感謝の声が聴こえてきた。あとは本人たち任せでいいだろう。遅い昼食だったこともあり、日の傾きを見ると、あと2時間弱で暗くなりそうだ。7キロほど引き返せば、先ほどの谷底の第二拠点には戻れるが、8人が寝られる広さではないのだ。拡張しても良いが、拡張するなら、もう一つ拠点を造ろうと云う話になった。
「家の城壁に使ったレンガブロックは、余っていないのか」
「その手があったな、思い出した」
結局丘の上に戻り、切り裂いた樹々の中の見晴らしの良い場所から、10mほどだけ北側の樹々が深い場所の中に、三m四方の樹々を切り取り、怜奈の土魔法で整地、その上にレンガブロックを床面と四方に置いた。一面だけは鉄格子で入り口にした。六畳用一間くらいの広さだ。
床面には、レンガブロックの上に、
それを建設している間に、先ほどの二人がやってきて声をかけてきた。
「さっきは、妹たちのことを知らせてくれてありがとう。僕はマーチン、彼女はラベンダーだ」
俺たちも作業を続けながら、一人一人が名を告げた。
「この赤茶色と土色っぽい壁って、ひょっとして、麓のカノッサの村の北側にある塔の家の住人かい?」
二人の対応はリアがしてくれている。「そうだ」と答えている。会話の中で、怪我をした弟たちと合流を急がないでいいのかと尋ねると、薬草と血止め、食事用の肉を探していたようだ。薬草と止血の治療は終わっていると話すと、流石に二人も驚き、恐縮していた。あとは、十分な礼を、妹が尽くせたのかとも話していた。それは、弟さんが目覚めてからでいいと断ったようだ。二人は納得した様子で改めて礼を伝えて谷底へ向かったようだ。この時間なら間に合うだろう。道も切り倒して歩きやすくなっているはずだ。
彼らが去った後に、森の中で、冒険者はどのように夜を過ごすのか、リアに尋ねたところ、こういう感じに切り開いて、簡易的な木の柵を作り、テント代わりに布を張り、毛皮をかぶって寝る組と、交代で見張りをする組に分けるのが一般的だと云う。当然適正レベルギリギリだと危険なので、パーティの平均レベルよりも、3キロほど南下するのがセオリ―だと教えてくれた。なるほど、勉強になった。いつもは谷底で寝ていたが、先客がいた場合など、知っておいて良かった。次からは、この小屋を収納、取り出しで回収手帳に登録しておけばいい。
夕食は、魔石饅頭になった。笑うわ。スポーツ選手がカロリー補給にバナナやチョコレート、栄養ドリンクを飲むという記憶があるが、魔石にもカロリーがあるよな。鑑定Ⅲでは表示されないけれど。これがあるから、体も成長して、スキルも成長すると考えればこの世界に適合したボディと食事だと云える。変な世界だ。
夜になると、勿論暗いのだが、今日は三つの月が出ていて、天井の無いこの部屋を照らす。俺の知っている月明かりの五倍は明るい。本が読めるわけではないが、互いの顔や恰好はわかる。豆電球くらいの明るさなのだろうか。程良いともいえるな。
なかなか寝付けなかった。目をつぶって魔女様のギフト、回収手帳を脳内に開いて見る。
鑑定履歴や魔女様からの気まぐれ情報履歴は、一度見たものは脳内にインストールされ、呼び出し可能だと魔女様は云っていた。人物鑑定の頁、素材鑑定の頁、魔獣図鑑、冒険者情報、地図情報、魔石情報、属性スキル情報、スキル詳細情報、製品情報、素材合成情報、錬金頁とインデックスが増えている。記憶を失くした反動なのか、この世界で得た新情報で溢れかえっている。
小学一年生になった気分だ。ああ、学校の事は知っているのに通った記憶も旧友の事も何も覚えていない。ごっそり個人情報を抜き取られた気分だ。さほど、失って勿体ないと思うほどの高スペックの人間ではなかったと、なんとなく理解する。
アレックスが貴族だったことへの自分の無意識の反応はコンプレックスだった。そう思うと、前世はリッチでもない、名誉もない、そう評価して間違いないだろう。ただ、街並みを見て貧乏を悲しむ感情があると云うことは、それ以上の生活を送っていたと推測はできる。今や、そんな推測に基づく価値観こそ不要なのだが。
今日の出来事で気になったのは、ジャスミンの【使用人Ⅱ】というスキル。使用人ということは雇用者がいる。おそらく十中八九貴族だろう。どこの国なのか、どこかに国はあるのか。聞く気にはなれなかった。貴族としての自分のアイデンティティを探そうとは思わない。探究心の前に、自分と三人を守れる力が欲しいと間違いなく望んでいる。その選択を間違えないように、変な欲望や興味を持っても、優先順位を間違わないようにしないと。改めてそう思った。レベル10で死んで、今のレベル20で何ができると云うのだ。これで簡単にまた同じ目に合うなら、クソゲーと云うより、ただの雑魚だ。
そういえば、衝撃続きの毎日だけど、怜奈っていのは前世の名前だと思うのだ。俺が日本人だった記憶はないが、彼女と同郷だという感覚がある。自分探しは停止して、過去の怜奈を知りたいかといえば、どうだろう。興味はあるが過去を掘り下げるより、彼女のこれからの望みを確認すべきだと魂が警告する。女の秘密は、なんだっけ、アンタッチャブル。ああ口に出た。
隣で寝ているはずの、怜奈と目が遭った。起きていたのかよ、怖いわ。
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