第15話 テンプレ冒険者たち あるある

 レナの可愛いオネダリがあったからというわけではないが、邸宅の裏庭(西側)の25m×70mの敷地を訓練場として作った。南側が立ち位置で、北側に的。レンガブロックが破損しない様に軟らかい粘土と砂で幅20m×高さ3mに敷き詰めた。


 早速、リアとレナが【火弾】【土弾】の練習を始めた。最初は70mも飛ばないようだ。的に近づいて、5m、10mと練習をしている。

 俺はこの村を散策とトレーニングを兼ねて、近くを走って来ると告げた。クリスティもついてくると云う。そもそも南北には獣道があるが、ここから南西東は、俺にとって未知の領域だ。昨日食べた無色の魔石のせいか、体が軽く感じた。気配察知が向上し、視力も良くなった気がする。不確実な感覚程度の話だが。


 まずは東に向かった、やはり2km付近には谷底が広がっていた。どんだけなんだよ、土魔魔法Ⅳの威力は、と思わずにいられない。けれど、感覚的には【水弾Ⅲ】がもう少しでⅣになりそうなんだよな。


 谷底には降りずに、そのまま南に向かう。ところどころに崩れた小屋、放置された畑、雑草の生えた空間が目に付く。この辺りには人が住んでいないのかと、クリスティに聞くと、以前は住んでいたが、三年ごとに、冬、山から魔獣が大量におりてくる日があるのだという。魔獣行進モンスタ・パレードといい、今年の冬が、前回から数えて三年目の年なのだという。レベル20~30の魔獣が主力だという。


 モンスター・パレードが終わると、一角ウサギやイノシシ、ウルフ等が食材として街に残り、生き残った人々の食を満たす。そうやって人は飢えずに生き抜いているのだという。なんか凄惨な食物連鎖のサイクルだな。レベル30程度なら、レンガブロックで十分か。時々飛び越えてくる奴はいるだろうな。これまで出会った魔獣を思い出し想像してみた。数えられないくらいの魔獣が更新すると云う。数えられないのだから、それ以上想像すらできない。


 街には城壁があるのかと思っていたら、壁はなく、壁の代わりに、頭陀袋に泥や土を詰めたり、岩を置いたり、土を盛り上げたりはしているが、木の柵程度では突破されるという。ここから街まで、走って30分くらいの距離、だいたい4kmほどのようだ。街には入らないけど、外から見てみたいとクリスティに告げ、南に緩やかな丘を下る様におりていった。

 道なき道だ。平たんではないため、土と岩と石が不規則に落ちており歩きにくい。探知地図を埋めたいので西南方向に斜めに歩いた。かつては人家だった家の成れの果てのような樹々、土壁、屋根代わりだった板のようなもの、布の端切れがあちらこちらに落ちている。そう思うと、死が身近にあると納得する。


 やがて小高い丘の上に辿り着き、眼下を見下ろせる場所で座った。街が一望できる。5000人が暮らす街。街というか村だよな。その光景を見て、ヨハネスブルクにあった貧しい集落が一面に広がる光景を思い出した。バラックというか家ですらない、木の柱4本に布をかけた屋根、テントとはとても呼べない人の暮らしが半数。街に漂う悪臭も当然想像できる。

 四角く囲っている小屋っぽいのが三割。辛うじて区画整理されているであろう中心街に二階建ての木造建造物が一割ほど密集しており、あのあたりがギルド街なのだろうか。残り一割が露店か。中央広場とも呼べそうな広い土色の土地を囲むようにして店が並んでいる。

 想像通り、いや想像以上、そのどちらも当てはまらない。原始と云うには人が多い。中世というか近世でも見られる光景でもあり、現代社会にも通じるものがある。ひょっとしたら、原始社会という概念が、俺の知る原始社会とは一致しないのかもしれない。魔法やスキルがあるから。

 ただ、貧困層が住むような景色が広がるリアルを目の前に、無性に悲しい気分になった。これがウェルカム異世界のリアルかと。クリスティが俺の膝の中に背を向けて座った。無言の二人が見降ろす街。フォンタナ。


 港町とは聞いていたが船はせいぜい手漕ぎだ。外洋船ではない。波一発で、引っ繰り返りそうなボートと云ってもいい。ひょっとすると街には元気な子どもたちの笑い声が聞こえるかもしれない。瞳輝く若者がいるのかもしれない。然し草臥れた大人、果たして老人まで生きていけるのかはわからない。三人を見ているとかつて家族を失った話を詳しく聞いたことはないが、一人一人に物語があるのだろう。


「国造りとか、夢を見すぎだろう」


 そんな思いが込み上げてきた。クリスティの栗色の髪に自分の顎を乗せた。


 ◇

「さあ、帰ろうか」

「ん」


 俺たちは砂ぼこりが舞う荒野ともいえる土地を踏みしめながら北に向かった。ここからでもレンガブロックの物見やぐらがぽつんと見える。明らかに異質だ。思わず苦笑いしてしまう。


 背後から若者たちの声が聴こえる。ちらっと振り返ると、五人の男女、冒険者か、左手の腕輪が見える。装備は古びているが不統一、中古品一式で揃えたかのようだ。こんな時間から森へ行くのだろうか。太陽は傾き午後3時くらいなのか、時計がないので時間はわからない。目の前の影が斜めに伸びている。


 早掛けの足跡が近づいてくる。と思ったら、男三人が俺たちを追い越し、3mほど手前に立ち止まって、振り返った。若いな。俺は立ち止まらない。クリスティの右前に立ち、男たちを無視して歩き続けた。男たちは再び俺たちを通り過ぎ、今度は手を広げ、道を塞ぐように立った。嫌らしい笑みを浮かべて俺とクリスティを値踏みした。異世界のヤンキーかよ。


 予告なく、真ん中の男の腹を蹴った。3mほど飛んだ。二人の間を無視して歩く。


「どけ、邪魔だ」

「お前、俺の仲間を蹴ったな」


 右の男が何かを言ったので裏拳で顔を殴った。2mほど飛んだ。左の残った男が剣を抜こうとする。


「死にたいなら抜け、抜く前に死ぬが・・・」

「やめなさい!」


 背後から女の声が聴こえ、目の前の男は、剣を抜くのを踏みとどまったようだ。


「命を大事に」

 クリスティの捨て台詞。俺たちは振り返らずに前に進んだ。背後の足跡は聞こえなくなった。


「知り合いか?」

「ううん、見習い冒険者だった子たちだと思う。腕輪をしていたから、Fランクになったのかな」


「奴らの目的はなんだ」

「さあ、腕試し?」


「蹴りも拳も見えていない奴がか、俺が一角ウサギより弱く見えるのか?」

「相手の力を測れない。だから、魔獣に食われて、簡単に死ぬ」


 丘になっていた道を上ると、三軒の家、その北側のレンガブロックが見えてきた。東側の道路沿いに十数人が集まって、塀を眺めている。ああ、森への通り道だから目立って仕方がないな、これ。今更だが。

 身なりから判断して、森から降りてきた冒険者たちだろう。三台の荷車のようなものに、数十匹単位の解体後の魔獣素材を乗せている。遠征帰りか。両手から血を流してうずくまっている者も三人ほどいる。塀を乗り越えようとしたのだろう。不法侵入とかの概念がないんだろうな。つい、鼻で笑ってしまう。彼らを馬鹿にしたわけではない。こんな世界に自分に対して、自宅周りに罠を仕掛ける自分に笑ってしまった。


「面倒だな」

「アレックスの望み通りじゃない、誘き寄せて倒す」

「あれは魔獣と盗賊の話だ、あいつらは同業の冒険者だろう」


 俺とクリスティが立ち止まって話をしていると、先ほどぶっ飛ばした五人組が横をすり抜けて、目の前の冒険者たちと話をしている。先ほどの件をチクっているのだろう。五人以外の男たちがこちらへ振り返る。まあ、レッド・ボス・ウルフと対峙した時の圧迫感はない。クリスティの肩を抱き、家に向かった。


「道を空けてくれ、そこは俺たちの家だ」


 黒い鉄の門扉を指さし、その前にいる男たちに声をかけた。無言で避けてくれた。鉄の門を開こうとすると背後から、少年たちが喚く。


「そいつにいきなり蹴られて殴られたんだ」


 俺は肩を竦めた。まるで喜劇だ。まさか自分が肩を上げるポーズをとるなど、思ってもみなかった。


「道を塞いだことを反省していないなら、死ねばいい」


 クリスティが冷酷に言葉を吐く。


「そうだな」


 俺も事情説明などするつもりもない、先ほど剣を抜きかけた男だ、その上、言いがかりをつけてきたその男に手を掲げ、【水弾Ⅲ】で放水した。50mは飛んだかな。向かい側の畑の中ほどまで飛んだ。凄いな、スキルⅢ。消防士になれそうだ。いや、海上自衛隊だっけ。敵船に放水するのは。


「待て、待て、殺すのはナシだ」

 いかにも、こいつらゴロツキの中で信頼を得て、束ねているのは俺様だ、と云わんばかりの年の割に髭面の男が、俺を嗜める。


「蹴って殴ったのは事実だ。経緯はそこの四人に聞くと云い、真実を語るとは思えないがな、それでも文句があればいつでも来い、次は予告なく殺す」


 俺は、残りの四人の男女を睨みつけ、首を斬るように指先を切った。


「何の騒ぎだ」


 門の中から、リアとレナが出てきた。いやいや、ややこしくなるから出なくていい。


「散歩の帰りだ。おい、そこの手を怪我した奴、これを塗っておけ、次は塀ではなく門から入って来い」


 いやし草を二枚ずつ、三人の男に渡した。彼らは渋面だったが素直に受け取った。


「なんだ、お調子者のジャックじゃないか、塀を越えようとしたのか」


 呆れるような口調で、リアがジャックという男に声をかけた。


「クソ!リア、お前らのせいか、手を怪我したじゃないか」

「あんたがアタシたちの新居に夜這いを賭けようとするからだろう、流石にこの人数の相手をするのは骨が折れるよ、勘弁してくれ」


「馬鹿言うな、誰がお前に夜這いなんてかけるか」


 呆れたようなリアが手をフリフリと振る。猫耳も揺れているようにも見える。

 ジャックと呼ばれた男は毒舌を続けたが、分が悪いのか、手に握った薬草はクシャクシャになっていた。


「ああ、表札をかけ忘れたから、誰の家か分からなかったのか」


 勝手に解釈した俺は、門の上部に、『カノッサの星屑』の鉄製のプレート(縦50㎝、横1.5m)を固定した。


「なかなか、いいんじゃないか」

「だろう?」


 リアが褒めたので、まんざらでもない感じで俺も応えた。

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