第5話 三人の冒険者の話

 五匹も兎が取れれば、今夜と明朝、明日の昼の弁当にもできると、エレナもホクホク顔だ。表情が豊かで可愛いな、とつい口に出せば、肩口をゲシゲシと殴られた。


「随分とエレナに懐かれたな、アレックス」

「そうですかね、エレナには、水場も教えてもらえましたよ」


 村まで降りると、リアナに冷やかすように云われた。リアナが云うには、普段のエレナは男が苦手なのだという。そんな風には見えなかったけれど、褒め慣れしていない部分があるのは、少しわかった気がする。


「兎が五匹、水もたっぷり汲めましたよ、あと薬草も」

「そうか、大量に獲れたな、風呂桶に湯を沸かしてくれるか、薪はその家の裏にある」


「了解」

「風呂桶をみんなが使った後に、その薪の上で鍋をしよう」


 薪の周りに乾燥した藁を集めて、覚えたての『イグナイタ』で着火、火を起こせた。おお、なんだか俺の中の文明が一歩進んだ。大袈裟、と云われ隣にクリスティが座った。投げ出した長く細い脚に、ドキッとしてしまう。ジョッキに新しい葉を2枚入れている。


「水を注ごうか」

「ん」


 昼間に、ジョッキに注いだ時より上手く水を注ぐことができた。熟練度みたいなものがあるのかな。クリスティの顔色も随分と良くなった気がする。


「顔色が良くなった、体調はどう?」

「ん、楽になった。アレックスのお陰、昨日盗賊に襲われかけた。これは、体内魔力の使い過ぎ、軽度の枯渇症」


「倒せた?」

「ん、私が三人の腕、リアナが三人の首、エレナの矢で二人の目を潰した」


「ええ!マジで大丈夫だったの?」

「クダラナイ男ほど、数を集める才能は一流、腕前は三流」


 三人を取り囲む8人の男達の絵面を想像した。きっと、御馳走前のウルフのように涎を流していたに違いない。しかし、容赦ない世界だな。


「強くないと生き残れない、家族もみんな死んだ」


ぽつりと云うクリスティにかける言葉がない。


「盗賊を殺すと、レベルが上がる」

「え?」


「魔獣より弱い、だから人が人を簡単に殺す」

「殺しちゃダメみたいな法律はないの?」


「ホウリツって何」

「ええ?国が作ったルールや取り決めみたいなものかな、ルールを破り、取り決めを無視する人には、国が罰を下す」


「クニって誰」


 あらら、村がある、街もある。それらがまとまって一つのチームみたいなものかな。他の国(チーム)と戦うための大きなパーティみたいな感じ。国の概念について適当に思い付きで考えをまとめて答えた。


「エルフの里みたいなものかな」

「ああ、里、そうそう、里が、たくさん集まって国になる。里の決め事を他の里も守る。それが法律の素みたいなものかな」


「わかった、アレックス、賢い」

「いやいやいや、知らないことをすぐに理解できたクリスティの方が賢いよ」


「私は賢い、それは知っている」

左様でしたか、失礼しました。


「賢いだけじゃ、生き残れない。魔獣に食われる、魔獣を倒せる力が必要」


 町の人や、他の冒険者はどれくらい強いのか尋ねてみた。冒険者だとレベル50くらいになると一流と云われるようだ。レベル20~30くらいの冒険者が多く、30以上になることが難しいらしい、その壁を乗り越えられない男たちは、食うに困り、盗賊になり、人から奪うのだという。

 町の人は、職業にもよるがレベル5~10。一人一つのスキルが当たり前で、戦闘系のスキルではない場合は、一人で生きるのも大変なため、早めに家族を作ったり仕事仲間を募ったり、パーティに所属したりするのだという。


「面白い話をしているのか」


 服を脱いで、下着姿のまま風呂桶に何事もなく入るリアナ。その背には仲間を守った刃傷があった。エレナがリアナの背中を布で擦っている。俺が認知している以上に、この世界は未熟で、未開拓なのだろうか。

 家を守る門や塀がないのは何故か、家のドアや鍵がないのは何故か。リアナに尋ねた。『家の扉がないのは、盗まれるような高価なものがないと示すためだ。扉を閉めると、開けたくなるのが人間だろう』、と云われた。そういう考え方もあるのか。寝ている時に盗賊が来ないのか、魔獣が来ないのか、塀や柵、罠があれば安心して眠れるじゃないかと俺は主張した。


「なるほど、襲ってこいと誘って倒すのか、レベルも上がるし、いいかもしれないな、流石アレックス、考えつくことに、イチイチ理由があるのだな」

「いや、自衛が目的だ、レベル上げはおまけみたいなもの」


 俺は笑いながら抗議して、説明したが、どうやら考え方の根底が全く違うようだ。リアナが立ち上がり、素っ裸ではないが、俺に向き合う。「門や塀や柵、があれば家族が死ぬこともなかったかもしれない、材料を揃えて作ってみよう」と突然エレナが宣言をした。エレナもクリスティも頷いている。


 次は、エレナが服を脱ぎ、風呂桶に入った、クリスティがエレナの背を洗うようだ。俺はひたすら、湯加減の調整のため薪をくべ、火を強くしたり弱くしたりしていた。


 男の前で肌を晒すことに抵抗がないのだろうか。『アレックスがパーティの一員じゃなければ見せない、パーティだから見せる、当たり前』とクリスティが応えた。声に出ていたようだ。『欲情するのは男の勝手だ、相手をするかどうかは女が決める』リアナが事も無げに云う。


 このあたりのルールというか文化を覚えた方がよさそうだ。成人となる15歳になると村や街で適当な男を見つけて、初体験は済ませるのだという。最初の相手が盗賊だと嫌だろう?とリアナに云われたが、男の俺が、返事をするものでもない気がした。が、嫌というか、「最悪だよな」、とは思ったら口に出ていた。


 エレナが風呂桶から出ると、次にクリスティが服を脱いだ。リアナが僕に目配せをする。洗えということですか、僕は湯桶の中の布を取り、体を拭こうとした。


「アレックス、布じゃなくて、手で【水弾】を出しながら洗う」

「え」


 僕は両手で【水弾】を出しながらクリスティを揉みしだく自分を想像してしまった。アリだな。両手から水が出てきた、風呂桶の中で【水弾】を放つとお湯になる。外気の魔力を利用するというのは、こういうことなのか。クリスティの髪、首、肩、腕にかけて、手のひらからお湯の【水弾】シャワータイプを放水しながら、彼女の体を流していく。短い髪のせいで、綺麗な背中に触れることに躊躇いを感じる。肩甲骨から背骨、腰に掛けて湯をかけると、クリスティの体が仰け反る。


 これヤバいな、口に出た。桶から長い脚を出す、足にも湯をかけ磨き擦るようなマッサージを太もも、ふくらはぎ、足首、足の指まで念入りに洗う。反対の脚も同じように。前はどうする?と尋ねると、自分で洗うからいい、と断られた。足も洗えたよね、ということは言葉にはならなかった。


「クリスティだけ、ずるいな、気持ちよさそうだ」

「私もそう思う」


リアナとエレナが、抗議をする。


 明日は順番を変えましょうか、え、俺が三人を洗う?【水弾】のスキルレベルが上がるからお得だろうと?わかりました。引き受けます。隅々まで丁寧にお湯で注ぎましょう。

 スキルレベルってどれくらいで上がるのか尋ねると、100回とか200回とか、切りのいい回数を発動し続けていると、スキルレベルは一段階上がるようだ。これは、俺にとってお得しかないな。素晴らしいぞ、異世界、ありがとう、魔女様、「ありがとう三人の美女たち」、最期だけ声に出た。


 馬鹿なことを云っている暇があれば、早く脱げ、と云われた。次は僕の番か。いや自分で流せるけれど、背中側はお願いします。どうやら背中の心臓裏に剣の刺し傷があるようだ。背中から一突きでブスリ、素人の手によるものではないな。躊躇いが全くないと、自称剣の達人、リアナに云われた。

 いつか俺を殺した犯人には、辿り着くとして、レベルはやっぱり上げておかないと返り討ちにされるよな、明日からも頑張ろう。今夜は私の家で寝ろとリアナに云われドキドキしていたら、両膝の薬草の交換役に任命されただけだった。


『この世界の女を舐めるな、私にいつか足を開かせてみろ』、と男前の発言をリアナがしていた。この手の女剣士タイプって、クッコロとかいうチョロインじゃないのか。僕の独り言は漏れなかったようだ。


 こうして異世界転生初日は終わった。楽しみにしていた回収手帳を開く間もなく眠りについたようだ。

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