原住民
第3話 村人か 冒険者か
自分の外見はどう見えているのだろう。魔女様から言及もなく、ここに鏡なんてものはない。湖に顔を映して、「若返っている!」とかするのもアリよりのありかな。8割記憶を削られている割に、自問自答ができるのは助かる。よほど、前世は異世界シンドロームだったのだろうか。今世のアレックスの記憶が全くないのが心配だ。いや、むしろ葛藤が無くていいのか、そういうことにしておく。
あ、ナイフの表面に顔が映らないかな。試してみよう。
焦げ茶色だけど、明るい色の髪、瞳も似たような色だ。肌の色は、想定内というか、手の甲と手のひらを見てある程度、想像はしていた。ごく普通。眼つきも悪くない。盗賊のような風貌でないことには、心の底から安心した。
前方が開けてきたような感じだ。木々に降り注ぐ日の光が増え、明るさを増した。胸が少し昂る。自然と駆けだしていた。
◇
森を抜けると、目の前には段々畑のような、乾燥した土の畑が眼前に広がった。山の谷あいの平坦な土地を人工的に切り拓いた様子がうかがえる。人里は近いはずだ、畑は3,4,5,6面ある。芋畑だろうか。生活感のある人類の痕跡には違いない。友好的な話ができるといいが、田舎ならではの閉鎖性と内向性も考慮しておく必要はあるな。
畑の間を通り、細い道沿いに緩やかな坂を降りると、藁葺、土壁の小屋があった。農機具をしまう小屋だろうか。人家には見えない。
「こんにちは」
声をかけながら、歩を進める。誰もいない。鍬や木の棒、籠、網のようなものがあるだけだ。盗難の心配は、しなくていいのだろうか。魔獣は森から出てこないのだろうか。さらに、歩を進めると、3つの平屋が寄り添うように儚げに建っている。藁ぶき、不揃いな木と土の壁。玄関というか入口にドアがない。衝立のような木の板が1枚立てかけられているだけだ。古民家というより、世を忍ぶ老人が住んでいるような建物だ。
「こんにちは」
真ん中の家の裏手から煙と匂いが立ち昇っている。どこからどこまでが敷地かはわからない。柵も塀もない。村を取り囲むような壁もない。取り敢えず、路上から声をかけてみた。家の裏手に回ってもいいが、敷地内だと揉め事になるのも面倒だ。
「こんにちは、どなたかいませんか」
「誰だ!」
「何の用だ!」
「何人で来たの?」
三人の女性の声だ。同世代だろうか、老婆の声でもなく、小さな子どもの声でもない。警戒している様子は声色でわかる。
「森から下りてきた冒険者、アレックスと云います、煙が見えたので、声をかけました。一人です」
なるべく丁寧に、心の声が漏れないように、思考を止めて、即反応した。
「武装を解除して、座って待っていろ」
「わかりました」
僕は腰の短剣を抜き、1mほど前に兎と一緒に置き、路上に座って待つことにした。思考を止めることに意識を強くした。
三軒並んだ家の南側から、三人の女性が現れた。一人は弓を構え、一人は剣を腰に下げ、一人は杖を持っている。身なりからして、村人ではなく冒険者のようだ。左腕に腕輪がある。足首が隠れるブーツを履いている。目の前の事実のみを理解するように努めながら視線を上げようか迷った。剣を腰に下げている女の両膝は擦りむいて血が滲んでいる。足を引き摺ってはいないが、痛そうだ。杖を持っている女は、不機嫌そう、いや体調が悪いのか、顔の血色が悪い。弓を持つ女はいたって元気そうだ。
「アレックスと云ったな、冒険者レベルはいくつだ」
「10」
「年は?」
「17」
「兎はどうやって仕留めた」
「水弾で」
その三点を確認すると、ウサギの状態を見て、三人の女たちは相談を始めた。
「この兎を貰えるなら、食事を振る舞ってやろう、どうだ」
「ありがたく」
「その前に、アレックス、お前を【鑑定】させろ、盗賊の一味でないか確認したい」
「どうぞ」
「クリスティ、【鑑定】を頼む」
「わかった」
クリスティと呼ばれた女が、杖をおろして、近づいてきた。
「アレックス、手を出して」
僕は右手を差し出した。クリスティの顔を見上げた。同時に、何気に魔女様の名前を呼んだ。
▼【魔女鑑定】――――――――――――
名前:クリスティアラ
年齢:16歳
種族:ハーフエルフ 成人
所属:パーティ「カノッサの星屑」
レベル:14
パッシブスキル:【風刃】
アクティブスキル:【鑑定Ⅱ】
――――――――――――
「アレックス、17歳、レベル10、【水弾】と【短剣】のスキル持ち、問題ない」
「そうか、アレックス、ついてこい」
剣を腰に下げた女が、短剣を拾い俺に返すと、背を向け裏庭に回った。俺は短剣を腰の鞘に挿し、ウサギの角を掴んで三人の後を追った。煙の正体は、鍋を煮込む炭のから出たものだった。僕はベストの裏側から取り出すフリをして、4枚の薬草を採りだした。
「これ、良かったら膝の傷に、『癒し草』2枚使って、あと「回復草」2枚はクリスティさん、体調が悪そう」
「おお、アレックス、気が利くな、助かる、クリスティ【鑑定】するか」
「ううん、薬草は見ればわかる、大丈夫、アレックス、ありがとう」
「どういたしまして、三人は冒険者のパーティ仲間?」
「そうだ、自己紹介しておくか、私はリアナだ、前衛をしている」
剣を下げた紅い髪の女がリアナと名乗った、湯通しした癒し草を膝に貼ろうとして、痛みでバランスを崩し、転びそうになった。それを咄嗟に手を入れ、体を支えた。
▼【魔女鑑定】――――――――――――
名前:リアナ
年齢:18歳
種族:3/4ヒト族 1/4猫族 成人
所属:パーティ「カノッサの星屑」
レベル:16
パッシブスキル:【剣技Ⅱ】
アクティブスキル:【肉体強化】
――――――――――――
「大丈夫ですか?リアナさん」
「ああ、すまん、腹が減って力が入らない」
リアナが軽口をたたいた。
「あはは、無駄に肉体強化をかけているからよ、私はエレナよ、よろしくアレックス」
「はい、よろしく、エレナさん」
弓を下したエレナが、ウサギを解体しながら、肉を端から鍋に放り込んでいく。栗色の髪のクリスティは木製のジョッキを空にして、ジョッキの中に『回復草』を2枚入れた。それを俺に渡した。
「アレックス、【水弾】を弱めて、水を入れて」
僕は無言で受け取り、【水弾】の最弱をイメージしてぼたぼたとジョッキに水を入れた。こういう使い方もできるのか。
「はい」
ジョッキを手渡すと、クリスティは風魔法でジョッキの中をかき混ぜ、一口飲んだ。
「新鮮、採れたての葉の味がする」
「10分ほど前に採ったばかりだよ」
「アレックス、言葉遣い、変」
「え?」
僕は動揺した。異世界言語共通の翻訳が上手くいっていない?
「冒険者の癖に、言葉遣いが丁寧すぎる」
肉を鍋にどんどん放り込みながら、エレナが助言をくれた。
「ああ、初めて会った女性が、年頃で、綺麗で、可愛くて、動揺したせいだ」
「あっはっは、アレックス、お前、人の脚しか見てないじゃないか」
三人が笑う。
「詐欺師にでもなるつもりか、このお世辞野郎」
「お世辞じゃないさ、三人とも顔を直視できないくらい素敵だ」
「ははは、やめろ、腹が痛くなる」
「無理だ、俺は考えたことが駄々洩れになる呪いにかかっている」
「なんだそれは」
「その呪いは本当」
エレナの突っ込みに、クリスティが淡々と呪いが本当だと伝える。鑑定で見えたのかな。まあバレるなら、早い方がいい。
四人は、ウサギ鍋を囲み、互いのことを話した。僕は谷底で目を醒まし、【鑑定】でわかること以外の記憶を失くしたことを伝えた。
忘れたのではなく、失くしたのだと。
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