森の中

第2話 森を南に向かう

 崖から登り、一番近い木に短剣で×印をつけた。死体を引き摺った痕跡がないか、複数の足跡がないか、あたりを見渡した。鳥のさえずりが聞こえる。何の鳥かはわからない。動物や魔獣の鳴き声にも耳を澄ませながら、足元を見てみる。違和感はない。崖の向こう側を見渡す。似たようなものか。


 太陽の位置をもう一度見た。なんとなく東西南北を推測した。谷底で見た正面が南だ。太陽が東から登り西に落ちるという前提だとしたらだ。僕は西側の崖に登り、南側は降っている。北側が微妙に登っている。一度西に向かい、道があれば南に行こう。そう決めつけて森の中を明るいうちに歩くことにした。


 ふと、自分の身長がどれくらいあるか、刃渡りナイフ35㎝、持ち手を含めると50㎝ほどか、体のサイズを計ってみた、1.2.3と半分、175cm前後か。一応、自分自身の基準を決めておきたい。足のサイズは27くらいか。利き手は右手のようだ。左手だとナイフに違和感がある。左手で【水弾】が出るか確認。


バシュ!


 万が一、同じレベル10前後の仲間に殺されたとしたなら、この森の魔獣の強さ、レベルは同程度、もしくはもっと低いはずだ。死体を運び、安全に帰る必要があるはずだから。体や服に切り傷、刺し傷の跡がないことから、毒殺もあるのか?いや、ないなあの時見た、足元の血痕が、・・・などと独り言をつぶやきながら、歩き続けた。


 足場は悪くはない、膝と脚との間くらいの雑草が時々生えているが、草むらから魔獣が飛び掛かるには、雑草の背丈は低すぎる。鳥の囀り以外には聞こえない。空気が澄んでいる。空腹は感じない。死後どれくらいたったのか、全く見当がつかない。


 やがて、獣道のような道を見つけた。東西ではなく、南北に走っている。僕は南に向かって近くの木にバツ印をつけ、歩き続けた。緩やかに下っている。歩きながらも想像が止まらない。死体から武器や小銭を奪わなかったか。盗賊なら、身ぐるみをはがされていたはずだ。カバンやバッグのようなものが全くないとするなら、やはり仲間内の痴話喧嘩の延長だろうか。謎が尽きない。自殺ではないことは、状況と本能が、理解させる。


 四方を見渡しながらも歩き続けた。汗はかいていない。暑さも寒さも感じない。季節感が分かりにくいが、真夏でも真冬でもないことはわかる。周りの樹々は其れこそ新緑だ。落ち葉っぽいものは一切ない。

 ぐにゅっと何かを踏んだ。振り返ると、水たまりではない。半透明な液体をぶちまけたような、スライムか?

スライムをかつて、見たことはない。が、液体がかかった周りの草が溶けたようにも見える。スライムは酸を吐くのだっけ。これは前世の知識のほうか。なんとなく、前世の知識を引用した時の、脳裏で引き出しを開いたような感覚にも慣れてきた。


「魔石だとか魔核だとかがあるのかな」


 1mほど距離をとって、眺めてみたが、死んだのか。ナイフの先で石ころのような魔石を取り、目の前で見てみる。小指の爪の半分くらいの大きさのサイコロと云うにはり規則的な立方体ではない。丸でもない。不規則な青みがかった透明な物体だ。

とりあえずポケットに入れて周りを見渡した。スライムの餌ってなんだ、水場が近くにあるのか?耳をそばだてるが、水の音は聞こえない。


 ギギっという小動物のような鳴き声が聞こえた。何の鳴き声だ?前方右前辺りから聞こえた気がする。足を止めた。


 ガサガサガサ、と草の中を移動する音。草がこちらに向かって揺れている。


【水弾】


 ギギっという鳴き声とともに足音と草の揺れが止まった。近づくと兎のような白い毛皮、角、短剣より少し体調は小さい。【水弾】が眉間を貫いたようだ。左手で角を持ち、右手で前足を掴んだ。ふと、兎に手を当てた状態で、魔女様の名前をつぶやいた。


▼【魔女鑑定】――――――――――――

一角ウサギ レベル8 獲得経験値8

取引価格 相場 白銅貨2枚 (食用可、生食不可)

――――――――――――

魔女様の言葉を反芻した。


「私は、魔女ラウラ、対象に触れ、声に出すか、心の中で私の名を呼べば、状態を確認することができるようにしましょう」


まじか!


 手を触れるのは自分だけではなく、対象物でもいいのか!自分のテンションが上がるのがわかる。


白銅貨2枚って20円?200円?


 血抜きとかわからないので、このまま持って歩こうか。それとも魔石を取り出すか。いや、目的は小銭集めではない。まずは集落が先だな。手土産にしよう。


 スライムに一角ウサギか、ますますファンタジーだな。生活魔法とか使えないのかな。状態鑑定では、そういう表記はなかった。片手が空いているうちに、手首の腕輪を見て、調べてみようか。

 僕は立ち止まって、腕輪の裏と表を見た。表には、Fの文字、裏にはアレックスと名が彫られている。恋人同士が交換するには無機質。これは、いわゆる冒険者ギルドの認識票だよな、と勝手に判断して左手で兎の角を持ち、ベルトに引っ掛けた。両手を空けておきたい。


頭の中に魔女様の名と顔を浮かべ、魔獣について知りたいと願った。


手帳が開いた。


 スライムの情報と一角ウサギの情報が書き加えられていた。魔獣情報のページというわけか。


▼魔獣図鑑

青スライム レベル4 獲得経験値4 魔石5個で白銅貨1枚

一角ウサギ レベル8 獲得経験値8 魔石、肉、角、毛皮で白銅貨2枚


通貨単位を知りたいと祈った。


「通貨単位を教えてください、魔女様」


▼通貨単位(所持金408,000円=4080G)

金貨1枚=拾万円(2)

大銀貨1枚=伍万円(3)

銀貨1枚=壱万円(5)

大白銅貨1枚=壱千円(8)

白銅貨1枚=壱百円


 結構、所持金があるな、レベル10の冒険者としては、大金じゃないのか、いや、貴族としては端金なのか、わからん。脳裏に浮かんだ回収手帳をめくるイメージで、冒険者ギルド、冒険者ランク、レベルについて強く意識した。


▼冒険者ランク(冒険者登録時、説明済み情報)

A=レベル100

B=レベル70

C=レベル50(一流)

D=レベル30

E=レベル20

F=レベル10(ルーキー)

G=見習い


「地図とかマップとか出ませんか、魔女様」



▼地図頁

 ああ、これ踏破した地図しか出ないわけね。それでも過去履歴がたどれるのは嬉しい。古いRPGゲームのダンジョンマップの穴掘りみたいだな。一桝を1㎞とすると、すでに8㎞くらい歩いているようだ。レベルが上がったら地図の精度や機能が充実しますように。赤い点と黄色い点があるのはなんだろう。点の種類を調べたいと念じる。


赤=魔獣

黄=素材

青=仲間


 黄色は素材か、身近にある3つの黄色い点を脳裏に思い浮かべ近づいてみる。これか?緑一面の中の緑。葉に触れて魔女様の名を告げる。


▼【魔女鑑定】――――――――――――

いやし草(薬草):怪我からの回復を5割上昇させる。

取引価格 相場 大白銅貨1枚/薬草10枚 


毒消しの草(薬草):毒レベルⅡまでの毒状態を中和する。

取引価格 相場 大白銅貨1枚/薬草10枚


回復草(薬草):病気の進行を遅らせ自己治癒力を3割高める。

取引価格 相場 大白銅貨1枚/薬草10枚

――――――――――――


「魔女様、ありがとうございます」


 心の中で魔女様にお礼を告げ、頭を下げながら、3種類の薬草を10枚ずつ集めた。ポケットには入らない。


『これ、回収手帳に収納できませんか』

手のひらから薬草が消え、手帳に収納された。空間収納庫?


『お金4080Gも、収納できますか』

ポケットの中、靴の中から硬貨が消え、手帳に収納された。


 手のひらを開き1G出金、1G収納。手のひらに白銅貨が1枚現れ、消えた。コツを掴んだ。魔女様に感謝!


 くぅぅぅ、宿でゆっくりと魔女様回収手帳と会話したいな。切に思う。森の中だと少し危険だな。意識がそっちに行ってしまう。


「この世界で言葉は通じますか、魔女様」


▼言語

異世界共通言語(特典)の為、会話、文字は心配無用。


 涙が出るほど嬉しい。魔女様の脚に頬擦りしたい。魔女様そっくりの女性はこの世界にいませんかね。ああ、会いたいです、魔女様。


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