第43話 語られない終章
『お、ちょうど繋がったぜ。おーい、注目しろオメーら』
『みんな、聞こえるか。アレフだ』
「……もう抜け出したのか」
ソラが苦虫をかみ殺した顔をする。
『フ……そう構えるな魔女よ。ルルが世界を包み、それを私が外から観測……そうだな、先ほどのキリュウの言葉を借りるなら、仮想の世界を外から調整する、という感じだ』
「それって……世界が滅んだ、ってこと?」
『そうではないカトレア。ここからはネタバレを避けるため、まだ攻略ノートは開かない方がいい』
そう釘を刺すと、アレフは続ける。
『ルルがキリュウのチェンジング・ワールドをコピーし、もう一つの仮の世界を作った。当然、元の世界のあらゆる事象がデータとして残っている。世界のバックアップを取ったと言えばわかるかね?』
「アレフはどうやって」
『そこの魔女の甘言に乗り永劫の実験を繰り返していたのだが』
『俺が作り直したんだよ。アレフを世界――あ、(仮)な。世界(仮)を操作する管理者に任命したのさ』
『戦い続ける別の世界の私を思うと不憫だがね。……さて』
「ええ……どうすんのよこれえ……」
フレイヤが頭を抱えた。
『フィドル。君が決めてくれて構わない。ミチホシが君を選んだ以上、私は君の判断を信頼する。彼が永劫回帰のスキルを止めたのは、そういうことだと解釈する』
『いいぜー、俺ものるよ。どんな未来も、創造してやるからよ。お前の思う道を示してくれ』
「……わかった」
一時の逡巡はあった。目を閉じ、開く。剣を向けた、その先には――
◇
夕陽が窓から差し込み、目を覚ました。
校庭から部活の上がりを告げる声、あるいは仲間を鼓舞する声。
「高校……時代……」
机から頭を上げ、ソラはそのまま自分の顔をなぞった。
長い――というには、あまりにも長い長い、夢から覚めた感覚だった。
最後、会社の役員室で信頼する部下から背中を刺され、意識を失う――
そんな先の先の未来。それが急速に薄れていく。
刺した彼女への驚き、悲しみ。怒り、憤り。痛み、絶望。
死に進んで、身体が背骨から凍り付いていく感覚。
次に思い出そうとしたときには消えていた。
朝起きて、しばらくしたら夢のことを忘れている、あの感じだ。
重い鐘の音のチャイムが鳴る。帰宅時間だ。
机横に掛けた鞄を取ると、教室の戸が開いた。
「あ、――先輩。まだ残っていたんですか」
顔が、靄にかかっているようではっきり見えない。
「君は……一年生、不動……不動、なんだったか。まさ、ゆき? そんな字面だったか」
「ええ? ――ですよ。――、正明。フ――マ――あ――」
名前が所々抜けてわからない。
言葉は耳に届くも、それが脳で処理され彼を誰か、うまく理解できない。
自分の名前も呼ばれたが、それも。それでも、ソラは彼を彼と認識していた。
「どうした、部活は」
その時なら、そう応じるだろうという言葉が自然と口をつく。
「今上がりですよ」
ずかずかと教室に入ってくると、横の席に座った。
「もう帰るところなんだが」
「あ、わかってます。ただ、どうしても、その。相談したくて」
「なんだ、いってみろ」
ギイコ、と椅子を軋ませて、彼は深刻な顔になった。
「同じ部活の、先輩の……いつも一緒にいる、〇〇先輩から、放課後に呼び出されています」
彼の耳が赤くなっていた。
うっすらとだが思い出す。
ここで、彼に自分も彼が気になる、と伝え、その親友を裏切った。
実際には自分はその親友に男ができるのが耐えられなかったためにそんな嘘を吐いた。疎遠になるのが怖かったから。
彼とは二回ほど付き合って出かけ、二週間で振った。
「そうだったな……」
遠い目をすると、彼は不思議そうにしていた。
「行ってやるといい。彼女はとてもいい子だよ。私が保証する」
将来、父の会社を継いだ時に彼女は現れた。
彼女が力を貸してくれるならこれほど頼もしいことはないと思ったが――
彼女は高校の時の、ソラが彼を奪い取ったことを知って、恨みを抱いて近づいてきたのだった。それを知ったのは、死の間際、彼女が半狂乱で自分に罵詈雑言をぶつけてきたときだった。
「そうですか……」
彼は悲しそうな顔をする。
「あのっ」
「君が私に好意を寄せてくれているのは知っているよ。だがすまない、答えることはできない」
「あ……」
「言っておくが中途半端な気持ちで彼女のところに行くのは許さないからな。行くなら、行け」
「……」
しばしうつむいて、やがて彼は席を立った。
「まあ、がんばれ」
「ありがとう、ございます……」
深々と、決別を告げるためか長めのお辞儀をした。
彼が教室を出ていき、一人取り残される。
これで何か変わるのだろうか。
悲惨な未来は分岐したのか。
はたして、こんなやり直しのチャンスをもらえるものは幾人いることか。
自分は幸運だ。
しかし。この虚しさは何だろう。虚しさしかなかった。
自分の判断は? 正しかったのか?
奇跡の享受を甘んじて受けた自分に、その答えは一生出ないように思えた。
なら、過去と同じになぞるべきだったのでは――
鈍い痛みが、胸の少し下に思い出された。
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