第41話 決着、一つの結末
その、オセの巨体を見据える。
そもそも一対一での戦いでは、どうやっても勝てない。
オセは、そういう風にできている。
多数で囲っても無理だろう。
遠距離から、魔法で仕留める?
そんな戦闘の間合いを彼が許すとは思えない。
その咆哮で魔力集中は途切れ、震えるうちに胴と首がお別れする。
「その姿に臆することなく。剣技『ブレイブハート』」
腹の中心に力をためる。
心臓の鼓動は一太刀を放つその時まで、平静を保つ。
すべての膂力を乗せる、その時のために。
「フィドル。貴様が魔王に相対するに相応しい器があるか、見極めさせてもらおうか」
鋸の化け物、獲物が上段に構えられる。2メートルを超える巨躯、豹のしなやかさ、そこから研鑽され尽くした、繰り出される剣撃。
まず、人間の反射神経では追いつけない。
故に、水晶の目に入れ替えた。先読みの呪詛がかけられており、スピードに勝る相手でも、行動を予測し先んじる目だ。
横薙ぎに放たれれば、剣で止めたところで剣ごと断たれる。
予測。奇跡的に、袈裟懸けの一撃が迫る。
相手の腕が消えた時には、力の方向を逃がし、利き腕以外のところに当てさせるよう剣の角度を合わせた。
利き腕と背中、腰、ここには既に全力が注がれている。
ただ、貫くためだけの、極限まで下げた腰から、上に手を突き伸ばすように、前倒しの突きに変わった。
「戦闘継続技能、
失われた部位を、あるかのように扱う呪い。身体の再生では間に合わないからだ。欠落があれば十全の力を乗せられない。たとえ、武器が神をも殺す必殺剣・咎人の剣だとしても、膂力と殺気のこもらない刃では、強靭な肉体と黒鉄に守られたオセの急所に届かない。
風が凪いだ、と思った時には左肩、左側頭部を持っていかれていた。
同時に、オセの喉の下を貫いた。
オセが武器を片腕で振るっていたら、空いた左手で首を薙がれていた。
両手でなければ咎人の剣ごと断てないと判断してくれたのだろう。
首の筋に僅かながらも刃が通っていなければ、その狩猟動物の誇りである牙によって、フィドルの喉は食いちぎられていただろう。
偶然の、これ以上に無い場所に刃が届いたのだ。
フィドルは手を放し、後ろに一歩、そして二歩、下がった。
そこで左手が丸ごと落ち、左頭部が砕け、地面に倒れた。
「む、う……」
鈍重に、オセの剣が持ち上がろうとする。
振り上げた左手が、胸に刺さった咎人の剣を握る。
ごぼ、と血を吐いた。
「うむ……」
唸り声か、それとも嚥下か。やがて、オセは膝をついた。
「フィドル!」
ソラが駆け寄る。
「我が血を以って、わが友を癒せ『
ソラの左腕がくしゃ、と潰れ、代わりにフィドルの左半身が癒された。
声なき悲鳴をソラは上げた。
「なんてことを……!」
左肩を押さえ、ソラはうずくまった。
「こ、れは、思いのほかに……痛いな、クソっ。仕方あるまい、ウィッチクラフトワークに完全治癒の魔法はないからな」
「ふ、ふ……魔界の書庫でみつけた
オセが呟いた。
「ハボリム、フェネクス二体と契約を交わしたのさ。フェネクスには、エカテリナの銃弾に対しての再生で権限を使わせてしまったがな。こ、こんな村人一人に転生者の腕一本だと? あのチビ猫の魔神め、ぼったくりがすぎる!!」
「法の判事ハボリムの……権能『
はたしてその感情は正しいのか、オセはにやりと笑ったように見えた。
「夢の世界では、フィドルの神殺しの力を乗せられないからな。現実の一発勝負、私たちの勝ちだ。通してもらうぞ。起きれるか、フィドル」
互いに支え合う様にして、ソラとフィドルは立ち上がった。
「神殺しの剣を俺なんぞに使いおって……ふっ。丸腰で行く気か」
自分の剣を、気力を振り絞り、フィドルに投げてよこした。
「借りていく」
満身創痍ながらフィドルは受け取ると、鋸剣を肩から担ぐように持った。
両手でにぎり、轟、轟、縦に横に素振りした。
「神殺しの剣は失ったが、魔神の剣、といったところか」
フィドルは一礼すると、オセの横を通り過ぎた。ソラも続く。
オセはどこか遠くにいる真の主に、膝まずいた姿勢のまま、動かなかった。
そうして、いつか訪れた謁見の間にたどり着いた。
そこにあった豪奢な玉座は無くなり、ただ、暗闇が広がっていた。
「無くなってる……魔王ごと、先に行った転生者のみんなが破壊した?」
フィドルが呟いた。
「違う。この暗がりの中は、世界と断絶された空間だ」
暗闇に手をやると、真夜中の水辺のようにソラの手首を飲み込んだ。
「遅かったわね」
目立たない位置、そこにカトレアがいた。頭の上にはルル=ドラ-ジの姿はない。
「なるほど。この黒い塊のような暗闇、これがルルか」
「そうよ」
ぽい、と二人の足元に、擦り切れた攻略ノートが投げられた。
「世界は、広がったルル=ドラ-ジ・ウェイクに飲まれ、消えてしまいましたとさ」
「……」
何気なくフィドルは手に取り、ページをめくった。
どのページも真っ黒になっていた。
「これで、フィドルに私を殺させて、ゲームクリアってこと? 魔女さん」
「いまさらその必要もあるまいよ」
ソラは首を傾げた。
「……そっか。そうね」
カトレアはしゃがみ込んだ。
「お前達は魔神を一人も倒さずにここまで?」
「ええ。相手にも、されてなかったってこと」
「もしも私たちが魔王に負けたならば、人間の国を一斉に亡ぼすそうだ」
「魔王は飲み込まれたわ。でも、その魔王を飲み込んだルルによって……」
「堂々巡りだな」
ため息を一つ、ソラは攻略ノートをフィドルから取り上げた。
最終頁と、裏表紙を行き来する。もう、続きはない。
ただ、黒く、大きな穴の様な絵。
今、目の前にあるルル=ドラ-ジの姿が描かれていた。
「聞いてもいい? 魔女さん」
「ああ」
「……こうなるのは決まっていたのでしょ? 私はきっと、このまま飲み込まれて死んで。あなたは転生者すべてが消えて元の世界に。なにか……あなたの行動に、意味はあったの?」
「もちろんだとも。落としどころがこうなるように仕向け、お前の攻略ノートを無効化した。無論、お前を殺すためだよカトレア。フィドルと魔王が対峙していたらどうなっていたかわからんが。案外、お前たち転生者と和解して仲良しこよしのハッピーエンドだったかもな」
「ひっど。そんなことよく本人を前に言えるわね」
「お前が聞いたんだろう。お前の攻略ノートと、ミチホシ・マツダのギフトだけが厄介でな。何度も何度も、やり直した。やりなおさせられた、か。フィドルという因子を見つけるまで、この世界を何週もしたさ。そのことはお前のノートには出ていなかったのか」
「そっか……話の芯に関わらず、観測だけしていたから。私は物語の関係者になれていなかったのね。だから……」
「私の魂は他所の体に行ったり来たり出来る性質だったからな。それで様々な記憶が引き継げてやり直しができた……とまあ、ご都合な後付けではあるがそう解釈している」
ぽろぽろと、カトレアの両目から涙が落ちる。
「だから、この未来も……いいえ、何も、変えられなかったんだ」
と続けた。
「ちょっと……悔しいな」
「そう言うな。それでいいんだよ、お前の役目は」
ソラはカトレアにノートを投げた。彼女は目を白黒させていた。
「ここからは裏ステージ、隠しルートだ。モブから勇者に化けた、転生者殺しの物語をそこで見ていろ! 観測者!」
ソラが目配らせをした。フィドルはただ頷いた。
「転生者殺しと、魔女の物語だと俺は思っているんだけど」
「バカタレ。気障な台詞などお前には似合わんぞ。そういうのは幼馴染に取っておけ」
そして、暗闇に。二人して飛び込んだ。
……
ぱらり、とカトレアは続きの生まれた攻略ノートをめくった。
裏切りの魔女と、出来損ないの勇者が手を取り、暗闇に挑む。
「……ふふ。あなた耳、真っ赤じゃない」
ここにきて、してやったりと、カトレアは満面の笑顔を作った。
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