第40話 魔王城、再び

 フェネクスの背に乗り、あっという間に城門前へ戻る。

 そこには翼の生えた豹の姿に戻ったシトリーがひなたぼっこしていた。


「おい、メス猫。なんだその有り様は」

「にゃにゃっ!?」


 ソラに声をかけられ、ぴょん、と飛び起きた。


「なーんだ、ソラか。ひとやすみひとやすみ……」

「そうはいかんだろ」


 しかし、シトリーはごろごろと喉を鳴らすばかりであった。


「ん~、いちおミャーは魔神君主にゃ。強キャラ感ださなきゃいけないにぇ? でもー……疲れたから一休みしてたにゃ」

「キリュウたちが引き返して来たらどうしてたんだ……」

「そんときは下っ端のふりしてとんずらするまでだにぇ」


 そっぽを向くと、機嫌の悪い時の猫のように、尻尾でしっし、と追い払う動きを見せた。


「一応聞いておくが通っていいのか」

「いまさらフィドル君を誘惑して足止めとかー……ミャーなりに考えたけどめんどくさいにゃ。むしろ案内を求められないことを望むにゃ。そこの強欲魔女に使い魔に勧誘されるのもゴメンだにぇ」

「あ、あのっ」


 帽子からハボリム、肩からフェネクスがご機嫌を伺うように呼び掛けた。


「あんたらも、深入りはホドホドににゃ」

「! は、はい!」 「です!」

「もういいかお前たちも。いくぞ」

「健闘を祈るにぇ。にゃー、ごろごろー」



 門を抜けると、一本道の階段が伸びていた。

 その始まりに、やけに派手なカラスがいた。

 精も根も尽きたのか、仰向けに伸びていた。たしか、魔神マルファス。


「ああ、来られましたのねー、勇者と魔女……見てくださいまし! あの転生者、わたくしのエレガンテの結晶を書き換えて、ただ前に進むだけのクソ迷宮に書き換えてしまいましたのよ!?」

「それは後続としては楽なのだがな」

「カー……せめてそれっぽく装飾はしておきましたから、ラストダンジョンのフインキだけでも、お楽しみくださいまし……」

「ここも、素通りでいいのか?」


 これはフィドルが尋ねた。


「もし必要であれば全軍をここに呼び出してもよくってよ?」

「……あの城壁の鉄砲隊か」

「えへん! わたくしの権能をもってすれば、軍隊の派遣など造作もないことですわ! ちなみに、万が一あなた方が敗れるようなことになりましたら、7つの……あ、二つ滅ぼしたから5つ、ですわね。5つのニンゲンさんの町に、一斉に魔物が強襲をかけることになりますから、ゆめ、お忘れなく」

「せいぜい頑張るさ。そら、行くぞ、フィドル」

「ああ……」


 暗がりに、色彩が光となって金箔のように表現されていた。

 王か、あるいは神々か。

 一代絵巻のように装飾された壁面は、まるでこの世界のあらましをあらわしたかのように彩られていた。登場人物らしきものたちは瞑想的な敬虔な沈黙を守り、この先を、道を急ぐフィドルとソラに託していた。


「わかっただろう。魔神らがその気なら人間の世界などとっくに駆逐されているのさ」

「では、なぜこんな無意味な侵攻と防衛が繰り広げられる?」

「それが魔王の役目だからだよ。現れる正義によって、その野望は砕かれる。典型的な、唐突なハッピーエンド。常々思うが、その芽を一番に摘めばよいものよな。でも、そうはしない。それは魔王ゆえだ」

「……よく、わからない。俺たちは、ただ、生きることも、大きな力や、世界の都合の手の上なのか?」

「戦うこと、抗うことで先に進むのが世界の在り方だ。魔王はその壁。試練というわけさ」

「正義の証明のための、敵、ってことか」

「所詮、生あるものなどいずれ来る死の掌の上のことさ。出来ることは限られる。それを精一杯やればいいさ。精一杯できないこの世界は、私の生きる世界ではない。だから、帰りたいし、それに」


 うむ、とソラは一息置いた。さすがに、走りっぱなしで息が上がっている。

 話しながら走らせたのは、今思うと申し訳なかった。


「何の縁で私が呼ばれたかは知らんが、お前たち、こっちの世界の奴らがそう思える世界にしてやりたい。マッチポンプを繰り返す連中にとってはまさしく『招かれざる者』だな」

「ようやく、ソラの本心を聞けた気がするよ」

「大詰めだからな。伝えておかないと、悔いが残る。ふふ、こういうのは死亡フラグだから好かんのだが……」


 足を止めたその先は開けており、闘技場になっていた。観客はいない。

 そこに、豹の頭の強靭な肉体を持つ魔神。オセが待っていた。

 迷うことなく、フィドルは咎人の剣を抜いた。


「勝てよ、フィドル」


 短くソラが伝えた。


「百人力の応援だ」


 上着を投げた。後ろで受け取る気配があった。


「あとでまた着るんだ。ぞんざいに扱うものではない」

「ごもっとも」


 自分でも驚くほどに落ち着いていた。

 むしろ待っていてくれたことを嬉しくも思った。

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